第2話「勿勿耶日記」
▼登場人物▼
・廿六木熾雨(とどろきしう)
・亞曇ヒカリ(あずみひかり)
---
〜前回のあらすじ〜
その少女は、一人娘として大切に愛されて育った。
両親は30年前の崩壊から復興に尽力した賢人と呼ばれる者たちだった。
愛された少女は分け隔てない優しさを持ち、隣人を愛する女性へと成長した。
だが、彼女に対して嫉妬心を抱く者が居た。
嫉妬に取り憑かれた者は、愛された少女を絶望へと叩き落とす。
友人だと信じていた者に裏切られ、恋仲の者は恐怖で少女を見捨ててしまった。
投薬され自身の尊厳を破壊され、両親を失った。
かつて愛された少女、亞曇ヒカリは復讐者となった。
自身を"Black Fairy"と名乗り超監視社会の眼を掻い潜り、灰色の世界を暗躍した。
"Black Fairy"は電子の海を活用し、依頼者に対して犯罪教唆や犯罪指南を行った。
やがて、正体不明の"Black Fairy"を持ち上げる者たちが現れた。
人々の暗闇に棲まう光として、黒き妖精は踊り続ける。
やがて、自身の幸せを摘み取った者を全て始末し、復讐を成功させることとなった。
復讐を終えた少女に待ち受けるのは、白く鋭い光か漆黒の暗闇か。
---
10/31
やった!
パパ!ママ!仇を討ったよ!
復讐を果たして、そして、
今の私には何もない。
xxxには感謝している。
パパとママがいなくなってから、色々と手回ししてくれた。
彼の力が無ければ、完全な成功には至らなかっただろう。
目的は達した、だから。
"Black Fairy"は終わりにしたかった。
しかし。
動き出した歯車は、私に止めることは許されない。
この手は他者の血で濡らしてきた。
もうクローバーも、愛する人たちも、
汚れた手では、手に取ることは許されない。
亞曇ヒカリ
---
僕の名前は廿六木熾雨。
治安維持公共管理局の捜査課、
アルファスリィ(α-III)の捜査官。
今日もメガネのレンズを外す。
ボタン1つで伊達メガネに。
"倫理眼"は強力過ぎるが故に、己を蝕む。
だがボタン1つで解放される。
ボタンは置いておくことにした。
自由になった視界で玄関の扉を開く。
鍵穴が上手く見えない。
施錠に少しもたついた後、歩き出した。
エレベーターは避け、敢えて階段を使う。
恐る恐る、一段ずつ足を運ぶ。
靄が掛かった視野が行動を慎重にする。
不透明な眼とは対照的に、
夜の音、夜の香り、夜の空気の鋭さは鮮明に伝わる。
日常で如何に、視覚に依存して生きているかがよく判る。
夜の香りに誘われ、世界を歩む。
街灯や遠くの明かりは朧げに、光が乱反射する。
航空障害灯の赤色は強く色づいている。
星々は距離感が一層不明瞭になり、月の光の鋭さも柔らぐ。
ふと、自販機の光が目に止まる。
購買意欲を掻き立てる光に従い、ブラックコーヒーを1つ。
小銭を入れるのに一苦労して、缶を取り出す。
静寂の中に、開栓音がこだまする。
温かいコーヒーが良かったが、仕方ない。
僕は歩み出す。
この世界は、内界と外界に分断されている。
境界線に広がる瓦礫の山。
境界線には防壁が引かれている。
そしてその先には、砂の外界。
外界の空間は時間の概念が失われているらしい。
時折、外界から帰還者が現れる。
彼らには"f"の国民番号が与えられる。
foreignerの頭文字。
酷く差別的だ。
視界を自由にしてもこの現実からは目を逸らすことは出来ない。
透き通る思考を巡らせ、不透明な視覚を進めていると開けた場所に着いた。
ここは境界線の近くか。
とても荒れている。
瓦礫の山が地面を支配していて歩行を阻む。
こんな場所に。
街の中心部から反対に歩いてきた。
ボタンを置いてきたことを少し後悔した。
境界線の近く、つまり中心部から外れるほど治安は維持されていない。
僕に与えられた命令を思い出す。
歩みを止め、開けた場所を見渡す。
公園かな、多分。
しかし、こんなところに。
いるのか、本当に。
僕は公園にお邪魔して、腰を下ろそうと考えた。
痛!
