第7話 危機と禁忌
国王が続けるはずだった言葉を継いだのも、誰でもない者であった。どこからともなく現れた、ヘイグターレの3人にとって誰もが見覚えの無い、一組の男女。全身黒ずくめの格好と溶け合うような黒髪、2m近い長身と鋭く光る薄緑の眼、やや褐色の肌の男。その男から頭二つ分ほど下だが、女性にしてはとても高い身長、同じく黒ずくめだが、燃えるような緋色の髪と瞳を併せ持つ色白の女。そんな彼らに対して一つ。確実に言えること。───明らかに城内、ましてやヘイグターレの関係者ではない。門兵も、守衛も、使用人も、そして彼らでさえも。誰一人その存在に気付くことが出来なかった。いや、させなかったのであろう。明らかに分かる、異常な脅威。その圧倒的なまでに異質な、危険予知の文字が、本能が、直接脳を揺さぶるような強者の雰囲気に、テレンツィオとタバロが
「手荒な真似をしてすまない。だが抵抗しなければ危害を加えるつもりは毛頭無い」
無表情はおろか、言葉こそ聞こえたが口すらも動いたか怪しいほど、男に動きはない。ただそこに立ったままの男女。使用人たちが駆けつけて来ないということは恐らく彼らも等しくこの拘束魔法をかけられていることだろう。しかし拘束魔法というのは、
「拘束魔法、
今度は女が口を開く。冷徹とは
「とはいえ、このような真似をしておいて名乗らぬのは無礼に当たるだろうからな。先に名乗るべきはこちらか。……私の名はナヴァ・レヴゾーラ。今は多くは語れないし、信じてもらえるとは思っていないが、少なくとも貴殿方の敵ではないとだけ名言しておこう。隣の大男の名はエーカム・ヌルミネンだ」
男は目だけを動かし国王を
「わしの家名すらも知っている理由は後で聞いてやるとしよう……お主らの装いを見る限り、グラモニッドからの差し金と見受けられるのう。何が望みじゃ。金か?
「どれでもない。加えるなら一方的に要求を飲めという話でもない。……我々が求めるのは情報交換だ」
「情報交換……?」
ナヴァの光の無い真っ直ぐな視線と変わらない表情に、国王は少し面食らう。
「我々はそちら側が間違いなく欲する情報をいくつか持っている。それを提供する代わりに、こちらが欲しい情報を素直に答えて欲しい。ただそれだけの話だ」
情報。それは魔法が全ての基礎、魔法適性が人生を左右すると言っても過言ではないこの世界で、魔法と同等、若しくはそれ以上の価値を持つものである。6つの国が入り交じり、その中でもヘイグターレとグラモニッド、2つの大国が互いを
「分かっている。国王ともなれば情報の価値は誰よりも知っている。信頼できぬ者とは挨拶も交わしたくない心持ちであろう。……しかし我々には時間がないのだ。だからこのような手荒な真似をしてでも対話の機会が欲しかった」
仮面のように表情を変えることのなかったナヴァの表情が初めて僅かに曇ったように見えた。先代の父、その更に先代の祖父から常々教えられ、人を見る眼を学んだ国王はそれを見逃さなかった。なにか後ろめたいことが彼らにはある。そこに彼らの付け入る隙があるかもしれない。そう踏んで言葉を継ごうとした国王に先んじて、ナヴァに代わり、ずっと押し黙っていたエーカムが遂に口を開いた。
「……手荒な真似と侵入の詫びとして一つ、先に情報を出してやろう」
こちらも感情一つ読み取れない抑揚のないやや低めの声。彼のその次の言葉に、国王以下、誰もが
「そうだな、まず一つ。ヘイグターレ魔法軍第一部隊隊長、ディアゲラ・フィスドナークは……生きている」
■■■■■
何が起きているのか。これから何が起ころうとしているのか。理解などする余裕は微塵もない。ただ、己の身と、抱き抱えた少女の安全を祈り、息を切らせてもなお走る。
「はあ……。はあ……。ここまで……来れば大丈夫だろ……」
長期間家業から離れていたせいか、体重が落ちていたせいか。思ったより体力は落ちていた。それでも人ひとりを抱えたまま、起伏の絶えない天然の迷路を10分は駆け抜けていたであろうサルカーノは、尚も目覚めないままのミリーナを地表に露出した大木の太い根に座らせた。ロアに言い付けられたままひたすら逃げ続けていたら突如地面が揺れ出し、背中の方で見たこともない火柱が上がっていた。それを見て泣きたくなる気持ちを必死に押さえ、死にたくない、何がなんでも逃げようと決意したところまでは覚えている。そこからは方角も分からずとかく走ってきた。
