幕間 『小鳥から鳥籠へ』1

報告書 #01

 拝啓、親愛なる師匠へ

 任を言い渡されてから、僕はすぐにオリエンスへ向かいました。フラッグさんは王都のプルースレクス直属の冒険者なので初めにプルースレクスに向かいましたが、現地調査のためコンコルディアに出向いていると知らされ、またすぐにコンコルディアに飛びました。

 この時の自分の行動のうかつさを恨むはめになったのはフラッグさんと合流し、コンコルディア内の情報を全て洗った後です。それは後に供述しますが……ひとまず、フラッグさんと共有した情報を『鳥』に乗せて送ります。




   ◆ ◆ ◆




「こんにちは。尋ね人の依頼はありませんか? 俺はヴィティス……ヴィティス・カサンドラ・ポッズといいます」

 大国オリエンスは古都コンコルディアのギルドにて、ヴィティスが受付の女性に申し出ると、彼女はああ、とすぐに頷いた。

「ヴィティス様ですね。はい、フラッグ・ヤン・ディッチ様からの依頼を承っております。念のために身分証となるものをお見せ願えますでしょうか。――はい、確認いたしました」

 ヴィティスは冒険者登録をしていない。なので、自身の身分証明となるものは生国にて発行された国民証明書だった。それを簡易魔術による精査に通して身分確認が済み、女性は机の上にある木箱に手をかざす。すると木箱の表面が薄く発光し、ふわりと一枚の紙と折り畳まれた封筒が出現した。ギルド専用の簡易魔術での依頼書の呼び出しによるものだ。

「こちら、依頼書と共に当方に受託された手紙ですが、即時受け取りになられますか?」

「はい」

「では、どうぞ。フラッグ様からの依頼は対面願いですね。最寄りの宿に滞在しているので会いに来てほしい、との事です。現在当ギルド内に滞留してらした場合は即座に呼び出しが可能ですが、如何いかがいたしましょうか?」

 手紙を受け取った後で依頼書の写しを手渡され、ヴィティスはフラッグがいるという宿の名前と所在地の確認をする。どうやらこのギルドからも近い、冒険者向けの宿のようだ。ギルド内にいればすぐに合流できるだろうが――少し考えて、ヴィティスは首を横に振った。

「いえ、宿を訪ねてみる事にします」

「そうですか。では、依頼完了という事で」

 丁寧に断ると、何故だか女性は気落ちしたようだった。あれ、と考えてヴィティスはふとある可能性に思い当たる。

「――あ、ああー! でも今会いたくなって来たかも!?です! すみません、呼び出しをお願いできますか!?」

「へ? は、はい、少々お待ちください、」

 ヴィティスの突然の勢いに驚きつつも女性がいそいそと『呼び出し』のペンと簡易魔術書を取り出し、それにフラッグの名を記していく。するとギルド内にいる全員の耳に、明瞭だがノイズにならない程度の声と音量で「フラッグ・ヤン・ディッチ様。フラッグ・ヤン・ディッチ様。おられましたら、当ギルド内受付三番までお越しください」と聞こえて来た。これは魔術によるものなので、大音量でがなり立てている者にも耳の利かない者にも等しく同じ音と声で聞こえる。限られた場所内――この場合はギルドの建物一階内――にしか作用しないが、その分だけ発動が容易く効果の保証されたものだった。だが『呼び出し』を行ってしばらく待ってみても、ヴィティス達の元にフラッグは来なかった。

「……いないみたいですね」

「そのようですね。お力になれず、申し訳ありません」

「いえ……俺のほうこそ。フラッグさんがいる時に来ればよかったなーって」

「はあ……」

「すみませんでした。ではまた!」

 よく解らない、というリアクションを返す女性に手を振り、ヴィティスはそこを離れた。

(いやー、あの人絶対フラッグさんのファンだよね。フラッグさんって本当に有名な冒険者なんだなー……)

 呼び出しを断った時の多少がっかりしたような顔で、きっと彼女はフラッグ本人と生で会いたかったのだとヴィティスは結論付けていた。フラッグはオリエンスの王都プルースレクスのギルド直属、更には名の知れた高等級冒険者だ。ファンも多いと聞いていたし、実際に『呼び出し』を行った後であのフラッグが来るのかと見に来た野次馬も複数いたくらいだ。なのでヴィティスとしては気を利かせて女性とフラッグを会わせてあげたいなと思ったのだが、徒労に終わってしまった。

