旅立ち

 ノスの使命という言葉を聞いて、先ほど彼から聞いて邪神の話をミヤは思い出す。黒魔霧を生み出す世界の悪……らしいが。


「使命って……確か、邪神を倒すことだったか?」

「うむ。もちろんうぬには、最終的に邪神を倒す力になってもらう。じゃが最も重要なのは、その前の働きじゃ」

「その前の……俺には、他にやることがあるってことか」


 ミヤの返事に軽く頷き、彼の胸のあたりに手を当てる。


「当たり前じゃ。ワシがうぬに課す使命は、その神の遺伝子の強化」

「神の遺伝子の、強化……?」

「そうじゃ。可能性こそあるとはいえ、神に匹敵する力となるには、今のうぬままでは全く足りぬ」


 ノスはミヤを細い目で見つめる。放心状態の彼をほっほっと軽く笑って話を続けた。


「そこで、先程名を挙げた宝石獣の力を借りるんじゃ」

「ああ、なんかの神様の使いだったっけ」

「うむ。火、水、風、土、木……この五大元素、魔法の源とも言える神様の代わりを務めているのが、宝石獣なんじゃよ」


 この世界には五つの元素、魔法の源がある。すべての魔法はこの五つが基本となって生み出されるのだ。宝石獣はそんな五大元素を生み出した始祖の神様、その使いであり、代わりでもある。ノスは手のひらからぼわっと消える炎や、バチバチと音を立てる電気の球体など魔法をいくつか出し、手遊びしながら説明を続ける。


「うぬはこの五体の宝石獣に会い、神の力を分けてもらうんじゃ。神の遺伝子は、神の力を蓄えるほど強力になっていくからのお」

「宝石獣から力を得ればいいだけ?それだけでいいなら、すごく簡単そうだけど」

「ふーむ、まあ大まかにはそうじゃな」


 ノスの穏やかだった表情が少し曇り、そんな顔でミヤに接近し顔を近づける。急に顔を近づけてくるノスに驚き、一瞬ビクッと体を震わせる。


「じゃが当然、邪神もそう簡単にうぬを育ててはくれぬ。あいつ自身の眷属を仕向けてくるはずじゃ」

「眷属か……俺が勝てる相手なのかな……」


 ミヤの心がしおれ、顔に不安と恐怖がにじみ出る。ミヤの神の遺伝子の力は、現状一撃必殺だ。抜刀の構えを取る間だけ速く動ける。それは大きなメリットかもしれないが、もし防がれたり避けられたりして、一撃で倒せなければ相手と同じ土俵となり有利はなくなる。邪神の眷属ともなれば、一筋縄でいかないのは容易く想像できることだ。ノスはそんな彼の肩をぽんっと叩いてにっこり微笑む。


「そう不安に思わずともよい。無論、ワシの眷属のうぬの方が強いに決まっておるじゃろ〜?」


 ノスは子どもを愛する親のような目をして、明るくそう言い放った。ミヤの心からブルーな感情は取り除かれなかったが、ノスの気持ちは暖かく感じ、少しだけ強張っていた表情が和らぐ。


「じゃから、ワシはうぬを信用してこれも使命の一つとして課そうぞ。仕向けられた眷属を倒し、できるだけやつの戦力を削るのじゃ」


 ノスはこれまたミヤに笑いかける。その目はミヤを信じる強い目、そしてうぬなら大丈夫じゃと安心させるような眼差し。そんな表情にミヤは引け目を感じていた。


「では、そろそろ頃合じゃの。ワシの子よ、旅立ちの時じゃ」

「……ノス」

「む、なんじゃ?寂しくなったかの?」


 しょうがない子じゃと言わんばかりに笑い、ミヤが両手を広げて抱きついてくるのを待っている。もちろんミヤはさみしくなったわけではなく、抱きつく素振りを見せない。そして沈黙が数秒続いた後にミヤが真顔で口を開く。


「俺、やるとは言ってないんだけど」


 ミヤの言葉を聞き呆気にとられ、笑顔で放心状態になるノス。ミヤからしてみれば突然この世界に放り出され、突然龍神に使命を課せられているのだ。彼は話半分で聞いていたものの、正直実感が湧かないと感じている。世界を救うだとか転生だとか……彼にはまだ、夢中ゆめなかなのかと思うほど現実味の足りない話なのだ。


「ほっほっほ……そうじゃのう。もちろん、ワシの使命を断ってもよいが……結局うぬはこの世界で生きるしかないのじゃ。それにこれは世界全体を巻き込む戦争。うぬはどうしても避けられないぞ?」

「うぐ……」


 ノスの言うとおりだ。ここがもし現実であり自分が転生者であるならば、世界の崩壊に巻き込まれずにはいられない。結局はこの世界以外のどこにも行けないのだから。ならば、どうする?使命をほっぽりだして、世界が崩壊するそのときまで悠々自適に過ごすのか。……それとも。


「大丈夫じゃ、うぬはワシの眷属であり、ワシの子じゃ。見えなくともずっと見守っておるぞ」

「あ、ああ……」


 ノスは軽く抱きしめて頭を撫でる。ミヤは恥ずかしくなり目をノスから逸らしたが、不思議とそれを拒もうとはしなかった。その温もりはミヤの不安を溶かすには十分だった。彼はノスから少し離れる。ノスはミヤの決意を抱いた目を見て、満足そうに、そして安心したように笑い、彼の言葉を待っている。


「……そうだよな、こうなった以上逃げられないんだ。……なら、俺はやるよ」

「ふ、それでこそワシの眷属じゃな。では、行ってくるがよい、期待しておるぞ」


 ノスがそう言った途端にミヤは急激な眠気に襲われた。視界がぼやけ、まぶたを開こうとするのに重く、上下からシャッターが下ろされる。次第に意識がなくなり、また暗い視界を見つめ続けることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時を断つ大熊侍と神の遺伝子 かすたぁど @kustard

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