Never・sweet・love
二人とも、お洒落をしている。
「僕たち、所謂おのぼりさん、なのかなぁ?」
電車で少しの横浜中華街。朝早くに家を出たわけはお粥を食べるため。混むらしい。悠人は、嬉しさを隠しきれない様子で、
「〖食べロッグ〗でも〖グウグル〗でも、いいって。それに、ママにも訊いたんだけど、『スッゴク美味しいわよ』~って。楽しみだね」
悠人はニコニコして、
「あとね、ママが教えてくれたんだけど、『龍のお髭』っていうお菓子が美味しいんだって!お土産って面白いよね。よくさ、『名物にうまいものナシ』って言うけど、名物にうまいものありありだよね。お土産、何にしよう。僕たちの分もね」
手を引かれて『早く』と悠人にせかされる。前々から中華街に行く話は持ち上がってはいたが、水族館と植物園に、こともあろうか俺と悠人、二人でハマってしまった。暫く結婚式が遅れたように、中華街は伸ばし伸ばしになってしまった。
ゆらゆら、みなとみらい線に揺られ元町・中華街駅で降りた。朝が早かったので2人でぶらぶらする。朝ご飯は軽く。悠人の手作りの苺ジャム(アパートの斜め後ろのおばあさんからの沢山のお裾分けを悠人が貰ったらしい。「いっぱいあっがらよぉ、もってがせ。田舎の娘が寄こしたんだけんど、オレこんなに食わんに。路地物だから、形わりけんど、んめよ。ちと売ってんのより、すっぺな」と「東北の田舎から嫁いたんだって言っていたんだよ」と言いながらながら苺ジャムを作る鍋を木べらで混ぜながら言うは嬉しそうだった。「飼い猫の黒猫のあずきちゃんが可愛いんだ」とも言って笑っていた)
はっきり言って悠人はご近所さんのアイドルだ。物腰がソフトで、容姿は女性と見間違う程の美貌だ。そして、サラッと褒め言葉を男女構わず言う。だから、老若男女、みんな悠人が好きなのだ。俺と『同棲』してると言っても、要は『そういう仲だ』と言っても、何故か皆納得する。
数回会ったことがあるが、苺のおばあさんは、椿さんというが、シャキシャキして、綺麗でお洒落なおばあさんだ。昔の写真を見せてもらったら、色気のあるとんでもなく綺麗な、気の強そうな血統書つきの猫みたいな容姿をしていた。俺の事を『悠人ちゃんとは、まぁた違う色気があるな。オレがあと50年わがかったら、無理やりでも押し倒して、取って食ってたんだけんどな』と言って大笑いしていた。格好良いおばあさんだと思う。
そんなことを考えながら、バターをこんがり焼いたトーストに、その上に苺ジャムをつけて食べる。ジャムの酸味がとても美味しい。それと、ヨーグルトにアカシアの蜂蜜。『蜂蜜は、アカシア』それは悠人は譲らない。悠人なりのポリシーだ。可愛いな、と思う。朝御飯はそれだけ。随分と早い昼御飯にそなえてだ。『早くから混む』そう、ネットにあったらしい。
悠人は食いしん坊だ。何故か太らないのは不思議だ。自治体の健康診断では、二人は仲良く健康体だ。悠人の作るご飯のお陰で尿酸値が低く、悪玉コレステロールも低く、褒められた。血糖値も、健康的に低めだ。
「日頃の行いが良かったのかな。晴れたね。半袖でも良かったかな」
「ああ、気持ち良いな」
悠人は、早く行こうよと俺の上着をちょんっと引っ張る。笑う顔が眩しい。来て良かったと思った。
さて、初夏に不思議なサンタさんがいる店。こっちは2号店らしい。
「早いな、もう並んでる。まだ開店まだなのに。朝御飯には……遅いよな。楽しみだな」
ドキドキするね。あまり大きくない店。だけどみんな嬉しそうに笑いながら店内を覗いている。悠人も、興味津々だ。
店に入り、少し奥のテーブル席。俺は、海老がゆ、悠人は貝柱がゆを頼んだ。パクチーは抜きに出きるとネットで見たのでパクチーは抜いて貰った。
「熱々で美味しい。このパンみたいなのも、浸して食べると美味しいね」
「パンかぁ。俺、お麩を思い出しちゃって……悠人、食べる?」