入り口の車止めポールに足を打ってしまった。
鈍痛を抑えるように手で払う。
自由の代償ということか。
僕はぎこちない足取りで、ベンチを探り当てた。
やっと座れる。
木製の椅子は、秋の寒暖差で少し湿っぽい。
僕は上を見上げ、缶コーヒーを一口含み。
タバコを取り出し火を付けた。
「すぅー…」
視覚が遮断されたことで、紫煙はいつもより味が広がるような気がした。
「…」
え?
視線を感じる。
微かだが呼吸音も聞こえる。
タバコの匂いでわかりにくくなったが、香水の甘い匂いもする。
「…」
「…」
心臓の反対側に視線を動かすと、女性と思われる存在が座っている。
与えられた命令の対象者。
罠…?
冷静に自分の行動を振り返る。
この女性からは、僕が不審者か異常者に思えたはずだ。
だって相当、自分の世界に没入してた。
僕が頭を抱えて羞恥心に耐えていると、見兼ねたのだろう女性が声を発した。
「あ、えーと…こんばんは?」
声から推察するに若い女性だ。
いや、声で断定するのは尚早か。
「こ、こんばんは!すすすすみません!見えてませんでした!」
「私…そんなに存在感無い、ですか…?」
女性の声色が悲しそうに変わる。
が、本気で悲しんでいる訳では無いだろう。
中々、ユーモアのあるお姫様だ。
「いいえ、あなたはとっても美しい輝きを放ってますとも!」
「アハハ、何ですかそれ」
「ははは〜、じゃあ僕はこれで…」
僕は立ち上がって、早急に立ち去ろうとするも裾を引っ張られて防がれてしまった。
「私が邪魔したみたいじゃないですか!」
「いやいや!そんなこと!ちょっと急用が!」
「こんな夜遅くに〜?」
「え〜、と…」
「良いじゃないですかー!座ってよー!」
彼女の圧に押されて、再び座ってしまった。
「…」
「…」
「え、と…月が綺麗ですね?」
「ふふ、本気で言ってます…?」
「へ?」
「え?」
「あれ?今日って三日月じゃないですか?」
「意味知らないんですか…?」
「どういうことですか?」
「…」
彼女は黙ってしまった。
何か変なことを言ってしまったのか。
沈黙の気まずさは、言葉選びをぎこちなく作用させるから苦手だ。
「ね、お名前教えてくださいよ」
「廿六木熾雨です」
「珍しい名前ですね、とどろきさん?」
「ははは、よく言われます」
「廿六木さんって、変わってますね」
「え?」
「へへ、でも何か癒されるかも」
「…」
「ここに1人でいると、ごちゃごちゃした心とか整理出来て少しだけ晴れやかになるんです」
「…」
「廿六木さんもそうだと良いな?」
「僕は、そうですね。あなたと同じかも知れない」
「苦労されているんですね」
「それよりも、若い女性がこんな時間に1人は危ないですよ」
「ふふ、お巡りさんみたいなこと言わないでくださいよ」
「…」
「一応、こう見えて護身術の心得がありますから!」
「ですが、ここは境界線の近くです」
「じゃあ私に何かあったら、廿六木さんが守ってくれますか?」
---
11/2
この時がいつか来ることは想定していた。
でも自分でもわからない。
どうして引き留めてしまったのか。
関わるべきじゃないのに。
亞曇ヒカリ
---
11/3
今日も。
xxxから得られている人物像ともいまいち合致しない。
演技?
だとしたら転職をおすすめしよっかな。
亞曇ヒカリ
---
11/4
私は対極の存在なのに。
心の奥底では裁かれたいと。
自分勝手な。
そんな自分を許してはいけない。
私は死体の上を立って歩いている。
亞曇ヒカリ
---
11/11
雨の日。
クローバーの茂みで出会った。
シロツメクサから取ってシロくんとした。
シロくんは雨に濡れて、死んだように冷たくなっていた。
シロくんはとっても可愛くて、儚くて、どこまでも純粋で。
私とは対照的だな。
これから始まるシロくんとの生活はどんなだろう。
亞曇ヒカリ
---
11/16
駄目だとわかっているのに。
待っている時間が退屈に感じるなんて。
待っている?
