第18話
雪が降る少し前の空は、やけに高く見える。
こういう冬の朝は、どうしようもなく、あの光景を思い出す。
――泣きながら、弟の名前を叫んだ。
もう返事はないのに。
もう、目を開けることはないのに。
俺の手の中で、あいつの指は、どんどん冷たくなっていった。
「……柊くん、おはよう」
ふいに背中から声をかけられ、我に返る。
白石あかりが、手に小さなカイロを持って立っていた。
「寒いでしょ? これ、どうぞ」
「……ありがとな」
受け取ると、ふわりとしたぬくもりが指先に伝わってきた。
でも、その温度はどこかで、あの日の冷たさを思い出させた。
最近、あかりと話す時間が増えてきた。
小崎も少しずつ、俺たちを見守るような視線を向けてくれている。
少し前の俺なら、こんな日々を信じようとも思わなかった。
でも今は――
この関係を、大切に思ってしまっている自分がいる。
「怖いな……」
誰に言うでもなく、屋上の風に向かって、呟いた。
あの日、俺は弟を守れなかった。
気づいていれば、止めていれば。
もっと早く気づいていたら――
そんな“もしも”が、何度も何度も頭の中を回る。
それ以来、誰かに深く関わるのが怖くなった。
大事だと思えば思うほど、
その“もしも”が現実になる気がしてならなかった。
「柊くん?」
あかりが、隣に立っていた。
彼女の視線は、俺の顔をまっすぐ見つめている。
「……いや、なんでもない」
「……そっか。ねえ、明日、澪と三人でパン屋行こうよ」
「パン屋?」
「チョコパン限定のやつ出るらしくて。澪が教えてくれたの」
「……ああ、いいな。行こう」
あかりが少し笑った。
その笑顔が、ほんとうに綺麗で、
見ているだけで、胸が締めつけられる。
――今度こそ、守りたい。
そう思った。
こんな笑顔を、もう二度と失いたくない。
でも、その“願い”が、また誰かを傷つけてしまうんじゃないか。
そんな自分が、まだどこかにいる。
ポケットの中で、あかりがくれたカイロがじんわりとあたたかい。
弟がいなくなったあの冬も、こんな風に風が冷たかったことを思い出す。
けれど、あの日とは違うのは、
今、俺の隣には誰かがいてくれることだ。
守れなかった過去と、守りたい今のあいだで、
俺は今日も、立ちすくんでいる。
それでも――名前を呼びたいと思ってしまう。
彼女の、笑った顔を、もう一度見たいと思ってしまう。
この願いが、今度こそ届きますように。
そんなふうに、空に祈りたくなる夜だった。
つばめを追う @atulus1014
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