「いいの?」
俺の綺麗な、どんぶりといえるような椀から初めて体験した不思議なお麩が悠人の椀に移植される。
「美味しいね。熱々だし、層みたいに感じる。深さによって味が変わってくみたい」
「うん、旨いな。これは、プロの味だなあ」
悠人の作るホタテの貝柱を使った出汁がゆも、凄く美味しいが、この店はまた違う。
ふと、周りに目をやると、お粥を混ぜて食べている。悠人にそれを言うと、
「何回もおかわりしたと思えばいいよ。またきたいな。次は混ぜてみる?味が今日と違うかも」
そんな悠人を、春巻きを噛りながら、俺は見つめた。抱きしめたいと思った。
「どうしたの?じっとみて」
「いや、可愛いなって、しみじみ思った」
此処の、中華街の最後の仕上げ。龍のお髭。目の前は圧巻だった。職人さんって、本当に格好いいなと思った。ひとつのかたまりが、糸のようになっていく。
「すごいね、すごいね!」
悠人はお土産をたくさん買っていた。
「食べきれるのか?」
「お店のママとか、ボーイさんとか、親しいお客さんとか」
春、桜の頃から、悠人は俺と同じ店で働いている。悠人はバーテンダー見習いだ。俺が花見に連れてきたのがきっかけだった。悠人目当ての客も増えた。
『悠人ちゃんは、美少年趣味だけじゃないのよね。ある意味、無垢な処女性を持ちつつ自分では気づいてない魔性ね。まっさらなのよ。降りたての真っ白な雪が見渡す限りの広がる雪原みたいな。そこに足跡を、自分だけの足跡をつけたくなるか、美への不可侵か、色んなタイプの好みに当てはまるわね。まあ、ヒデちゃん、怖い顔しないの。私は大丈夫よ。イケオジが好きなの。カレッカレッのオジイサマ』
そんなマスターには76歳の恋人がいる。写メを見せてもらった。外国の上品な貴族の老紳士と言う感じだ。悠人がひょっこり顔を出し、
「イギリスが似合いそうです。シャーロック・ホームズのモリアーティ教授みたいな。お洒落なスーツですね。知性的で上品、でも少しミステリアス。貴族みたいな方ですね。帽子と杖、ステッキのような細工の物が凄くお洒落で似合ってます。あ、手袋!革の黒ですね。格好良い!物語の中の人みたいですね」
「悠人ちゃんは、いい子ね。本当にいい子、優しい子ね。私昔、『枯れ専』『オケ専』って馬鹿にされて。彼まで馬鹿にされて、悔しかった。悔しかったの……彼は私に謝ったの。何も悪くないのに。私は悲しくて。彼を抱きしめて泣いたわ。悠人ちゃんとヒデちゃんだけよ。表情で解るの。ヒデちゃん、この子は雪原ね。私には、踏めないわ」
ママは声を落として俺たちに言った。
「でも、彼ね、夜は激しくて情熱的なのよ。うふふ。寝かせてくれないの。鳴かせてはくれるんだけどね。なーんてやだぁ!うふふふ」
──────────
この店はマスター、いや、ママがいるバーだ。ママ実際綺麗だ。主にママが接客。バーテンの俺と見習いの悠人がカクテルを作ったり、簡単なツマミを作ったり。スイーツを用意したり。少しお客さんと話もする。中々に繁盛している、いい店だ。風紀の悪い客は『満席』と理由づけして帰す。
マスターは、今はスレンダーでドレス?のような派手な格好をしているが高校時代柔道をやっていた。国体にも出たことがあるという。解りきっていることだが段持ちの黒帯だ。
──────────────
帰るのが遅くて、体内時計がずれながらも悠人は頑張っている。今はだいぶ慣れた。もう、普段眠っている昼間は少しつらそうだ。俺の考えが移ったように、悠人は「ふわぁっ」と言い小さく欠伸をした。俺たちはまた、中華街に来ている。季節は、冬になっていた。
「なあ、悠人。……ご霊前、送らなくていいのか」
「あ、知ってたんだね。気を遣わせちゃってごめん。月餅を買ったよ。家用と父さん用に。本当なら帰らなければないんだろうけど、もう、決めたから」
