第3話 ペロペロキャンディー

 別の日、盆の定中だ。


 夏も終わりに差し掛かったとはいえ、まだまだ蒸し暑い。さすがに夕刻は涼しく、過ごしやすい。淡くグラデーションがかかった空の下、カーキのズボンをずり下げた学生――あずま勇也ゆうやは、ダラダラと東側の路地を練り歩く。


 商店街。なにを売っているのかは定かではないが、怪しげな雰囲気とだけは分かる。シャッター通りにならないあたり、需要はあるのだろうか。不良にはピンと来ず、もともと鋭い目付きをさらに人相悪くする。


 不良といっても積極的に反抗するわけではなく、外見は普通だ。ボサボサに伸びた暗髪に、紙のように白い肌。夏休みの宿題は手つかずで補習もサボリ気味。そう、単に怠惰なだけだ。昼間から遊び歩く理由も特にない。することがないので暇を持て余し、なにかおもしろいことが起きないか期待している。


「おい、そこの者。よかったら見ていかないかい? 君の求めるものがきっとあるはずだよ」


 横から声が掛かる。振り向くと開運堂と文字が見えた。一見すると民家を改造したような店。入口には紫色の菊と夏野菜が仏壇の供え物のように置いてある。


 よく分からないが、自分の欲しいものを売っているというのなら、覗きにいかないこともない。純粋な気持ちで身をかがめ、のれんをくぐる。意気揚々とカウンターの前にやってくると、フードを被った老婆がくくくと笑っていた。田舎で駄菓子屋を経営していそうな風貌でありながら、近所の子どもを可愛がりそうな雰囲気はまるでなく、代わりに値踏みするようないやらしさが滲む。


「ようこそ開運堂へ」


 招き猫のように手招き。ニヤリとしわだらけの唇をつり上げると、黄色い歯が露出する。


「手を出しな。欲しいものを一つだけ渡そう」


 手元に箱がポンと置かれる。天面には穴が六角形を描くように開き、深淵がこちらを招く。まるで食虫植物のようだと感じながらも、勇也ゆうやはゴクリと唾を飲む。おのれの欲しいものが、すぐそこにある。暗澹たる世界を照らす光のオーブのようなものが!


 うずく気持ちを抑えきれず、腕を伸ばす。勢いよく手を突っ込み、指を曲げた。逸る気持ちに汗をかき顔を険しくしながら、闇の中でなにかを握り込む。引き抜くと細い棒が出てきた。丸くふくらんだような形状のなにかが、穴の大きさを無視する形で現れる。薄っぺらいラッピングの内側に白とピンクがぐるぐると混じり合い、円を描く遊園地の売店に売っていそうな代物。あからさまにペロペロキャンディだ。


「なんじゃこりゃあ!」


 思いっきり叩きつけても、びくともしない。


「俺がいつ、こんなもんを欲っしたよ?」

「おやおや、強欲なんだねぇ?」


 眉をつり上げ罵る不良を、老婆は生暖かい目で見る。


「でもいらないのは無理もないよ。この箱に入っている宝物はね、本当にほしいものなど、入っていないのさ。欲を測り、切り捨てる。だからほら、これっぽっちしか残らなかった」


 自然の摂理を解説するように、老婆は伝える。

 まるで欲深を責め教訓を語るようだが、勇也には全く納得ができなかった。


「金は返せ」

「一銭ももらってないよ」

「じゃあなかったことにしろ」

「やってしまったものは仕方がないよ」


 白々しく語る。


「ああ、やってられっか!」


 カッと怒りながらも律儀にキャンディはかっさらい、店を後にする。完全に負けた気分だった。


「ったくよぉ! くだらねぇ商売しやがって!」


 欲しいものがあると誘ったのはあちらなのだから、実質詐欺ではないか。


 石ころを蹴飛ばしながら坂を上る。第一、キャンディの処理はどうしろというのか。かじっても固く、舐めてもちんたらと遅い。そもそも甘すぎて食べる気にならない。不良品を押し付けられた気がしてイライラが募る。


 思いっきり暴れまくりたくなったとき、足元からすすり泣く声が聞こえた。一瞬亡霊かと勘違いし青ざめたが、よく見ると子どもが茂みのほうでうずくまっていた。


 空き地で影を踏み、膝を抱える小さな姿。頭には布の帽子を被っている。


「母さん、母さん」


 荒野に置き去りにされた子猫のように、泣きじゃくる。


 見慣れない顔だ。外部からピクニックにでもきたのだろうか。普通の街に何用か気になるが、詮索はしない。

 男はちらっと手持ちの菓子に目をくれ、足を踏み出す。


「おい小僧、甘いものは好きか?」

「誰?」


 ぼんやりとした顔で見上げる少年。


 差し出したのはペロペロキャンディー。甘い香りに気づいたのか、少年の目に輝きが宿る。不良にとってはなんの価値もないそれだが、子どもを泣き止ませるには十分だった。


 わーいと飛び跳ね、両手に大事そうに抱える。


 今頭上にもやわらかな光が差し込んだ。

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