プロローグ⑤

 これから裁きが下されることを前提にものを言うクロウフォードにハデスルノアと妻は叫んだ。



「何様のつもりだ!お前たちに何かを裁かれる言われはないし、我々は何も罪に問われるようなことはしていない!」


「そうよ!あなた達が私たちの家を襲ってこなければ、こんな薄暗い逃げ道を使って地上に出ることもなかったわ!私たちは被害者よ!あなたたちが裁かれるべきなのよ!」



 ハデスルノアと妻は自分たちは被害者だ、ムーアたちこそ悪人だ!と、ものすごい剣幕で言葉を浴びせてくる。

 ムーアは『溜まっていたものは全て言い終わって出し切ったか?』と言わんばかりの表情でハデスルノアと妻を見て、言い終わったのが確認できるとその場から一瞬にして消えた。

 クロウフォードは『行ってらっしゃいませ』と言っているような表情で、ムーアがいた場所に右腕を胸の辺りに持っていきお辞儀をする。

 ムーアが一瞬にして消えた状況を見てハデスルノアと妻は呆気に取られ言葉を失う。

 だがその瞬間、苦悶の声を上げているのに気付いたハデスルノアは妻の方を見る。

 なんとムーアは、ラナの首を掴んで宙に浮かせていた。

 すかさずハデスルノアは懐から拳銃を出そうとしたが、ムーアが蹴りでハデスルノアの腕を払う。

 あまりの蹴りの速さに拳銃を取り出そうとしたハデスルノアの右手の骨は粉砕した。



「うっ…!」



 粉砕骨折の痛みに歯噛みする。手にしていた銃は遠い所へ飛ばされていった。

 右手を掴んで痛みに耐えるハデスルノアの前に、妻の蟀谷を掴みながらムーアは近付いてきた。



「目の前で愛する者を殺される気分はどうだ?」



 妻の頭はだんだんと赤くなっていき、『痛い』『助けて』をずっと繰り返し嘆いていた。

 頭が爆発するのか?と錯覚しそうなくらい、次第に赤色が強くなっていく。

 右手は動かなくなり、武器が使えなくなったハデスルノアは、このままでは間違いなく妻が死ぬことを理解し、ムーアに向かって土下座をして乞い願う。



「ど、どうか、妻を、ラナだけは助けてくれ!お願いだ!要求はなんでも呑む!金か?女か?望むものはなんでもやる!本当だ!」



 必死の懇願をするハデスルノアは、ムーアが近付いた時にスラックスの後ろポケットに入れてある小刀でラナを掴んでいるムーアの腕を切り落とし、妻を救う作戦を思案していた。