「ミリーナさん……どうして……」
まるで眠っているかのように意識の戻らないミリーナ。
「……ん?もしかして、これのせいか?」
木にもたれ掛からせたミリーナを見て、ルカはふと気になるものを見つけた。ミリーナの左肩と、首の左側。黒い槍のような謎の魔法が
「……っ!」
突如ルカはミリーナから顔を背ける。女性の首を、鎖骨をまじまじと見つめる自分。模様に興味を示したことは間違いないが、女物の整髪料であろう特有の甘い髪の匂いで引き寄せられたのか首の変色部分を触ろうとしていた自分に気付き、恥ずかしさを覚えたからだ。気を失っている異常事態だとしても、見ず知らずの無防備の女性に触れることをルカはすんでのところで我慢した。弟妹が幼い頃であればお風呂の世話をしてやったりなどもあったが、それも久しい昔の話。ライナが大きくなってからは女姉弟の水回りの世話は女同士でさせていた。それゆえ同年代の異性の素肌を至近距離で見つめることなどまず無かったルカには少々刺激が強く、優しすぎるその奥手な性格が羞恥心に拍車をかける。無意識に持ち上がっていた右手を降ろし、弱々しくため息をつき途方に暮れる。どうすればミリーナが意識を取り戻すのか。ルカには
「こんなところでどうしたの貴方達」
「ああああああああああああああああああああああああ」
突如現れたヴェジルに、サルカーノは魂の限り絶叫してしまった。
「ちちちちち違うんです!ぼぼぼ僕は!僕は断じて!ミリーナさんを!そんな!何も!」
「童貞なのね、あなた」
「どどどどどどどどど童貞!……童貞です……はい」
「大丈夫よ。貴方にこれほどの魔法が使えるとは思ってないわ」
「はい……。あ、あの……試験官の少尉の───」
「ヴェジルでいいわ、ヴェジル少尉で。それにしても……何も得してないわねあなた」
大いに含蓄のある言い回しに留めてサルカーノに
「オーブを持った状態でメンバーを一人置き去りにして別行動している、本来のルールであれば失格なのだけれど……。最早今はそれどころじゃないわね。彼に逃げろとでも言われたんでしょ?」
サルカーノはコクコクと強く頷き、口をアワアワと動かしながらどうにか言葉を紡ぐ。
「急に、僕ぐらいの身長の男の子が現れて、ミリーナさんめがけて魔法を撃ってきたんです。咄嗟にキドロア君がミリーナさんを押したから肩を
最後の方は声が弱々しくなりあまり聞こえなかったがヴェジルは確信した。やはりあの炎、キドロア・セルエイクによるものだと。そしてこの闇魔法を使ったのはキドロアと敵対している何者かであることも。奇襲をかけるような敵であるならあれほどの派手な魔法で周囲に己の存在を知らしめるような真似をするとは考えにくいからだ。しかしあの青年、これほどまでの力を秘めていたとは───ヴェジルは魔法適性、才能の差をひしひしと感じる。とはいえ、この緊急事態をどうにかして解決するのは試験官の使命だ。ヴェジルは迷わず意を決した。ひときわ真面目な表情でサルカーノに向き合い話し始める。
「分かったわ、貴方はここにいて。ミリーナを、彼女を守ってあげて。そしてここに今日の試験補佐をしてた人間を呼ぶわ。先輩魔法士の彼らの指示に従って本部に戻ること。今回の仮実習、あなたたちは免除にするから。もし、試験監督のガオニ中尉がいたら"ヴェジルは現場に着きました"と伝えてもらえるかしら」
ヴェジルの語気と表情に気圧されて、サルカーノはまたコクコクと頷いた。それを見届けるとヴェジルは穏やかな顔に変わり、サルカーノに少し微笑みかけた。サルカーノの表情が僅かに緩んだがヴェジルはそれを見届けることなく、再び
「
なんの根拠もないが、ヴェジルは何となくそんな予感がした。近づくにつれ次第に何かが焼けたような、焦げた灰の臭いが強まる。だんだんと周囲の気温が高くなり、酸素が薄くなるのを感じた。