私は凶悪犯罪者なんだから、
関わる者はちゃんと殺さなきゃ。
亞曇ヒカリ
---
今日もメガネのレンズを外す。
ボタン1つで伊達メガネに。
彼女は今日はあそこにいるのだろうか。
連日のエンカウントは昨晩で止まった。
相反する2つの命令。
彼女は裁かなければいけない。
そんなことはわかっている。
しかし、どうして規律違反をさせてまで。
試されている…?
今まで"倫理眼"に思考を放棄して、
犯罪者たちを裁いてきた。
やはりボタンを。
僕は引き金から逃げるように、扉を強めに閉じた。
トリガーは部屋に置いてきた。
「…」
「…」
僕が座ると、彼女は僕に視線を当てる。
お互い何も言わずに、そうしているこの少しの時間が嫌いじゃなかった。
きっと彼女も。
何日経ったか。
視覚を遮断するという僕の偽装行動は、
彼女と会う時間に擦り替わってしまった。
「昨日は居なかったですね」
「私が居なくて、悲しかったですか?」
「よくわかっていますね」
「ふふ、素直ですねー」
「何かあったか心配でしたよ」
「昨日はちょっと…疲れちゃって寝ちゃいました」
「そうでしたか」
「…」
「…」
沈黙が流れる。
命令を思い出す。
彼女の正体は。
"警護"の意図がわからない。
「ね、廿六木さん」
「なんでしょうか?」
「もし、この世界が全部。外界のように砂塵で埋もれてしまって、私たちだけになったらどうします?」
「…」
「あ!変な子って思わないで下さいね!」
「もうとっくに思ってますよ」
「ええー!ひどい…真夜中くらい、良いじゃないですか!」
「そうですね、多少センチメンタルでも許される時間です」
「むー!なんか淡々と言われると、なんだか…」
「いえ、決して馬鹿にしてなどいませんよ」
「本当ですかー?」
「ええ、だってあなたは…」
「?」
彼女から不穏な気配を感じた。
「いいえ…。その問いの解答ですが、まずは食料の確保のため、水源を起こして植物を育てるでしょうね」
「えー?なんか廿六木さんって真面目くんですよね」
「しかし、もっとも現実的かつ合理的な選択ではないでしょうか?」
「うーん、たしかに?」
「うむ」
「でも!私たちしかいないんですよ!アダムとイヴですよ!」
「僕と子供を作りたいんですか?」
「…っ!」
「ですが原罪は…。ん?」
「直球で言われると…」
「…」
「…」
罪とは、人間に備え付けられた機能なのだろうか。
彼女を知るほどにそう感じた。
神話において、原初の犯行動機は嫉妬とされている。
復讐
それを良しとすれば、悲しみは無限に繰り返されてしまう。
なら、ここで裁くことは正しいのか。
今の僕にはわからなかった。
「廿六木さん、メガネ外しても良いですか?」
「…」
「だめ?」
「良いですよ」
彼女は、そっと両手でメガネのテンプルを摘み、ぎこちなく外した。
しかし、元々見えていないのだから変化は無い。
強いて言えば、街灯の光がより乱れたことか。
「見えますか?」
「ええ、見えなくなりました」
「視力いくつなんですか?」
「両目とも0.01です」
「そんなに…暗いところで明るいもの見ちゃダメですよ?」
「ハハハ、もう手遅れですよ」
「本当に見えて無いんですよね?」
「ええ、本当に見えてませんよ。全てが滲んで見えます」
「どういう感じなんだろ」
「うーん、モザイクが掛かったような?言葉で伝えるのは難しいですね」
「…」
「…」
彼女が僕の肩にもたれて来た。
…。
「あの…見えて無いんですよね?」
「…」
"倫理眼"が疼き出す。
「少しだけ、こうしてても…良いですか?」
「ええ」
---
12/1
