第17話

神社を出たあとの帰り道、

あかりが「ちょっと寄りたいお店がある」と言って別れた。


残されたのは、俺と小崎。

街の灯りが揺れる中、二人で歩くことになった。


 


「……久しぶりかもね、こうやって黒巻くんと二人って」


小崎がぽつりと言った。

その声には、少しだけ警戒と、少しだけ好奇心が混ざっていた。


 


「そうかもな。別に避けてたわけじゃないけど」


「私も。……でも、たぶん少しだけ避けてたかも」


「なんで?」


「なんとなく、あかりのことがあると、変に意識しちゃうじゃん」


 


それを聞いて、俺は少しだけ笑った。


小崎はたぶん、正直なやつだ。

あかりのそばにいる時間が、自分より俺のほうが長くなっていること。

言葉にしなくても、それをちゃんと受け止めようとしてるのがわかる。


 


「……小崎はさ、あかりのこと、いつから知ってるの?」


「中一から、気づいたらずっと一緒にいた」


「なるほど」


「でも、あかりってさ、明るいようで、時々すごく遠くに行くような顔するよね」


 


その言葉が、妙に引っかかった。

たしかに、あかりは時々、すっと風の中に溶けてしまいそうになる。

名前を呼びたくなるのは、たぶん、そういう瞬間だ。


 


「……俺、あかりのそういうとこ、気づいたの、たぶん最近だ」


「そうなんだ」


「最初は、静かな子だな、って思ってただけで。

でも話してくと、なんか……誰かにちゃんと見てほしい人なんだって思った」


 


小崎は、それを聞いて黙っていた。


しばらく歩いて、交差点の信号が赤になったとき、ぽつりと口を開く。


 


「私ね、あかりにとって一番のつもりだったの。

でも、たぶんそれって自分のためだったんだよね」


 


その言葉は、妙に静かで、でも重かった。


「今も少し寂しいよ。けど……黒巻くんが隣にいるあかりは、

昔よりずっと柔らかく笑うから。……それを否定はできないんだ」


 


信号が青に変わる。


それでもしばらく立ち止まっていた。

小崎の横顔に、あかりの笑顔が重なるような気がして、

俺はそっと呟いた。


 


「小崎」


「ん?」


「俺、たぶんあかりのこと、ちゃんと守りたいって思ってる」


「……そっか。じゃあ、お願いね」


「なにを?」


「“あかり”って名前が、ちゃんとあかりのままでいられるように、そばにいてあげて」


 


そう言って、小崎は小さく笑った。


それは、ほんの少しだけ、涙を含んだ笑顔だった。


 


名前というものは、不思議だ。

呼べば、距離が縮まり、守りたいと思えば重くなる。


でもその名前を、誰かが大切に思ってる限り、

その人はきっと、ひとりじゃないんだと思う。


 


冬の空気が、少しだけやわらいでいた。

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