第2話
俺はよく夢をみる。
小学生の二人組。小さい公園で二人の男の子がサッカーボールでパスをして遊んでいる。二人は炎天下にもかかわらず、汗のにじんでいる笑顔で楽しんでいる。
一人はボールを蹴った勢いで転げて、もう一人はそれを見て大きい口を開けて笑っている。
こんな夢をよく見る。なんでこんな夢を見るのか理由は分かっている。
この夢にずっと存在していたいと思っていた。
いや、この夢に入れればなにか変えられると漠然に思っていただけなのかもしれない。
夢から覚めて俺はいつもそんなことばかり考えてしまう。
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ゆっくり、ゆっくり。
今日も屋上へ続く階段を一段ずつ踏みしめて上がっていく。
手すりに積もった埃をなぞるようにして、俺は静かに扉を押し開ける。
冬の風がまた、容赦なく吹きつけてきた。
頬がひりつく。思わず目を細めると、そこには今日も、彼女の後ろ姿。
「相変わらず寒そうな服だな」
俺の声に、彼女は振り返りもせず、肩だけを小さくすくめる。
「これでも昨日より一枚多いんだよ」
そう言って、制服の下に覗く白いニットを軽く引っぱって見せる。
少し大きめで、袖口が手を覆っていた。
「そうか。昨日は素肌に風を通してたのか、強者だな」
「黒巻くんの感覚、たまにおじいちゃんみたいだよ」
「そりゃ健康が一番大事だからな。体を冷やすと老けるぞ」
ふふっと、白石さんが笑った気配がする。
だけど顔はまだ見えない。彼女は相変わらず、遠くの街をじっと見ている。
「……昨日のつばめ、もういなかった」
「そうか」
「飛び立ったのかな。…それとも、どこかに落ちたのかも」
「落ちた?」
「ううん。なんでもない。……ただの、そういう気がしただけ」
言葉の端に、何かがにじむ。
俺はそれを見過ごすふりをして、柵に手をかける。
街は今日も変わらない。灰色がかった空の下に、いつもと同じような人たちと、同じような時間が流れている。
「ねぇ、黒巻くんはさ、夢って見たりする?」
「夢?」
「うん。寝てるときじゃなくて……将来の夢とか、願いごととか。そういうの」
「……正直、最近は考えてなかったな」
「ふぅん」
白石さんは風に髪を揺らしながら、ようやく俺の方に顔を向ける。
その横顔は、相変わらず白くて儚くて、でも目だけはどこかしっかりしている。
「私はね、ひとつだけあるんだ」
「へぇ。言ってみてよ」
「……秘密」
「そこは言わないんだな」
「だって、言ったら叶わないかもしれないから」
彼女の笑顔が、ほんのすこしだけ揺れていた。
心の奥にしまい込んだまま、誰にも渡せないような願いごと。
その大事なものを、壊さないように言葉で包んでる。そんなふうに見えた。
「でもね、明日はちょっとだけ勇気を出す日だから」
「またそれか。何に対して勇気出すのか、今日こそ教えてくれてもいいんじゃない?」
「ダメ。きっと明日の私が、言えるようになるから」
その答えを聞いて、俺はいつものように肩をすくめてみせる。
けれど、心のどこかがざらりとしたままだった。
「じゃあ、その夢、叶うといいな」
「うん、ありがとう。黒巻くんが言うと、なんかお守りみたい」
「それって、嬉しい?」
「んー、まあまあ」
そのあと、俺たちはしばらく言葉を交わさずに空を見ていた。
風は少し穏やかになっていて、彼女の肩がさっきよりも静かに揺れていた。
つばめの気配はなかった。だけど代わりに、彼女の言葉が風に乗って残っていた。
「秘密の夢は、まだ落ちてないよ」
そんな言葉だった気がした。
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