 だが、その目論見は悉く崩壊した。

 ムーアの左目が金色に光り、ハデスルノアが背後に小刀を隠していることを確認した。



「スラックスの後ろポケットに出しているナイフを出せ」



 ハデスルノアの言葉を聞いてハデスルノアは絶句する。『なぜ、バレた…』

 震えながら左手でナイフを取り出し、目の前の地面に置く。クロウフォードが近付き、そのナイフを回収した。



「多少は反省でもしているかと思ったが、そんなことはなかったな」



 ハデスルノアの真意を読み取ったムーアは、ラナを掴んでいる手を離した。

 ラナは重力にのって地面に落ちていく。

 だがムーアは、ラナが地面に落ちる直前に腹部に握り拳を叩き込んだ。



「あ・・・あ・・・」



 鳩尾に入ったのか、ラナは腹部を抑え込みながら声にもならない苦痛の表情を浮かべて倒れ込んだ。



「ラナ!お、お願いだ!助けてくれ!」



 愛する者が苦しむ姿を見たハデスルノアは涙を流しながらムーアに懇願する。



「お前、さっき俺を切ろうとしてたよな?」



 ムーアは冷めた目でハデスルノアを見て言う。



「も、申し訳なかった!自分が助かるにはこうするしかなかったと焦っていたんだ、頼む!なんでも言うことを聞くから命だけは助けてくれ!」



「俺を殺そうとしておいて命は助けてくれって?バカかお前?」



 ムーアは黙って手を出した。

 それを見たクロウフォードは、先ほどハデスルノアから取り上げた小刀をムーアの掌に丁寧に置いた。



「う・・・あ・・・」



 声を出すことすら苦しくなっている状態のラナであったが、そこでムーアはラナの背後に周り、首に小刀を突き付けた。



「お願いだ…やめてくれ…」


「なら聞こう。お前は子供を奴隷として売買をしていたな。取引相手と仕入れ先、全部吐いてもらおうか?」


「それは…言えない…」


「そうか」



 ムーアは小刀でラナの右二の腕を刺した。



「あ゙あ゙あ゙あ゙ー!!!」



 ラナは叫ぶ。



「やめれくれー!!お願いだ…頼む…」



 ナイフを抜いて遠くに投げ捨てるムーア。

その姿を見たハデスルノアは『やめてくれたか』と、ホッとして一抹の希望を抱いた。

 だが、一瞬にしてその希望は地獄の光景へと変わった。

 ムーアは苦しむラナの顔面を殴った。

 何発も何発も。

 もはや悲鳴にすらならない。

 ラナはかすかな声をあげながら口、鼻から血を出していく。

 このままでは死ぬのは誰が見ても明らかだった。



「取引相手はボルテルという男だ!フラタニティ領でクーデターを起こすために人手を必要としているみたいだ!使い捨ての奴隷を希望しているとのことで、うちから奴隷を買うのと同時にフラタニティの禁止区域の者を買収しているという話も聞いた。仕入れ先はテレストイドだ。あそこは裏に奴隷市場があり、頻繁に奴隷の仕入れがあるからそこで買っている」



「そうか」



 ムーアは、ハデスルノアから情報を聞き出したことでラナへの暴行をやめたかと思われたが、どうやら背後から誰かがやってくるのを察知したことで手を止めたようだ。



「ムーア様、地下に幽閉されていた者たちを連れて参りました」

 


 セリーナの声と共に、背後の暗闇の中から数多の子供を連れたセリーナとケイリンがこの場に現れた。

 2人とも片膝をつき、右腕を水平に胸元に持っていき頭を下げた。

 子供たちの服装はボロボロで、切れ端の布を体に纏わせているかのような恰好であった。

 体はやせ細り、満足に食事もできていなかったことが伺える。

 頭はボサボサで何日も体を洗うことなく、衛生環境の悪い場所で育っていたことは一目瞭然だった。

 一方ハデスルノアは、ラナが地面に突っ伏して倒れ、黙ったまま倒れこんでいて表情が見えないことに不安を覚えた。

 そんなハデスルノアの胸中を察していたかのように、ムーアはラナの髪を掴み、状態を起こさせながらセリーナとケイリンの背後にいる子供たちに言葉をかける。



「お前たちを苦しめ、地獄に陥れようとした者の末路を自分の目でしっかり見ておけ」



 ムーアは、言い終わると同時にラナの頭を180度回転させ、骨が折れる音を洞窟内に木霊させ、人形のように倒れたラナは呼吸を止めて絶命した。

 子供であれば目を覆いたくなるような光景だが、ここにいる子供たちは誰1人として目を背けず、ラナが死ぬ直前までしっかりとした力強い目で最後を見ていた。



「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙―――!ラナ―――!!」



 愛する者が目の前で殺され、両目から涙をこぼしながら叫ぶハデスルノア。



「お前に慈悲の心はないのか―――!」



 ムーアに憎しみを込めた表情を見せながら睨む。



「お前がここでやっていたことを俺が知らないとでも思ったか?お前に何を言われたところで何も響かん。どうせお前もこの女の後を追って死ぬことになるのだから、どれだけ恨み言を俺に言っても意味ないぞ」



「遅ればせながら、ただいま到着いたしました」



 ムーアの言葉がちょうど言い切るタイミングで、セリーナとケイリンの後ろからエゴンとランディ、アシュリンが現れた。

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