「何を?」
あの村には戻らない、そう言うと思っていた。けれど、悠人の言うことは違った。
「君が僕の帰る場所。君がいるところが僕の家。ずっと一緒にいようね。君に何かあれば、僕の家がなくなっちゃう。だから元気でしわくちゃのおじいさんになるまで長生きしてね。もし君が──いなくなったら、2日後くらいに、君をちゃんと送った後、僕も君を追いかけるから」
ふふっと悠人は笑う。淡くやさしく。ああ、綺麗だな、と俺は悠人に見惚れた。ああ、雪だ。あの村のパウダースノー。思い出してしまうあの雪景色。
『馬鹿だな、悠人は』
『馬鹿じゃないよ』
『馬鹿だ。大馬鹿だ』
俺は悠人を抱きしめ泣いた。いとしい、いとしい、かなしい悠人。人目なんて気にしないで、俺の背を撫でる手が温かくて、哀しくて俺は咽び泣いた。泣きたいのは悠人のほうなのに。往来のひとが、冷やかしの目線でみている。構うもんか。
心地よい風が吹く。頬を撫でて、目尻にたまった涙を拭って去っていった。
「寒いな」
「うん、手先がもう、冷えるね」
「肉まん、食べるか?」
「うん、あそこの店〖人気店〗ってネットにあったよ」
「行くか!」
軽い早足で振り返り『またノロケのお土産?まあ、センスがいいからなあ、二人のは。ご馳走様ね!ヒデくん、悠人ちゃん』と言われるいつものように土産袋を大量にぶら下げた悠人が『早く、英明!』と急かす。俺は悠人に『手伝うよ』と、袋を持つ。
「肉まん半分個がいいな」
「どうして?お腹空いてるだろ?」
「英明だから」
どうして?と訊きかえすと、
「君だから。君と分けあえるのって、僕にとっては嬉しいことなんだ。一緒に色んなものを見て、笑って、楽しんで、僕に君との時間を僕にくれない?」
「うん……そうだな」
それしか言えなかった。最高のプレゼントだ。俺のは小さいな。臆病にタイミングを見計らっている、ポケットの小さい銀色の指輪では叶わない。
「あのさ、考えてたことがあってさ。俺と、……あの、……養子縁組しないか?」
「え?」
「《パートナー》って立場が弱いんだ。俺が稼いだお金や、もしものことがあったとき、家を捨てたおふくろや親父やじーばーに権利が行く。嫌なんだ。……それは、嫌なんだ。小さいけど悠人と俺の未来のために貯めたお金をとられたくない。バーのママ、弁護士の資格もってるから、この話をしたいんだけど、悠人はどう思う?」
「……母さんもふせって、父さんは逝った。もう、あの村に未練はないよ。ただ、あの山に囲まれた空が冬、群青になるのはもう見ることはできないと思うと、それだけは寂しいな……あ、ごめん。何かセンチメンタルになって。……養子縁組の件は、そうしてもらった方が嬉しい。英明と僕と、何かあったときのための病院代とか、貯めてあるんだ。保険とかも入りたいし。結婚式がやれれば、もっと嬉しいんだけどな」
「悠人がそう言うんじゃないかと思って調べたんだけど、同性でも式はあげられるみたいだ。あの画商の菅野さんのパートナーの人、ウエディングプランナーなんだって。お金はかけなくても、いい式は挙げられますよって聴いた。な、なんかごめんな。俺だけ先走って」
「嬉しいよ。すごく」
「だから、駅弁買って家に帰ったら、ずっと言いたかったこと言わせて?なあ、悠人は何買うんだ?」
「今日は朝からいっぱい食べたから、今日は軽くいか〜めし」
「俺はぎゅーにくど真中」
「英明の胃袋も、元気だね。僕も、豆狐のお稲荷さん少し買おうかな」それから買ったのはノンアルコールビール二つ。悠人はいつものスーパーで三つ葉とはんぺんをさくさくと買う。
「今日も『アレ』作ってくれるの?」
「じゃなきゃはんぺん買わないでしょ?……ふふっ」
「どうした?急に笑って」
「英明、小さい時の僕と同じこと言ってるなって。でさ、僕も母さんと同じこと言うんだなって」