はぁ、絶対変な子って思われた。
嫌われちゃったかな。
でもその方が。
お互いのためなのかもしれない。
だって私とあなたの歩く道は、交わることが罪だから。
亞曇ヒカリ
---
12/3
依頼人と会った。
夫の殺害に成功したらしい。
しかし取り調べで疑いを受けていると、半狂乱で私に掴みかかって来た。
あなたには動機があり過ぎた。
痴情の縺れ。
怒りは浮気相手では無く、旦那に向かった。
こんな人達の相手はもうしたくなかった。
もう一度、xxxに話そう。
亞曇ヒカリ
---
12/5
"氷電武装"
カチューシャのような物が私の電子端末を介して、
出てきた。
夢なのかと頬をつねってみたけど痛かった。
氷のように冷たいマテリアルの送り主は、
"クリスタロス"
xxxから紹介された彼女は、
30年前、この世界を滅ぼしかけた
凶星だ。
亞曇ヒカリ
---
今日もメガネのレンズを外す。
ボタン1つで伊達メガネに。
最近、著しく視力が落ちてきた。
"倫理眼"が獲物を早く狩れと、肉体を締め付けている。
僕は愚かだ。
"Black Fairy"
見抜いていた。
一目見て、この瞳は告げた。
裁け
獲物の匂いに吸い寄せられて、対象と初めて会った時から。
相反する命令が無ければ、とっくに殺していた。
"倫理眼"
この瞳は、他人の罪を看破する。
個人の事情などは関係の無い、絶対的な公平性。
肉体の一部である瞳に反して、
僕はどうしようもない程に。
彼女に惹かれてしまっていた。
そんなことあってはならない。
でも、どうすることもできなかった。
犯罪者は、産まれた瞬間にそれを定められているのだろうか。
もし少しでも違えば、その道を辿らなかったのではないか。
"Black Fairy"は未然に防ぐことが出来たはずだ。
でなければ、こんな命令は課されない。
黒幕の存在。
そこまで思考して、部下の顔が浮かんだ。
捜査課アルファスリィ、秋羅剣。
「知ってました?植物もコミュニケーションを取るんですよ?」
「へえ、興味深いですね」
僕は必死に、"倫理眼"の処刑宣告を抑えていた。
油断すれば、意識を乗っ取られて殺人衝動に支配されてしまう。
「…。ホント?」
「え?」
「なんか廿六木さん。空返事というか、私の話にあんまり興味ないんじゃないかなって」
「そんなことありませんよ」
「ふーん?」
「それで?続きを聞かせて下さい」
「傷ついた植物は、仲間のために合図を送るんです。合図を受け取った仲間は、自分たちの身を守るんです」
「仲間のために…」
「私たちも、人間も温かさを忘れずにいられたなら…」
「…」
眼球が抉れそうだ。
殺せ、今。
首を絞めて。
殴打して。
瓦礫で頭を粉砕しても良い。
黙れ!!
僕はこれ以上、異能に囚われない!
「え…?」
僕は彼女を。
彼女の頬に手を当てていた。
「あの…ちょっと恥ずかしい、かな」
「どうして初めて会った時、僕のことを引き留めたんですか?」
「…。私にもわからないんです、引き留めてはいけなかったのに」
「本当は。傷だらけの信号を受け取って欲しいのではないですか?」
「やめて…」
「僕は、おれはあなたの手を取りたい」
「え…?」
「あなたがいて欲しい」
「でも…。永遠なんて幻想です」
「だったら幻想も、過去の苦みも、全て分かち合えば良い。だから僕たちは、人間なんだ。」
「ダメッ…!いけないよ。好き、って言いたいよ。でも、許されないからッ…!」
---
12/12
あれから。
彼のことをよく考えるようになった。
彼から触れてくれるなんて思わなかったから。
心臓の奥の方がきゅーってする。
どうして?