「やっぱり俺ってタイミング悪いよなぁ、はあ……どうしてこうなんだろ」

 溜息をつきつつ依頼書に記された宿を目指すヴィティスは、それがただの思い込みであり自身の早とちりかもしれないという可能性についてはついぞ気付かなかった。



「よう、『緑』の坊主。久しいな」

「フラッグさん。お久しぶりです」

 宿の部屋で待っていたヴィティスは、小一時間ほどして帰って来たフラッグにほっと息をついた。宿屋にてギルドの依頼書を見せると、不在だがヴィティスが訪ねて来た時は部屋に上げていても構わないと言われていたようで、すんなりと通され鍵も渡された。

 フラッグは筋骨隆々といった外見の大男であり、赤茶けた短髪に深緑の目、日焼けした肌には無数の傷跡があるが何処か陽気な空気を纏い、真ん丸い目と柔和な形の眉のせいか威圧感より先に人懐こさを感じるような男だった。鞘に収めた大剣を壁にもたれ掛けさせて外套を脱ぎながらフラッグは荷袋を床に置く。

「悪いな、鉱石柱の方をもう一度確認しに行ってたんだよ」

「いえ。手紙を読む時間もあったのでありがたかったです。それで今回の任務――……」

 意気込んで話そうとするヴィティスに、フラッグは苦笑しつつ掌を向ける。

「はいストップ。ヴィティスくん、この件は軽々けいけいと口にするもんじゃない、そうだろう?」

「……そうでした。ええと確か、おば……師匠から、預かってた簡易魔術書ミスティカスクロールが……」

 慌てて己の鞄を漁り出すヴィティスにフラッグはなおも苦笑を深めつつ水差しから水をコップに入れてあおった。

も本当は言葉にするべきじゃねえんだけどなぁ……」

「あった! えーと、じゃあこれ展開しますね!」

 ヴィティスは荷物の中から簡易魔術書を取り出し、二人の間――テーブルの上に一枚のその羊皮紙を広げる。

「フラッグさんはこちらに署名を。俺の分の署名は済ませているんで」

「ほいよ、っと」

 ヴィティスから手渡されたペンでフラッグは羊皮紙の署名欄に自身のフルネームをさらさらと記した。この簡易魔術書は『秘匿』の魔術が込められており、一枚で五回の使用が可能だ。これを展開する際には名前を記し、呪文を唱え手続きを済ませる事で発動する。

「えー、『耳ある者に静寂を、目ある者に月無き濃霧を、これなるは囲繞いじょうの内々に秘めし彼我ひがの境なれば、すべからく見るにあたわず』……ヴィティス・カサンドラ・ポッズ、『分断カット』」

「フラッグ・ヤン・ディッチ、『承認オーダー』」

 それぞれ羊皮紙の上に手を置き唱えると魔術書からふわりと光が浮かんでは広がり、そうしてテーブルを中心としてヴィティスとフラッグを包み込んだ秘匿結界の魔術が展開された。これは教団の中でも特に秘匿魔術に長けたフリューゲルが直々に制作したものであり、そこらで売られているような簡易魔術書とは精度や強度が段違いだ。

「じゃあ改めまして。今回の任務、俺勇者様のお迎え役に選ばれたんですよ! 先にフラッグさんの協力を仰げと言われたんでまずプルースレクスに向かったんですがあっちでワッツさんにコンコルディアに行ったって知らされて!」

「ああ、うん。そりゃ、勇者が封印されてたのはここの鉱石柱……本来は棺なんだが、あれの中にいたんだからな。こっちで冒険者登録もしたそうだし、上手く行けばまだここにいるかと思ったんだが……遅かったよ」

 よいしょ、と椅子を引き寄せて腰かけたフラッグにヴィティスが「という事は、」と続ける。フラッグは重く頷いた。

「勇者はもうこの街を発った。無一文だろうからこっちで何某なにがしかの依頼をこなして路銀を貯めてから発つと睨んでいたんだが……さすがは勇者と呼ばれるだけはある。話を聞いて回ったら、目覚めた直後に賞金の掛かった魔獣を仕留めて大金を入手済だったわ」