■■■■■
「でもここまでシャトが苦戦するとは……さすがは噂通りの逸材だ」
黒緑髪の男は依然としてシャトと呼ばれた
「恐ろしい目付きだね……。色々と話したいこととかあるんだけど、まずは怪我の治療が先みたいだ」
そういって男は少年からぱっと手を離し、ロアの元へ歩み寄って、あろうことか治癒魔法の展開を始めた。面食らったロアの警戒が一瞬薄れる。少年は自由になったであろうにも関わらず、一歩も動こうとしない。───否。動けないのだ。
「ああ、シャトには拘束魔法をかけたよ。聖属性魔法なんて見たこと無いかもしれないね。いやまあそもそも見えないんだけど……えっと、今から君には治癒魔法を施すから。話し半分でも良い、聞いててくれ」
男は左手に5つの魔法陣を同時展開した。よく見ると一つの指に対し一つの魔法陣が展開されている。ロアにも到底出来ない芸当だ。凄まじい魔法適性の高さと男の使う治癒魔法の脅威の回復力に、ロアは絶句する。
「うーん、思ったより傷が深いな……。ちょっと時間かかりそうだなあ……。おっと、警戒心を解くにはあまりに自己紹介が遅れたね。俺の名前はサプタ・アルドゥアニ。そして君を危うく殺しかけた狂ってるあのガキの名前はシャト・メングアル。14歳とかだったかな。昔から一緒だから良く覚えてないけど。訳あって共に……あちこち旅してるんだ」
サプタは慣れた手際で治癒を進めていく。この短時間での情報量が多すぎてロアは理解に時間を要した。
聖属性魔法は6つある魔法の属性の中でも最も難易度が高いと言われる。その理由は聖属性魔法陣への魔素の変換効率の低さにある。同程度の魔法でも、他の属性と聖属性では魔素の使用量がまるで違う。加えて最大の特徴は、聖属性魔法は"魔法陣が存在しない"こと。厳密には展開されているが、他のどの属性とも違い、可視色を帯びない。無色透明な魔法陣になるのだが、それが
そしてあの少年、シャト・メングアル。サプタの話をそのまま当てはめるなら12歳……?あの異次元の強さを持ってしてわずか14歳前後らしい。ロアの中の常識が一つ、崩れ去る音がした。ロアが14歳だった頃、ディアゲラがまだ第一部隊の中堅、ディアゲラ大尉だった頃。当時のロアはおろか、ディアゲラですらこれほどまでの魔法は使えなかったように思う。この適性の高さは一体どこから来ているのか。ロアはサプタに治癒を施される中、シャトを
「ねえサプタぁ……。いい加減解いてよこれ。別に僕もう暴れないってば」
「何も反省してないなお前は。散々暴れてキドロア君を痛めつけた罰だ。今の俺たちにとって彼と戦う必要なんか微塵もないってのに。……それに目立つ行動はとるんじゃないって常々言ってるだろ。今日は何がなんでもお前のことは拘束したまま連れて帰るからな」
サプタはロアには決してしなかった冷ややかな視線をシャトに刺すように向ける。シャトはまだ何やらぶつぶつと文句を垂れている。治癒が進むにつれてロアの意識もはっきりしてきた。流血も収まり、傷口も
「……どうして俺の名を?」
「ああ、そこか。確かに見ず知らずの人間から名前を呼ばれたら気色悪いことこの上ないよね。すまない。……詳しいことは話せないんだけど、君は俺たちにとって大事なお客様の一人だからなんだ」
「お客様……?近頃の旅人はこんなに軽率に人を殺そうとするのか?」
ロアはあまりの不自然な言い回しに皮肉と憎悪を込めつつ、やや低めに声を荒げる。警戒心は十二分に保ったままに。
「それについては大変申し訳ないことをしたと思っている。だが、そうだとも。お客様だ。とても、とても大事なね。なのにこいつはそのお客様をフルボッコにしやがって……いやまあ、シャトにこういう一面があることを知っておきながら管理を怠った俺にも責任があるんだが」
サプタは治療の手を緩めることなくも、ロアに片膝をつき最敬礼をした。その最敬礼を
「責任の所在など俺にとってはどうでもいい。それにこんな体でもはや抵抗も出来ん。……そんなことよりだ、そもそもただの旅人がこんな上級魔法を容易く、連続で使えるわけがないだろ。正直に言え。何者だ?目的はなんだ?」