こんな運命じゃなければ。
四葉のクローバーを穢される前にあなたと出会えていたら。
こんなに苦しくならないのに。
違うか。
この運命だから、私と彼は出会った。
亞曇ヒカリ
---
12/14
脳が冷たい。
血管が凍てついたように。
画面から"クリスタロス"の嘲笑うような声が聞こえる。
もうきっと元には戻れない。
思い出も、この身体も。
亞曇ヒカリ
---
12/15
シロくんの体調が良くない。
身体を震わせて縮こまっている。
置いていかないで。
私をひとりぼっちにしないで。
亞曇ヒカリ
---
今日もメガネのレンズを外す。
ボタン1つで伊達メガネに。
もう裸眼ではほとんど見えない。
それでも良かった。
人は誰しも縛られている。
幸福や自由に。
それらは永遠に手の届かない幻想のようにも思う。
僕たちは獣にならないために、理性で押し殺す。
僕はあの日。
全部を捨てるつもりで、彼女を選んだ。
この瞳に与えられた使命など。
「あなたを…」
「言わないで。お願いだから…。」
「…」
「廿六木さん、四葉のクローバーを見つけたことありますか?」
空白。
記憶。
君に受け入れて欲しい。
でも、それは自己満足だ。
「ありますよ」
「…。私には、無いんです」
「…」
「この手に与えられた幸せは、いつも溢れてしまう。」
「…」
「だからここまでなんです。これ以上…、好きになったらいけないから。」
「…」
「全部終わりにしようと思うんです。悲しいだけだから。」
僕は彼女の手を握りしめた。
その手は、死人と間違う冷たさだった。
あなたには笑って欲しいんだ。
「…やめて」
「落ちた分だけ、おれが拾う。だから生きることを諦めるな」
「すき…だから、だめ…」
「2人なら…!」
「今日は帰ります。ごめん、なさい…」
「…。ええ。気をつけて」
彼女は立ち上がり歩き出した。
しかし少し歩いた所で、足音が立ち止まった。
「明日も、会ってくれますか?」
「もちろん。また明日」
---
12/16
シロくんを病院に連れて行った。
あまり丁寧に診てもらえなかった。
身分の無い私には、表向きな場所に連れて行ってあげれない。
医師に栄養剤を渡されて、帰宅した。
辛そうな様子のシロくんを見て、私は後悔していた。
きっと私が連れて来なければ、あのクローバーに包まれて死んだだろう。
もしかしたらその方が良かったのかもしれないと。
亞曇ヒカリ
---
12/17
誰かに尾行されている。
ケーサツ?
いや、違う。
歩行音と追跡距離が素人だ。
私を警戒しているのか、離れ過ぎている。
"氷電武装"と適合した私の知覚は、
それまでと異なっていた。
返り討ちにしようかと考えたけど、後処理に掛かる時間を考えて止めた。
急いで帰って、シロくんを温めないといけないから。
回り道を繰り返す内に、尾行者はどこかへ消えた。
これで諦めてくれると良いけど。
亞曇ヒカリ
---
12/19
シロくんは今日も元気が無い。
私は抱きしめて、温めてあげることしか出来ない。
自分の無力に打ちひしがれていた。
シロくんが終わる時が、私の終わる時だ。
亞曇ヒカリ
---
12/20
本当に終わりでいいの?
彼は手を伸ばしてくれている。
運命から背いて。
駄目だよ。私とあなたは。
差し出された四葉のクローバーを取れない。
もうこれ以上、失いたくないから。
亞曇ヒカリ
---
12/21
"クリスタロス"が画面から語りかけてくる。
うるさいな。
ほっといてよ。
"クリスタロス"は言った。
明日が命日だと。
亞曇ヒカリ
---
12/22
そして私は死んだ。
尾行者の正体も判明した。
尾行者はあの時、燃やした女の子の旦那だった。
復讐者が復讐されるなんて。
復讐の末路。
尾行者は部屋に侵入した。
スタンガンで交戦したが、簡単に弾かれてしまった。
私の首元に刃物を当てられる。
その様子を見たシロくんが、尾行者に飛びかかった。
尾行者は狼狽えていた。
その隙を見て、私は発砲した。
お腹から血を出した尾行者は逃げた。
シロくんは手で叩き落とされ、命を終えようとしていた。
言葉は通じないはずなのに、
シロくんの想いは私の胸を通り抜けた。
生きて。
シロくんと出会ったクローバーの茂みに来た。
クローバーは既に枯れていた。
私はそこにシロくんを埋めた。
次の季節、キミは四葉のクローバーに。
ありがとう、シロくん。