顔をほころばせながら、いつも持ち歩いている小さな百均で買ったエコバッグ。
家に帰れば、食卓には駅弁外食の決まりごとのものが浮かぶのだろう。美味しい駅弁、お稲荷さん。はんぺんと三つ葉のおすまし、ノンアルコールビール、湯気と悠人のはにかむ顔。思わず口許が緩む。
二人で手を繋いで坂道を帰る。この時間が好きだ。悠人と指を絡めると、必ず悠人は『英明はあったかいね』と笑う。
「ねぇ、英明。雪ふってきたね!いっぱい降ればいいのにね」
「どんくらい?」
「いっぱい積もるくらい。たくさん降ればいいのに。雪が見たいな。悲しくなるくらい」
「そう言えば初雪だな。好きな人と初雪を見ると願いが叶うんだって。悠人はさ、お願いしないの?俺はさ、あるよ。お願いしたよ」
悠人は、何?と興味津々だ。
「悠人と、ずっと一緒にいたい。あいしてるよ。悠人だけだ」
「なーんだ」
後ろを向いて悠人が言う。振り向く悠人は泣きながら言う。
「僕と同じだよ。全部の言葉が、同じ。だから、僕も言うよ、英明と、ずっと一緒にいたい。あいしてるよ。英明だけだよ」
駅弁凍っちゃう。お家についたらはんぺんと三つ葉のおすまし作ってあげるよ。英明好きでしょ?俺は頷くしかできない。涙が溢れて止まらない。
「雪、降ってるな」
「降ってるね」
感慨深く悠人は言った。
「悠人、これ──安いけどさ。悠人の華奢な指に似合うかなって」
「指輪───。ありがとう…ありがと……嬉しい、英明、はめて。僕も英明のはめるから」
────────
結婚式はお店の友達を招いて教会で挙げた。幸せだった。皆が祝福してくれる。幸せで、怖いくらいだ。ブーケトスはママがむしり取った。
「いつも幸せをありがとう英明」
やさしく悠人が俺を見つめる。幸せをもらっているのは俺の方なのに。
「ありがとう、悠人」
天気は快晴。外での立食パーティーに移りママが、そっと、
「手続き済んだからね。それと、悠人ちゃんのお母さんの最後のメッセージ。生前に書いてもらったの。病気が進んで身体もうごかすのもたいへんだったんだけど……。でも、悠人ちゃんに、最後に親らしいことしたいって。一応この向日葵バッチ、威力あるでしょ?」
俺は頷きママから預かった、悠人に封筒と紫のビロードの指環の箱を手渡した。震えるペン先で記されてあった手紙。
『おめでとう。悠人、しあわせにね』
悠人は泣いていた。俺は悠人を抱きしめた。抱きしめるしかできなかった。悠人は、手紙の内容を話してくれた。
──────────────────
『もう、愛はないと思う瞬間はたくさんあったんだけどね……やっぱり、愛してる。愛してるの。お父さんを失った時に、お母さん、いのちの半分が消えてしまったみたいだった。何度も喧嘩したりしたけど、やっぱり好きだったのね。お互いが意地張って仲直りができないとき、必ずお父さんが、「悠人には内緒だぞ。お前が食べろ。好きだったろ」ってどら焼きを買ってくるの。喧嘩は折れたほうが負けなんか嘘よ。バツの悪そうにしているお父さんを見て「ああやっぱりこの人を選んでよかった」って思ったわ。あとで知ったんだけど、じいじとばあばには「散々私をぞんざいに扱うなって。召使いじゃねぇ!俺の嫁だ」言っていたって。じいじとばあばは、それが逆に面白くなかったみたいだけど。ぶっきらぼうだった。短気だし。けれど優しい不器用な人だった』
────────────────────
「母さんはことあるごとに、遠くを見ながら、何かを懐かしむように指輪を撫でいた。そんな指輪なんだ。見せてはくれたけど、指にはめさせてはくれなかった」
悠人は言い、お母さんと指輪のことを語る。
────────────────────
「母さんは、いつも寂しそうな、何かを諦めたような顔で、ひたすら家事をしていたんだ。姑と舅がいる家だったから、母さんは召使いみたいだった」