サプタがゆっくりと顔を上げる。先ほどまでの柔和そうな表情は立ち消え、やや目を細めロアを見返す。
「まあそんな簡単な言い訳で納得してくれるほど甘くはないよねえ……。でもこれ以上は言えないんだ。今はね。というよりも、恐らく今話したとしても理解できないし信じてくれないと思う。それは君が俺達に対し信頼を持っていようといまいと関係ない程にね。だが、いずれ話せるときが来て、君が全てを理解出来る日が来る、ということは約束しよう。理解した上でその時、君がどういう行動を取るのか───楽しみにしているよ」
サプタはそう告げるとロアの治癒に意識を戻す。結局彼らが何者であるかは分からない。目的も語ることはしなかった。情報と呼べるような
「……うん。これで外傷は完治させたかな。表皮の止血も完璧。もう少し休めば立てるようになるはずだ。ただ内部の損傷に関しては見えないし、俺も魔法医師ではないから分からないが……恐らく命に別条はない程度にまでは回復出来ているだろう」
言われてみて体のあちこちを軽く動かしてみる。サプタの言う通り、外傷は全くもって無くなっていた。肉ごと
「礼はいらないよ。生死の淵を
サプタはロアのそばから立ち上がり、膝についた草を手で払う。シャトがその様子を見て、再びサプタに話しかける。
「さーぷーたー。遅いよー。てかこれ解いてよー。もうなにもしないってばー。後あの二人の合流を待って帰るだけでしょー?」
「そうだな。後は縛ったまま、お前のその減らず口も塞ぐ魔法をかけたら帰るだけだな」
サプタのシャトをたしなめる口上は緩む気配がない。自分とシャトへの対応の温度差に、ロアは表情に出るほどではないが、ほんの少しだけ笑いが込み上げてきた。しかしそれと同時に一つ、根本的な問題が脳裏に浮上してきた。ロアが口を開く。
「なあ……サプタ」
サプタがロアに向き直ったところで続ける。
「シャトは俺の魔法士としての強いオーラが見えるだのと言っていた。本当かどうかは知らんが、確かにシャトは俺を追いかけて、居場所を突き止め、攻撃を仕掛けてきた。だがこれだけ広大で人口も多いヘイグターレで、これだけ入り組んだウレバの森で。どうして俺がいると分かったんだ?」
シャト曰く、強者の魔法士のオーラが目視できると言っていた。しかし、いくらロアが才能溢れる逸材だといえど、ロアより腕の立つ魔法士はまだまだたくさんいる。最たる例が軍事総官のグアジェドや、部隊長のウォルザ等だ。評判もさることながら彼らの並々ならぬ覇気は一目見れば誰でも伝わる。だがロア並み、もしくはそれ以上の腕を持つ魔法士はヘイグターレに一定数いるだろう。仮にオーラなるものがあるとするならば、その人らのオーラの方が圧倒的に強く、大きいはずである。そんな中ロアのオーラだけを見つけ、位置を特定することは至難の業のように思える。なぜ見ず知らずのロアの元へ迷うこと無くたどり着けたのか。
「……確かにね。ヘイグターレには君より強い魔法士がたくさんいるだろう。本来であればシャトの能力をもってしても何の手がかりもなしに見つけ出すのは不可能に近い。でも───」
そこでサプタは僅かに笑みを浮かべる。君は特別なお客様だから教えてあげよう、と
「もし、我々が誰かの情報を元に君の行動を把握していたとしたら?」
「……!」
ロアは
「君が今日、この時間にウレバの森に来ることを知っているのはえーと、仮実習?の存在を知っている人間だからヘイグターレに限る。が、あまりにも多数。絞るのは不可能だろう。でも一人だけいるんだよ。我々にも情報を与えてくれた人物がね───」
「……サプタ。二人来る。一人はめちゃくちゃ速い」
ぶすくれていたシャトが急に真顔に戻った。サプタはシャトの方を見やることなく、その声色だけで、あどけない少年の言葉がサプタの気を引くためだけの
「……分かった。すまない、キドロア・セルエイク君。どうやら話せるのはここまでのようだ」