♦︎♦︎♦︎
私は背後から刺された。
抵抗しようと思わなかった。
ちゃんと殺してくれて、ありがとう。
その目は、狂気で血走っていた。
そういえば"Black Fairy"が私だと、
どうやって辿り着いたのだろう。
いっか、そんなこと。
だって、私と同じ目をしているから。
私を殺すことだけを考えて生きてきた目をしている。
私は昔のことを思い出していた。
私を嫌いになった子は、不良グループを利用して陥れた。
薬を使って、無理やり乱暴された。
成分が頭に回ると、世界がぐるぐるした。
良くわからないまま強姦された。
初めては好きな人が良かった。
そのまま何日か監禁されて犯され続けた。
身体も心も痛かった。
言葉では形容できない程に。
やがて解放され、家に帰った。
パパとママは捜索願いを出していた。
私の帰りを泣いて喜んでいた。
でも、何があったか話したら怒りの涙に変わっていた。
パパはグループのリーダー格の男を家に呼び出した。
口論の末、パパとママは殺されてしまった。
男は気が触れてしまったのか、その場で私を犯し始めた。
パパとママの亡骸の横で、私は凌辱された。
現実世界に地獄があるとは思わなかった。
既に私の涙は枯れていた。
壊れた機械のように、男に腰を振られ続けていた。
やがて、セキュリティに反応して出動したであろうケーサツが男を取り押さえた。
それから男は裁判に掛けられた。
判決は想像の何倍も軽い量刑だった。
すでに壊れていた私の中で何かが壊れた。
湧き上がる黒い焔に感情を支配された。
私は悪魔に魂を売った。
私を不幸に陥れた全ての存在を、必ず殺す。
私は誓いを、xxxに話した。
xxxはパパと親交があった。
独り身になった私の後見人として、面倒を見てくれた。
xxxはある提案をした。
そして私の実家と共に、私の存在は焼却された。
"ネームレス"となった私は、復讐を果たすために"Black Fairy"として誕生した。
そんなつまらないことを思い出しながら、尾行者に刺され続けた。
この人と私が殺した女の子、結婚してたんだ。
正面からも刺された。
何度も。
何度も刺された。
お腹も、腕も、首も、胸も。
全部ぐちゃぐちゃになっちゃった。
意識が朦朧とする。
まだ刺されているのかな。
刃物を引き抜かれる時の、
身体が引っ張られる衝撃だけを辛うじて感知出来た。
私が殺した人達は、こうして怨んでくれる人がいるけれど。
私が殺されても、誰も悔やむことは無い。
まだ意識があった。
尾行者はいつの間にか居なくなっていた。
画面から"クリスタロス"が語りかけてる。
と思ったら電子端末を介して、顕現した。
"クリスタロス"が手を差し出す。
ぐちゃぐちゃになったはずの身体が修復を始めた。
自分の出生を聞かされた。
知らなかった。
ママが---だったなんて。
"クリスタロス"にとって私は、
利用価値があるだけ。
消費されるだけの命。
哀れな黒い妖精。
しばらく枯れたクローバーの茂みに横たわっていると、雨が降り始めた。
冷たい雨が傷だらけの心に絡み付いてくる。
ふと、雨が止んだ。
傘だ。
傘の持ち主に目をやる。
私は彼を知っている。
彼の名前は廿六木熾雨。
管理局の捜査官。
彼の担当事件は、
"Black Fairy"
---
数ページ破られた痕跡がある。
次のページは一言だけだった。
"死んだ今なら、素直になれるかな。大好きだよ、熾雨"
僕はそこまで読んで、瞳から涙が流れていることに気付いた。
僕は生まれてから、一度も泣いたことが無かった。
そういうものだと教えられてきた。
僕は狼狽えながら拭った。
でも、瞳から流れるものが止むことは無かった。
---
12/23
xxxに会った。
私に酷く驚いていた。
"氷電武装"は人知を超えている。
"古代の神秘"は残存していた。
嘘っぱちな世界だ。
死ぬことも許されず、哀れに蘇った亞曇ヒカリ。
いや、彼女は死んだ。
だから私の新しい名は。
xxxには引導を渡すつもりだったが、返り討ちにあった。
この世界は私の想像以上に歪んでいる。
明日会ったら、熾雨って呼んでもいいか聞いて見よう。
熾雨、私は熾雨が好き。
熾雨の顔も、背丈も、体つきも、匂いも、ぎこちない所も、にへっとした表情も、肩から伝わる体温も、私を見逃している優しさも。
全部好きです。
私のこと、まだ愛してくれますか?