「へえ、勇者様って凄いんですね……」

 単純に感心しているヴィティスにフラッグは苦笑した。

「で、だ。勇者とお供はその後に旅馬車を借りてる。定巡行の旅馬車で、行き先は……」

「行き先は?」

「プルースレクス」

 フラッグが更に滲み出る苦笑を抑えられない、という顔をしながら返した一言が、一瞬ヴィティスには理解出来なかった。

「……プルースレクス?」

「そうだ。俺とお前が出て来たあのプルースレクスに向かってる」

「…………! じゃっじゃあ俺ここでもたついてる場合じゃないんじゃ!?」

「ちなみにそのプルースレクスからももう発ったそうだ。さっきワッツの奴に問い合わせた」

「嘘だろ……!」

 頭を抱えてヴィティスがテーブルに突っ伏す。けらけらと笑いフラッグがその肩をぽんぽんと叩いた。

「お前は悪くない、よくやってるさ。後手後手に回ってる俺らオクルスが悪いんだ。正確には俺らオクルスの代表様であるワッツくんが一番悪い」

「そんな訳ないじゃないですかぁ……だってお迎えする役目は俺なのに……」

「そのためには勇者に接触しないと、接触するためには見つけ出さないと、だろ? だから俺らオクルスの責任なんだよ。普段ギルドやら国々やらに入り込んで情報握ってるだの偉そうなことぬかしといて勇者一人の足取りにすら追いつけないんだから」

「…………」

 自嘲にも聞こえるそれは、実質的には他の目達オクルス……ひいてはリーダー格であるワッツを言外に責めているのだろうか。『オクルス』とは、教団に所属しながらも他の集団組織に入り込み情報を探る役割、要するに密偵の事を指す。フラッグは冒険者の代表的オクルスであるが、ワッツは直接ギルド内に入りプルースレクスギルドの要職に着いている。しかしフラッグは冒険者でありオクルスでありながら同時に暁の助祭であり、司祭であるつるばみの補佐役でもある。ワッツという男性はオクルスの情報を統括・管理する立場であり、実質的にはフラッグよりも地位は下だがオクルスとしてはワッツの立場の方が強い。そのため、ワッツとフラッグの仲は複雑であると噂されていた。さすがのヴィティスもフラッグ本人にそれは真実かどうかを聞く蛮勇は持ち合わせていないので真偽は定かではないが。

「ワッツさんは、勇者様は何処に向かったかとかは……」

「さぁ、そこまでは。勇者もギルドに次はどこに行くかなんて逐一報告しないしな。プルースレクスに向かってると知れたのは定巡の旅馬車の貸し出し手続きが踏まれてたからだし、あっちでは次には馬車は借りてない。徒歩かちか、馬を買ったか……まだ不明だ。ただ、宿は引き払われてるし大門を去ったのも目撃されている」

 むむむ、とヴィティスは腕を組み唸る。

「まあ、勇者は邪竜を探している。プルースレクスのギルドでも竜種の情報が入っていないかお供が確認に来ていたそうだ。次に向かう場所でもそう問い合わせるだろう。それを辿れば自然と足跡は判明するだろうし、そうなりゃ追いつくのも簡単さ」

 フラッグは慰めるように言うが、ヴィティスとしては初めて己に課せられた任務を一刻も早く遂行したい気持ちで一杯だった。

「あ、そうだ! 今回フラッグさんが依頼してたように、俺たちから勇者様に対面願いの依頼を出すってのはどうですか!?」

 そうすれば手っ取り早く合流出来るはずだ、とヴィティスは明るく提案したが、

「そりゃ却下だな。出してもまずワッツに握り潰されるぞ」

 すげなくそう言われた。

「な、なんでですかぁ!?」

 情けない声で縋ると、フラッグはまたも苦笑して肩を揺らす。

「よくよく考えろよ、坊主。俺らの教団はギルドや商人連盟にバレると宜しくないよな?」

「……はい」

「なら、迂闊うかつに俺らと勇者の接点を見せるべきではない。ギルドに依頼なんぞ出したら、全部筒抜けだ。今回俺がお前に対面願い出したのだってギリギリなんだぜ」

「……あ、そうか……」

 確かに、対面願いの依頼を出すのは相手に用がある、相手に興味がある、接点があると知らしめるようなものだ。ギルドの後ろ盾にあるのは商業組合、商人連合総部局とも呼ばれる商人達の集団組織で、彼らは何よりも情報に価値を見出す。運営自体はギルド・ユニオン等という名前だが、そこに融資し幹部として入っているのは商人達だ。彼らに教団の存在や勇者の実在が判明してしまうのは良いとは言えない。