そう言ってサプタはロアから数歩離れると、縛り付けたままのシャトを抱えて、一つ木を選ぶと、その頂点に飛び移る。その瞬間、サプタのいた場所の草が裂け、地面ごと割れるほどの凄まじい爆風と轟音が発生した。ロアは辛うじて両腕を体の前で交差させ、両足で踏ん張って辛うじて風圧を耐ようとする。しかし絶命寸前だった体では踏ん張ることもままならず、押し倒されるように尻餅をつく。風が収まり腕を下ろした時───そこには国王に会うためシュトラメルグ城に向かったはずのグアジェドと、試験会場で合格者たちの帰還を待っているはずのヴェジルの姿があった。目まぐるしい展開の早さと予想だにしなかった人物の登場に、ロアは言葉を失っていた。ただ、驚いているのはロアだけではないようで───
「ぐ、軍事総官!?どうしてこちらに───」
「ん?おお、ヴェジルか。久しいな。いやなに、遠く離れた中心部からもこやつの炎と音を見聞きものでな。そして───」
喋りながら首をくいっと曲げ、ロアの方を指すグアジェド。ヴェジルはグアジェドが向かっていることに気づかなかったようで、目を丸くして呆然と立ち尽くしている。グアジェドはヴェジルを
「貴様らか。グラモニッドからの侵入者とやらは」
ロアすらも恐怖に似た感情を覚えるほど、低く響くどすの聞いた声が空気を裂く。対して問われた側のサプタは至って平常心を保っているようで、身振り一つ変えることなく立っている。サプタとシャトの服装は国王の言う通り、ヘイグターレではあまり見られないような柄と形状をしており、国交が
「おっと、これはこれは……軍事総官もお目にかかれるとは。派手な歓迎をありがとうございます。一部始終をお分かり頂けるよう話せば長くなる故、単刀直入、手短に。今の状況をご覧いただいても説得力には欠けますが、我々とてこれ以上手荒な真似はしたくないんですよね。そちらも
サプタの皮肉を交えた
「手短に済ませたいという点においては同意見だ。が、手荒も何も貴様らを消し炭にする用意が出来ているから、大事にならんと思うがな」
そういってグアジェドはヴェジルへちらっと目配せし、構えていた手の指先に5つの魔法陣を宿らせる。サプタに勝るとも劣らない申し分ない実力だ。いやはや大国の魔法軍の頂点に立つ者と比肩するサプタが異常なのだが。合図を受け取ったヴェジルもすぐさま魔法陣を展開。二人は臨戦態勢だ。一連の流れを
「サプタ……また来たよ。今度はあれが。ヘイグターレなら大丈夫だと思うってみんな言ってたけどやっぱダメなのかあ」
サプタは険しい表情のまま僅かに頷いた。もう一度グアジェド達に正中で向き直ると、静かな口調で語り始めた。
「大変残念なお知らせです。邪魔者が入ってきてますね……。我々としてはまだ話がしたかったのですが」
そういうとサプタは着ているローブを少し正して、
「ヘイグターレの国民であるあなた方には信じがたいことでしょうが……今から鋼鉄の悪意が空を飛んできますよ」
そう言うが早いか、サプタは既に南西の方角へ飛び去っていた。グアジェドが逃がすか、と怒鳴りつつ
「なっ……!?」
グアジェドもヴェジルも、ロアも何が起きたのか全く分からなかった。分からなかったが、恐らく炎に包まれたそれらも分かっていないだろう。否。認識する能力を持ち合わせているかも怪しい。二人の展開した魔法が互いに作用し形成された火の渦は、正体不明の飛行体を何百、何千と飲み込んだ。大きさは烏ほど。
「ぐ、軍事総官。あれは……一体……」
グアジェドは尚も同じ方向を見据えたまま"そうか"と三度呟いた。その後おもむろに振り返るとヴェジルとロアを交互に見やり、眉間に
「すまない。仕留め損ねてしまったな。やつの力量を見くびった俺のミスだ。しかし……これは、これは厄介なことになったな。この件は至急国王陛下に報告する必要がある。だから悪いが俺はここで戻らせてもらう。ヴェジル。ロアと仮任務のことは任せる。ロア、くれぐれもこの事はこの場にいるやつ以外の誰にも話すんじゃないぞ」
グアジェドは
「キドロア君、まずは無事で何よりだわ。あれだけの魔法を使っておきながら全く外傷が無いと言うのはどういう訳なのかしら……」
ヴェジルは尋ねているのかどうかわからない、一人言のように呟く。サプタに治癒魔法を施された、とはとてもじゃないが言えなかったのでロアは押し黙っていた。
