My・sweet・lover
中華街に行こう!そう悠人と計画をたてている。長く悠人とは暮らしていたが、出かけても、もう広い駅でも大体どこで何を売っているかは把握してしまった東京駅。もっとたくさんの新鮮な思い出を作りたい。悠人の喜ぶ顔が見たかった。
悠人は駅で売っている、やや小振りのお稲荷さんが好きだ。ここのお稲荷さんは俺も好きだ。何気に悠人が作る次くらいに。
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母親の手料理はほぼない。気がついたら自分が作っていた。
母親はお洒落にこだわる人で、ほとんどが横文字の料理のレトルト。豪華なコンビニ飯。爪は長くいつもキラキラ。カナブンみたいだと思ったことしか憶えていない。
俺が高3の時に男を作って出ていった。残ったのはだんだんと酒に溺れていった親父。同情はしない。この人は家族を繋ぎ止める努力をしなかった。休みの日には飲み仲間と遊びに行っていた。飲み代の領収書を切らせるためだとは本人も解っているだろうけれど。
車は綺麗に洗車してあるのに、家族で出かけたことはなかった。要は両親ともに『親』向きではなかった。
母親を恨む気はない。勿論父も。だから俺も村をさっさとあと腐れなく捨てることができた。
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「どうしたの?ぼーっとして。今度の休みには中華街いくんだよね。僕、楽しみでさ」
メイクで武装した女子も、霞む整った顔立ち。すれ違う彼女連れのノンケ(異性愛者のこと)の男も見惚れている。俺の行きつけのヘアサロンに行ったら、悠人は、誰もが振り向く美少年になってしまい逆に心配になってしまった。まるで小説の中の出来事のようだった。そして、小説の中から出てきたかのような美少年だ。口唇がリップを塗っているようにいつも紅くて、色っぽい。
数回仕事場に紹介をかねて連れてきたことがある。が、うちの客層は美少年趣味ではないお客さんなのに、皆、悠人が気に入ったらしく悠人を好意の視線でチラチラ見ていた。そんな様子の俺を見てか、悠人は人目も憚らず、俺の左腕にしがみついて、俺に言った。
『君がいるから、僕は幸せ。君はいつでも僕の一番だよ』
驚いた俺が視線を合わせると、
『英明が何だか不安そうに見えたんだ。いけないこと?僕は何処にも行かないよ?』
大きい瞳に見つめられ、時が止まる。駄目だとは言えない。でも、切ない。
『僕、もう正直でいられるから。もう、周りの目に怯えなくて良い。君がいれば、それでいい』
『俺も。ありがとな。悠人』
俺は悠人の髪を一掴み掴んで、髪に口づけた。悠人は不思議そうな顔をする。目の端に映った、綺麗に磨かれたワイングラスみたいだと思った。
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「悠人ちゃんが英明に飽きたら俺のとこきてよ」
美少年系好きの常連の大きな画廊を経営している菅野さんは一目で悠人を気に入ったらしく、個人ナンバーが控えてある名刺まで悠人は貰う始末だ。困った顔で名刺を受け取り笑うと、
「君の笑顔には風情があるなあ。憂いを帯びて美しいね。見るものを癒やす……そうだな京都の東寺の菩薩のような、清らかだが何処か艶っぽい……ああ。綺麗だなぁ」
と、言い目を細めてまるで美術品を眺めるように悠人を見ていた。
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「………明、英明、どうしたの?ぼーっとして。疲れちゃった?」
駅弁のはらこ飯と、お稲荷さんの入った袋を手に下げ、悠人は覗きこむように英明を見る。英明は悠人の大きい瞳を独占しているようで、不思議な優越感を感じる。
「お稲荷さんは、おあげから作るのは大変なんだよね。英明は甘いお稲荷さんはあんまり好きじゃないから。あそこのお稲荷さんは、甘くないから好き。僕が作る味に似てる気がする。自画自賛だけど、僕、お稲荷さん作るの、ちょっと上手だと思う」
照れながら言う悠人が可愛らしい。きっと、どんな悠人も、ビールッ腹でお腹が出ても、しわくちゃのおじいさんになっても、悠人は可愛いんだろうなと思った。
さて、何故こんな風に駅にいるか。それは『月に一度の外食の日』だからだ。レストランじゃないのは、悠人が『家がいい』と言ったから。だから俺と悠人で東京駅の駅弁コーナーにいる。中華街は、『もう少し下調べがしたい』と悠人が言っていた。『小旅行みたいじゃない』、と。
お持ち帰り、今日の夕飯は、悠人が、はらこ飯とお稲荷さん。俺は煮穴子のお弁当とお稲荷さん。ビールはノンアルコールビール2本づつ。悠人はお酒は強いが、ある程度まで入るとスイッチを切ったように眠ってしまう。
家について、悠人は台所洗剤で良く手を洗い、さくさくと何かを作っている。
「何作ってるの?」
俺が悠人の手元を覗きこむと、
「はんぺんと三つ葉のおすましだよ。お弁当だけでは温かい物ないから。すぐ出来るよ。うん、よし。英明もお味見する?」
鍋にふわふわ三角の白いマシュマロのようなものが浮いている。可愛い。
おたまでふうっと息を軽く吹いて冷まして味見する。美味しい。
新しく買った、まるで百均には見えない外は黒くて中は朱塗りのいつものお味噌汁のお椀で飲む、はんぺんのおすましはやさしい味だった。三つ葉のいい香り。ふっくら膨らんだ、真っ白いはんぺん。柔らかで、あたたかで。ふわふわ。悠人に似ている。三つ葉が爽やかで、清々しい。
「これ、美味しいな。初めて食べた。また作ってくれる?明日も!」
「いいけど、飽きない?」
「ううん。んまいよ。はんぺん、やわらかくて、やさしい味がほっとする。悠人みたいだ。飽きる味じゃないよ。ジジイになっても多分食いたいって言うよ」
「──よかった」
おすましを飲んで、駅弁を食べる。お稲荷さんも。穴子には生臭みもなく、美味しい。
悠人は、はらこめしをノンアルコールビールを飲みながら幸せそうに食べる。悠人があまりにも美味しそうに食べるから、つい『一口ちょうだい』と言ってしまった。
悠人は『あーん』と、言い、イクラが多いところを差し出す。不思議に、誰に教えられた記憶なんてもうないのに悠人の箸を目の前にして俺は間抜けな顔をして大口を開ける。
「じゃ、僕も。英明の一口ちょうだい」
長い睫毛が伏せられて、俺はテーブル越しにキスをした。悠人は少し甘えるように『穴子は?キスはあとからのお楽しみでしょ?』なんて上目遣いに言うものだから、改めて悠人を意識して心臓がどきどきとした。とんだ誘い文句だと、思うと同時に悠人の濡れた口唇に見惚れてしまう。
「はい、あーん。うまいぞ」
パクっと穴子を食べた悠人は笑う。
「んー幸せ。やっぱり美味しいものを好きな人と食べるのは幸せだね。美味しいものも、ずっと美味しいくなる」
「確かにな」
俺はしみじみ言葉を繋げようとする悠人を一旦箸を置いて見つめた。じいさんになっても、きっと悠人は可愛いんだろうなと、ぼんやりアルコールなんて〇パーセントのビールを飲みながら思った。
──────────────next Episode
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