---
12/24
熾雨。
やっぱり永遠なんて無いんだよ。
"クリスタロス"の使者が私の前に現れた。
外界の、砂の世界に連れて行くと。
そこで"クリスタロス"が待っているらしい。
"クリスタロス"の傀儡である私に、選択権なんて無かった。
使者の女の子は、少し変だけど話が通じたから1日だけ猶予を貰えた。
---
2059/12/24
今日もメガネのレンズを外す。
ボタン1つで伊達メガネに。
彼女と会う。
僕は迷うことなく、ボタンを部屋に置き去りにして扉を開けた。
今夜はクリスマスだから。
「…」
「…」
僕は何も言わずに、缶コーヒーを2つベンチに置いた。
僕はタバコに火をつけ、缶コーヒーの1つを開ける。
ホット缶の若干だけ薄まった味が染みる。
「タバコの煙、嫌じゃないですか?」
「今好きになりました」
「それは良かった」
「これ貰っても良いんですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女が缶コーヒーを開ける。
それを彼女が飲む。
よく見えないけど、きっと美しい。
彼女を見つめていると、顔のあたりが光った。
「泣いていますか?」
「…」
「ハンカチです、どうぞ」
「ぅう…」
「…」
「傘…」
「?」
「ありがとうございます」
「…」
「…」
僕は先日、可愛らしい女の子に傘を差した。
雨で塗れていて、居た堪れなかったからそうした。
発砲音による通報の現場付近で。
その女の子は、"Black Fairy"と称される凶悪犯罪者だ。
そして、僕の隣に居る女の子と同一人物だ。
視力のある状態で彼女を見るのは、初めてだった。
世間を震撼させた犯罪者に、僕は恋をした。
「嫌だったら言って下さい」
「…やじゃない」
僕は彼女を抱きしめた。
居た堪れなかったから。
違う。
そうしたいからしたんだ。
"倫理眼"が激しく疼き出す。
この瞳は罪人を許さない。
僕の意思を、瞳は否定する。
「…本当に、良いんですか?」
「どうしようもなく、好きだから」
「そんなの、馬鹿だよ…」
どれくらいそうしていただろう。
永遠のように感じたかった。
「熾雨って呼んでも良いですか?」
彼女は僕の胸にもたれながら言う。
温かい吐息がくすぐったい。
僕は肯定も否定もしなかった。
「熾雨、メガネ取っていい?」
「良いよ」
彼女がメガネを外す。
以前よりは少し慣れた動作で。
「こうしてメガネを奪ったままでいられたら、熾雨を独り占め出来るのにな…」
彼女がメガネを外そうと外すまいと何も変わらない。
けれど、この一連の流れは。
お互いの全てを捨てられる。
「…」
「…」
彼女と視線がぶつかる。
彼女を離したくない。
「…ん」
僕は彼女に口付けを交わした。
「タバコの味…する」
「…」
しがらみに蓋をするように口付けに集中した。
"倫理眼"が痛い。
眼球も、脳の血管もズキズキと痛む。
痛みで破壊されそうだ。
僕の意思を、肉体が、この瞳が否定する。
それでも、僕は。
何度作られても、またこの道を選ぶ。
彼女を愛する。
その罪に、ともに向き合う。
互いの苦みを混ぜて、痛みを分かち合った。
「…ぐ」
「離れたくないよ、すき…」
僕たちは抱き合ったまま、沈黙の時を刻む。
この永遠の終わりが、近づいていることを感じていた。
「あ、雪だ」
「綺麗だ」
「寒いなー、もっと温めてほしーな?」
「悪かった、こっち来て」
彼女は。
僕の胸に再び抱きついた。
世界が白に包まれようとしている。
灰色の街を浄化するように。
原初から生まれたあらゆる罪を洗い流すように。
彼女は遠くへ行かなければならない。
そう感じていた。
ずっとこのままが良いけれど。
そうはいかない。
僕は彼女の少し柔らかくて、繊細な身体を少し強く抱きしめた。
甘い香水の香りが僕の全身に混ざり合う。
愚かでもいい。
それでも僕は君を愛する。
いつか僕が眠りについたとしても。
この永遠が終わることはない。
「熾雨、離れたくないけど行かなきゃ」
「そうだね」
「最後のワガママ言っても良い?」
「良いよ」
「メガネちょーだい、この先一生、熾雨の瞳を奪っていたい」
「良いよ」
「え?良いの」