「解れば宜しい。まあ、情報は入り次第伝えるようワッツも手はずを整えている。お前は勇者がどの国に向かうのか予想しながらってくれ。大変だとは思うが、まあこれも使命ってことでな」

「はい……」

 しょぼしょぼと頷くヴィティスにフラッグは笑ったまま溜息をついた。

「お前についてってやりたいが、こっちもプルースレクス直属の冒険者って事で他にもやらなきゃならん事がある。勇者に追いつくまで気ままな一人旅だと思って頑張れ」

「……でも、邪竜が出たらもうそれ所じゃないじゃないですか……」

「まあ、そうだがな。でもよ、ヴィティス」

 がりがりと頭を掻いたフラッグは、人好きのする笑顔で言う。

「その時は勇者だって邪竜の方にすっ飛んでるさ。――我ら『光輝ある黄金船団ゴールデン・グローリー』の教義は?」

「……輝くの者に従う影、混沌の海を渡る舟、あるいはその道標。我らは名誉ある栄光を歩む者なり。全ての教えは彼の御許みもとに、全ての力は彼が為」

「その通り。どの国も綺麗サッパリ忘れちまってる創世神話から連なる正しき伝承を保ち、正しき世を保つのが俺達の務めだ」

 ばんばんとヴィティスの背を叩き、フラッグは惜しそうに呟いた。

「本当はお前が羨ましいんだぜ、俺は。勇者のお迎えに専念できるってのは、俺らからすると最高の名誉だ。あの方はきっと己の国が滅びたと思っているだろう。そうじゃないと、あの方の帰還を待ち侘びる民がいるという事をあの方に伝えてやってくれ。それが俺からの願いだ、ポッズ家カサンドラの息子、ヴィティスよ」

「……はい」

 真剣な声に、声に込められた願いにようやっと気付き、ヴィティスは頷いた。確かに、初めに少し出足を挫かれただけなのだ。これで泣き言を漏らすような者は助祭にもなれなくて当然だ。

「とりあえず、師匠に情報を全て伝えます。それからは――えーっと、プルースレクス付近の街に行ってみます」

「ああ、その調子だ。運が良ければすぐに会えるさ」

「はい! まあ、本当に俺の運が良ければプルースレクスで出会えていたはずなんですけどね……」

「それは言うなよ……」




   ◆ ◆ ◆



「――あら、もう初報が来たのね」

 鳥籠に入っている小鳥を見て、ローズは呟いた。指を差し入れると小鳥はちょこんと乗って来る。そのまま鳥籠から手を引き抜けば、小鳥はするりと形を変えて封筒に入った手紙になった。

 ヴィティスの得意とする魔術、転移魔術を応用とした術式で、彼がしたためた手紙を青色の羽根と胸や腹がパール色の体毛をした小鳥に変化させ受信装置となるこの鳥籠に転移させる。鳥籠はローズ宛てへの一方通行だが決して他所には行かず、受取人がローズでない限りは手紙に戻らない。ヴィティスとローズはこの小鳥と鳥籠を用いて情報の共有をしていた。

 拝啓、親愛なる師匠へ……その文字から始まる弟子からの第一報は、勇者は既にコンコルディアを去った事、フラッグと合流して受け渡しがされた勇者の行動や鉱石柱と呼ばれる棺の情報、プルースレクスでのすれ違いへの恨み言など所々私情が滲みつつも何とか報告としての体裁を整えていた。

『僕はこれから勇者様を追って行きそうな場所を当たります。また情報が入り次第お伝えしますので、期待していてください。――あなたの弟子、ヴィティスより』

 最後の一文までゆっくりと読み、ローズは小さく笑った。

「少し、やる気の空回りが過ぎてるわね。……この旅が、あの子自身の糧にもなってくれるといいのだけれど」

 穏やかな日差しの中、緑の揺れる窓辺でからの鳥籠は扉が開かれたまま次の小鳥が来るのをただ待っていた。

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