そう、悠人は言っていた。
「ただ、どんな時も、指輪は外さなかったんだ。指輪は一年目の結婚記念日に父さんがくれたんだって言っていたよ。あ、手紙もう一枚ある………」
『悠人、可愛い悠人。優しいお母さんとお父さんの自慢の子。生まれてきてくれて有難う。写真を貰ったわ。綺麗な男の子。俳優さんみたいね。笑った顔が、少しお父さんに似てるね。眉が少し下がるのよ。茶色の虹彩が薄い目は、私に似たね。幸せでいて。あなたが生まれた日は雪が降って、町から助産婦さんが間に合わないかと思った。あなたは逆子で本当に酷い難産で。赤ちゃんはあきらめてって言われた。待合室のお父さんも泣きながら、「初めて神様というものに祈った」って。あなたの産声を聴いた時、お母さんまで泣いちゃってね。悠人に会えて嬉しくて。生きているだけで尊いのよ────悠人愛してる。生まれてきてくれて有難う。お母さんの息子で有難う。健やかに。お相手の英明さん。どうかこの子と幸せになって下さい。お互いを認め合う、素敵な家族であって下さい』
────────────────────
「おかあ、さん………」
「左手、中指、はめよう?」
ぴたりとはまった指輪。夜空の星空。ブラックオパール。白い悠人の指にぴったりだった。
「本当に綺麗ね、悠人ちゃん。華やかでカサブランカみたい───」
笑う悠人は、本当に、綺麗だ。
「英明ちゃんは、太陽であり、育てる手。二人で一つよ。幸せの真っただ中ね。ずっと幸せにね。私は永遠を信じる派なの。ずっと幸せでいてね」
ママがそう言うと、誰かが言った。
「あ、風花だ」
その声で上を見る。
「悠人、空見てみろ!」
群青の空が花を落とす。悠人は英明にしがみついて泣いた。
「思い残すものはないよ。未練も、後悔もない。ありがとう。母さん、父さん。幸せになるよ。幸せに、なるから!」
今だったら、見渡す限りの祝福を、幸せを、全て、夜空のオパールの宇宙の中にある数えられない程の綺羅星になぞらえるくらい見つけられる。悠人は、泣きながら英明を呼ぶ。
『英明、生きてて、こんなに今まで涙が止まらない日もあるんだね』
この美しい世界に、生まれて。たくさんの人に、
これから未来を歩むひとに囲まれて祝ってもらって良かった。
『しあわせだからだよ。俺も涙とまんない』
悠人とキスをする。甘いチョコレート。ああ、これから始まったんだ。バレンタイン。
『全部チョコレートから始まったんだよな』
『あ、チョコフォンデュ。ウエディングケーキの代わりだね』
『白いスーツだから、気をつけなきゃな』
喧騒に溶けるように、チョコレートフォンデュが滑らかな滝を作る。小さなイチゴを食べさせ合う写真撮影。少しビターで美味しい。俺はマシュマロを食べた。思い出したのは、いつもの、温かなこたつのある狭いアパート。
「熱いから、火傷しないでね」
浮かんだのは、はんぺん。あの三つ葉のおすましの湯気の向こうに見える笑顔。細やかな『日常』
たくさんの想いのかけら、思い出のかけらは、散らばっている。きっと家の中だけでも相当な数の綺羅星が集まる。もっと集めればきっと、ロシェの大きめの箱。それと、ゴディバのストロベリーの板チョコ。リンツのミニプラリネ36個の詰め合わせに還る。でも、最初に戻るわけじゃない。新しい祝日が増えるようなものだ。
「なあ、悠人」
「何?」
「帰り、チョコレート買って帰ろう?」
悠人は、柔らかい声で、
「ミニプラリネ、食べたいの?36個の詰め合わせ」
「憶えてたのか?」
「英明は、ロシェの大きな箱。それとゴディバのストロベリーの板チョコを買って?」
────────チョコレート・ドロップ〖Fin〗
チョコレート・ドロップ 華周夏 @kasyu_natu0802
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