「ああ。それと、とうに奪われているよ」
「…好き。」
「僕も好きだ」
もう一度、口付けを交わした。
「あれ?このメガネ…」
「あ、気づいた?ずっと度が入ってなかったんだよ」
「え…ええー!?」
「悪かったな、合わせてたんだ」
「ロマンスが台無しじゃん!」
「ははは」
「怒った!」
「ごめん」
「ぎゅーしたら許す」
「…」
「あ、待って!」
「?」
「お願い、力の限り抱き締めてほしい、私を離さないように…」
「…痛かったら言えよ」
「うん…」
さっきよりも強めに抱きしめた。
「もっと強くして、お願い」
「…」
そんなやりとりを何回かして、
最期の抱擁を終えた。
「お別れだね」
「ああ、もう限界だ」
「綺麗な瞳」
「発現したら君を殺さなければいけなくなる」
「いいよ、熾雨にならどうされても」
「…駄目だ」
「これ」
彼女からノートを手渡された。
「家帰ったら、読んでね」
「ああ、そうするよ」
「じゃあね、熾雨。好きだよ」
「名前」
「え?」
「名前をまだ聞いていない」
「ハハ、いまさらだね」
「…」
「勿勿耶、私は白延燦勿勿耶」
「自分で考えたのか?」
「そうだよ、かわいーでしょ!」
「世界一かわいいよ」
「えへ、じゃあ最後に呼んで、私を」
「勿勿耶」
「熾雨」
「「愛してるよ」」
「勿勿耶日記」〜fin〜
---
--
-
♦︎♦︎♦︎
寒い。
弱った体に雨が染みる。
ボクはこのままひとりぼっちで死んじゃうかな。
オカアサン。
ふと雨が掛からなくなった。
傘だ。
その主に目をやる。
綺麗だ。
傷だらけの花。
それでも何よりも美しく、佳麗に咲き誇っている。
そう思った。
澱んだ綺麗な瞳を吸い寄せられるように見つめていた。
主はやがて口を開いた。
「キミも、ひとりなの?」
(…)
「そっか、一緒だね」
「うちに来る…?」
(主の手を取る)
「冷たい、あったかくしないと」
ボクは主に引かれて、灰色の街を抜けた。
「ごめんね、こういうの初めてだから」
「きれいになって良かった、怪我は無さそうだね」
(主を見つめる)
「私はヒカリって言うんだよ」
「キミはなんてお名前かな?」
(…)
「声、出せないの?」
(ヒカリを見つめる)
「そっか、うー」
「ん〜〜…、あ!」
「シロツメクサの上でお休みしてたから、シロくんはどうかな?」
(頷く)
「えへへ、気に入ってくれたら良いな」
「よろしくね、シロくん!」
小鳥のシロくんは、白くてもちもちしてたんだ。
こういう幸せもあるんだなって思えた。
私とシロくんは似ていた。
上手に生きられない所が。
---
(ありがとう…)
シロくんの亡骸を、枯れ果てたシロツメクサの土に還した。
ここは初めてシロくんと出会った場所。
最後を迎えるならここで良かった。
尾行者は、私の背後に立つ。
「遅いよ」
「お前のせいでッ…!!」
「そうだね、私があなたの最愛の人の命を奪った」
「子供もいたんだッ!」
「生まれてくる子供には罪は無いよね。私もあなた達に復讐することでいっぱいだったんだ」
「許さない…」
「今更、良い顔はしないよ。
さぁ、お前が全てを捨ててでも殺したい存在はここにいる。私が"Black Fairy"だ。」
「…!」
「ここで逃せば、もう二度と私を殺すことは出来ない…。私たちの選択肢は無数にあるようで限られている。さて、あなたはどうするの?」
♦︎♦︎♦︎
僕は勿勿耶から渡された日記を読み終え、
ハンカチで涙を拭った。
刹那、存在しない日記の1ページが頭に流れた。
xxxx/xx/xx
熾雨。
好き。
私はあれから砂の世界で過ごして、色々大変だったけど。
…。
ううん。
ここには時間が無いから、少し未来から記してる。
未来のことを少し話すね。
この先の熾雨には、何も信じられなくなる未来が待ってる。
全てが嘘でも、私はあなたの味方だから。
だからお願い。
私と同じ道を辿らないで。
あの時、生きろと言ってくれたことを思い出して。
愛してる。
全てを捨てても、私が守るから。
だから信じて、好きだよ。
白延燦勿勿耶
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます