プロローグ④

 アシュリンの後を追う形で屋敷の屋上から建物内に入ったクロウフォードは驚愕した。

 目の前にはアシュリンが通ったであろう道に数多の死体と飛び散った血が壁面にベットリと付着していたからだ。



「今回俺の出番はなさそうだな」



 クロウフォードは死体を目印にするかのように、アシュリンが通った道を辿って行った。





 屋敷の上階フロアは阿鼻叫喚に満ちていた。

 アシュリンを見る者は、着物を着ているのも相まって両手に持つ短剣を使った舞踊を見ているかのような錯覚を覚える。

 短剣は刃が逆方向に湾曲している不思議な形をしており、その独特な剣を流麗に扱い、アシュリンの辿った道筋には肉塊となった四肢や死体、斬った際の血が撒き散らされていく。

 一見すると華麗なる舞に目を奪われるが、その後の軌跡を目にして屋敷内の武装兵は目を覚ます。

 だが目を覚ましたところで、その光景はこの世で見る最後のものとなっていく。

 銃器はもちろん通用しない。

 残る選択肢は近接戦闘で確実な致命傷を与えること。

 だがアシュリンの舞踊にも似た動きに為す術がなく、殴打、剣やナイフの斬りつけ、突き刺しなどは全てアシュリンの両手に持つ短刀で防がれる。

 それどころか反撃をされる際に手は切断され、何も攻撃ができなくなる。

 その隙にあっという間に殺されてしまうのだから周りの戦意が次第に低下するのも時間の問題だった。



「な、何者なんだ・・・」


「狙いはなんだ!」



 迎え撃つ兵らがそれぞれ思ったことを口に出すが、アシュリンは質問には答えない。



「どうせ死ぬのだから答える必要はない」



 左右に持つ短剣で、優雅な舞のような動きで次々と切り殺して進んで行く。



「そろそろムーア様は到着した頃かしら」



視界に入る人間を全て殺した後に、ムーアを想い独り言をこぼすアシュリンであった。




 屋敷内のほとんどの人間をアシュリン、エゴン、ランディが駆逐していく中、ムーアは5つのドアがある大広間へとやってきた。

 そのうち1つのドアが完全に閉まりきっておらず、そのドアに向かう。

 部屋の中に入ると、部屋の壁にはカーテンが閉まりきっている窓と本棚、引き出しが置いてあり、本棚は壁一面に設置され相当数の本が並べられているのが分かる。

 その近くにはピアノが置いてあった。

 部屋には誰もおらず、ドアは入ってきた1つしかなく、カーテンは完全に閉まりきっているため窓を開けて逃亡したような形跡もない。

 ターゲットがこの部屋に逃げ込んだと思い入ってみたが、間違いだったか。

 通常であればそう判断して部屋を出るところだが、ムーアはその部屋から出ようとせずに、ふとピアノを見やる。

 その時、ムーアの左目が金色に光った。

 光った左目でピアノの鍵盤を見ると、3つの鍵盤だけがくすんで見え、その鍵盤を右手の人差し指で押していく。

 音色が3回鳴ると、本棚が左右にスライドし通路が現れた。

 通路の先には地下に繋がっていると思われる階段が見える。



「ここを通って行ったか」



 ムーアは階段を降りて地下にきた。

 地下は降りると、ターゲットが行ったであろう行き先をを見て、左足を前に出し、右足に力を込める。

 すると、まるで瞬間移動をしたかのように思える速度で加速し、前に進んだ。





「ここまで来れば大丈夫だろう」


「なんとか無事に逃げれそうでよかったわ」



 ビジネスマンに見える光沢感のあるキッチリしたスーツにオールバックの黒縁メガネをかけた男と、鎖骨が見えるリブニットワンピースを着たキャラメルブラウン色のロング髪をした妻は、もう追ってがここまで来ることはないだろうと確信して安堵の表情を浮かべる。



「後もう少しで地上に出れるぞ」


「もうこんな暗い洞窟の中にいるのは嫌。早く外に出たいわ、ここジメジメしてて気持ち悪いもの」


「ははっ。そうだな、さっさとここを出よう」


「ここを出たら何か甘いものでも食べたいわ」


「いくらでも満足するだけ食えばいいさ」



 夫婦は、これからの期待に胸を膨らませ、希望に満ちた表情で会話をしている。

 ところが、その希望に突如として暗雲が垂れ込んだ。



「残念ながら、その望みは叶わんよ」



 夫婦が驚き、急いで後ろを振り返る。



「何者だ!」



 黒縁メガネの男が背後の者に問う。

 そして、何者か確認しようとするが周りが暗いためよく見えず、目を凝らす。

 声をかけた男は、髪を後ろに1つに束ねており、自分と似たような服装をしているがビジネスマンに見えるようなキッチリしたスーツではなく、まるで喪服のように思えるほどの真っ黒なスーツを着ており、ネクタイも黒なので余計に喪服感を高めている。

 その姿はクロウフォードであった。

 クロウフォードは質問に答えず、近付いてくる。

 だが後ろから誰か来るのを察知し、何者か分かると背後から来る者に向かって片膝をついて頭を下げた。



「先に着いていたのか」


「こちらに繋がる通路はいくつかあるようでして、私は運よく見つけることができたので先に到着できました」



『また誰か現れた。何者だ?』



 心中でそう思う黒縁メガネの男だったが、まだ距離が離れているため、この洞窟内の明るさでは相手の顔が見えない。


 1歩1歩、着実にこちらに歩いてくるので次第に姿が明瞭になってきた。

前髪は目にかかるか、かからないかのラインで髪は後ろに長いが、喪服男のように後ろに束ねてはおらず下に垂らしたまま。

 正体不明の男が2人も現れ、黒縁メガネの男は妻を背後に追いやって目的を問う。



「そこの男にも聞いたのだが、お前達は何者だ?狙いは何だ?金か?」



 ムーアがお前呼びされたことで怒りをあらわにし、今すぐにでもこの黒縁メガネを殺しそうな気持ちに駆られるクロウフォードであったが、最後の締めはムーアがすることを思い出し、怒りに震えたまま何とか平常心を保とうと静止した。



「ハデスルノアよ。そんな安っぽい目的で俺はお前をここまで追わない。まぁ俺が何者だろうと狙いが何だろうと関係ない。お前はここで死ぬのだからな」


「ちょ、ちょっとあなた!なんとかしてよ!」



 焦り始めたハデスルノアの妻は、夫にこの状況をなんとか打開して欲しい気持ちと、ここで自分が死ぬかもしれない焦りで不安になり、夫にイラついた気持ちを孕んだ言葉をぶつけた。

 そんな夫婦のやり取りなど聞いていないかのように、クロウフォードが話し出す。



「喜べ、ハデスルノアと女。お前たちの数々の悪行は本来であれば司法に委ねられ裁かれるところを、偉大なる主に救われる機会をお前たちは得た。お前たちは救済されるのだ。笑え。苦しみながら死ぬることでお前たちの大罪は浄化され、苦しめられた人々の心に光を灯すだろう」

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