「まあとにかく命だけは無事でよかったわ。言うまでもないのかもしれないけど、私がその場に居合わせたとて手も足もでなかったでしょうね……まさか
「
「ええ、在隊歴はあまり長い方ではないけれど、教官という立場上、図書館などで書物の取り扱いに関する権限を他の隊員より多く持たされてるの。その時に禁止魔法について調べたことがあるわ」
「なるほど……でもさすがに禁止魔法の文献を取り扱うのは職権濫用に該当しないんですか」
「いやな言い方するわね。認められてるから触れるんですもの。有効活用と言ってちょうだい」
そう言いつつもその間ヴェジルはしきりに何かを考えているようだった。この一連の事後処理か、もしくはグアジェドの言及したことか、あるいはサプタたちのことか。その全部を考えているかもしれない。
「気になることが多すぎるけれど、まずは先に中尉のところに戻らせてもらうわね。最優先事項として、今の私はこの仮実習の試験官だから」
ヴェジルもグアジェドに続いて飛び去る体勢に入る。さすがにグアジェドのような陣形の錬成速度ではないが、
「私心で言えば、また近いうちに会って色々聞かせてほしいところだけど……とりあえずあなた達の試験は免除、こちら側の不手際で特別合格とする旨を中尉に相談しておく。あの人なら軍事総官の名前を出せばおそらく二つ返事で快諾するでしょうね。あなたはゆっくりのんびりでもいいから周りの生徒に怪しまれないように帰ってきたらいいわ」
ヴェジルはそう告げて運営本部の方角へと飛んで行った。ロアに目立った外傷がないことから自力で帰れると判断したのだろうか。ロアは試しに魔法陣を展開してみる。サプタは内傷に関しては分からないと言っていたので、内臓や骨の損傷の程度によっては高速移動系の魔法は傷を広げることになりかねない。試しに
「……ぐっ!!!」
数十メートル進んだところで魔法を中止した。シャトに抉られた左脇腹と右肩に激痛が走る。左手で陣を錬成したため気づかなかったが右腕はほぼ動かないと言っていい。
「こりゃそうとうな重傷だな……母さんと違って入院レベルかもしれんな」
ロアは苦笑しつつ歯を食いしばって一人ごちると、魔法を
まずはあのシャトという少年。おそらくロアよりは5,6歳は年下と見受けられる体躯だった。にも関わらずロアすらも遥かに凌ぐ魔法の実力をまざまざと見せつけてきた。もちろん上には上がいることなど百も承知だが、子供相手に死を覚悟することなど想像だにしなかった。サプタが駆けつけていなければ本当にあの場で死んでいたかもしれない。そしてそのサプタはシャトを完全に制御し、恐怖させるほどであった。不可視の聖属性魔法、指先単位で同時に操られる大量の治癒魔法。どれもが信じがたい練度であった。もしかするとグアジェドに比肩するレベルなのかもしれない。疑問としてはシャトとサプタの行動理念が全く持って逆だということ。そしてその二人が何故か行動を共にしていること。何が目的なのかはほとんどはぐらかされてしまったが、いずれ全てが分かる日が来るとも言っていた。手がかりもない上、現状この体ではどうすることも出来ないのでジタバタせず回復に専念するべきだろう。
そして最も驚いたこと。謎の飛翔する金属体だ。大陸において、鳥類と魔法士以外で空中を移動する物体など存在しない、見たことなどなかったからだ。業者などで空路運輸などはあるが、それも対象物を魔法士が浮かせているだけに過ぎない。人間の手を借りず、単体で飛べるなど前代未聞だった。しかもそれらは一糸乱れぬ動きで隊列まで組んでサプタ達を追いかけていた。これについても何一つわからないが、サプタ達がそれを恐れていることだけは分かる。そして―――
「いや……そろそろやめるか」
先の魔法の被害の及ばない、陽光を
「……いつか分かる日が来る、か。もし本当にその時が来て分かったとして、俺は何をすればいいんだろうか」
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