第二話 変な女
「あなたは死にました。」
胸のところにファスナーがある変なドレスを着た女がそこには居た。
目覚めてすぐに衝撃的なことを言われ、柄にもなく声を張り上げ叫んでしまった。
「死にました?変な冗談はやめてください。私にはやるべきことがまだ大量にあるんです!」
「あの理論は、練り上げればきっと画期的な発見になったはずで、こんな変なところで油を売ってる場合じゃないんですよ!」
「ドッキリかなんかですか!?良いから早く大学に戻してください!」
「ですが、あなたは死んでしまったのです。」
「残念ながら、現世に戻してあげることも出来ません……。」
ん?こいつ今なんて言った?
「現世に戻してあげることもって……?」
「はい。もちろん今から現世に戻してあげることも出来ませんし、またあちらの世界に行ってから戻してあげることも出来ません。」
それって……
「もう私は現世でノーベル賞を取ることも、あっちの世界で大学に行くことすら出来ないってこと?」
「はい。そうです。」
は?いやいやいや、流石にそんな訳……
「本当のことです。」
「あなたはもうノーベル賞を取ることは出来ません。」
え?
マジ?
「マジです。」
「先ほどから伝えているように、あなたは死んだのです。」
「徹夜とエナドリのダブルパンチで脳をやってしまったことが原因でしょうね。」
「ならあの音って……。」
「はい。おそらく脳をやってしまった時の音でしょう。」
マジかよ……そんなことで私は死んだのか。
そして……。
「ノーベル賞も……」
「はい。何度でも改めて伝えますが、あなたが現世でノーベル賞を取ることは無理です。」とこの女は淡々と言う。
そして「あなたにはこれから別の世界に行ってもらいます。」
「いわゆる転生ですね。」と言ってきた。
そこそこ長い説明の後、転生に伴い多少の言語チートとかは授けてくれること、色々能力も授けてくれること、そしてやはり現世に戻してはくれないということが理解出来た。
改めてもはや現世には戻れないと、ノーベル賞を取ることは出来ないのだと理解してしまって、私の目からは涙が溢れていた。
「マジかよ……人生をかけて目指してた夢だったのに……」
膝から崩れ落ちて「今までの努力全部無駄だったのかな……。」と徒労感に苛まれていた時、いきなりこの女が「生前のあなたには期待していたのですがね、がっかりです。こんなことでへこたれるとは。」と言ってきた。
「はぁ……。まあもう過ぎたことです。異世界ではせいぜい死なないように。」と私に告げ、いきなり転生用の魔法陣を展開した。
私は現世に戻れないショックから立ち直れずに居たが、私には関係ないことと言わんばかりに、この女は事務的に転生魔法を進めていた。
いよいよ転生間近という時に、この女はまた私に何か言ってきた。
「まだ気づかないのですか?」
「何の話?」
「仕方ないですね。言葉にして言ってあげましょうか。」
帰り道に子供の手を引く親のような顔で、この女はこう続けた。
「あなたの夢への熱量は、私に無理だと言われた程度で諦めてしまうほど弱かったのか?」
「そして、過去の偉人たちも、他人に無理だと言われた程度で諦めてしまうほど弱い人間だったのか?ということです。」と。
それを聞いた瞬間ハッとさせられた。
そうだ。何を弱気になっているんだ。退路は断ったじゃないか。それ以前に、伝記で読んだ、これまでの短い人生をかけて憧れてきたあの偉人たちが、この程度の障害でクヨクヨしていたはずがない。
やっと迷いや、ショックによる狼狽を振り切った私は、今までの涙が嘘だったかのように凛とした目で「確かにその通りですね、私どうかしてました。」
「私、今度こそ絶対に諦めません。異世界から絶対に現世に戻ってみせます!」
「そして、異世界だろうが現世だろうが、関係なく歴史に名を残してみせます!」とこの女に啖呵を切って見せた。
この女はようやく気づいたか、という顔で
「やっと良い顔になってきましたね。」
「期待してますよ。前例はありませんが、しかしその前例を生み出すことを諦めない者こそが、歴史に名を残す資格を有するのです。」と私に言った。
なぜだか弱気になってしまっていたが、この女の言う通り。
私は将来歴史に名を残す偉人となる女なのだ。
この程度の障害ごときで足踏みさせられるほど弱くはない。
やってやろうじゃないか。異世界でも現世でも偉人になってやる。
『ノーベル賞』だって次元を跨いで2個取りしてやるんだ。
この女はそんな強い決意を燃えている私に
「では異世界へ転生させます。」
「改めて、期待しています。」
「ショッキングなことがあっても、へこたれずに頑張ってくださいね。」
と言ってきた。
今はもうそんなこと、わざわざ言われなくても分かっている。
『ノーベル賞』を2個取りした暁には、この世界にもまた戻り、この女に見せびらかしてやろう。
そんなことを思いつつ、転生魔法が起動して異世界へ自分の体が移っていくのを感じた。
「じゃあね」と言わんばかりに、なぜか泣きそうな顔でこの女は手を振ってきた。
帰ってきたらその涙を拭いてやろうかな。
言うことを聞かない体の代わりに心の中で私も「またね。」と言っておいた。
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