神の遺伝子

「神の遺伝子?」

「うむ、そうじゃ」


 重量感のある尻尾をぶらんぶらん揺らしながら、指でミヤの肩をとんとんと叩いて説明を続ける。


「先程の転生。依代と魂を融合させることには、神の力が必要不可欠なのじゃよ」

「うん、うんうん」

「それはつまり、ワシの力で一つ存在を創ったことと同義。人で言えば、子を産んだのと同じじゃ」

「……うん?」


 耳をピクピクさせ、真面目に話を聞いて頷いていたミヤの顔が硬直する。彼の反応を見たノスは、軽く頬を染めて恥ずかしそうに笑う。


「ほっほ……少し飛躍しすぎたかの。神の力で造られた存在には、神の力が混じっている、といえば分かるかの?」

「なるほど、それなら……」

「まあ、我が子だと思ってる点には偽りはないんじゃがな……」


 寂しそうな表情でちらちらミヤの目を見るノスに、ミヤは若干引きつった顔を見せる。彼はこういった冗談にどう返せば良いのか全くわからなかった。冷ややかな目をする彼をむーっとした表情で、つまらなさそうに尻尾を垂らして咳払いをする。


「こほん。要するに、その混じった神の力のことを、神の遺伝子と言うのじゃ」

「はいはい、なるほど。じゃあ、俺にはどんな能力が?」

「わからぬ」

「うん?」


 ミヤの質問に、てへへといった笑みで食い気味に返答するノス。そんなおじいちゃんスマイルに、ミヤはまたもや冷ややかな瞳を向ける。


「ワシのどんな部分が引き継がれているのかは、ワシにもわからんのじゃ」

「神なのに?」

「むむ、神と言っても別に全知全能じゃないんじゃ!」


 子どものように頬を膨らませて、赤くなった顔で強く反抗する。そんな神様を見たミヤはより一層鋭い目つきをする。左目の下にある引っかき傷も相まって、その表情は子どもが泣くほど怖いものとなっている。


「じゃが、別に見当がつかないわけではない。発動条件は概ねワシのと同じじゃ」

「その発動条件ってのは……」


 ミヤが言い切る前に、ノスは目にも止まらぬ速さで腰に携えた長い刀を抜く。鞘に赤い紐と共についた黄色の鈴がチリンと鳴る。キラリと光る鈍色の刀には波模様。ノスは舞を踊るようにしなやかに体を動かし、刀を軽く振るってみせる。その動きは神として、いや刀を使う者として格好がついていた。


「ワシの力は、刀がトリガーとなっているものが多い。うぬも、きっと刀を抜くことで能力が使えるじゃろう」

「でも、俺刀なんか持ってないし、使ったことすら……」


 刀を慣れた動作で納刀し、不安そうに呟くミヤの頭を優しく撫でながら、ノスはにっこり微笑む。


「大丈夫じゃ。達人級とまでは無理じゃろうが……初心者が最初に覚える多少の構えなら、きっとワシの遺伝子が導いてくれる」


 そう言った後、ノスが指を軽く鳴らすとミヤの体には変化が起きていた。紺色の着物に満月のような柔らかい黄色の帯。平べったい円形の藁の笠帽子。ノスの持っているものと同じくらい長い太刀を腰に携えている。その鞘は銀色と黒が印象的な鮫鞘だ。


「え、いつの間に……」

「驚いたかの?これはワシからの贈物じゃ。うぬのその魔大熊に合った、特別な刀に、装衣じゃよ」

「す、すげえ……和服なんて初め……」


 自身の身体を不思議そうに、そして着慣れぬ衣装に興味を沸かせながら見回していく。そうしていれば、ミヤは今まで気が付かなかった違和感に気づくことになる。


「……え?この体で、刀を振るうのか?」

「もちろんじゃ。ワシの眷属じゃからのう」

「こんな強い肉体とか爪とかあるけど……刀?」


 屈強な体に、凶悪な爪。この体はノスのようなスラっとした美しいものではなく、大柄なパワータイプの体だ。刀が似合うように姿ではない。そんな疑問を抱くミヤにノスは、可笑しいと言わんばかりに声を上げて笑う。


「ほっほっほ、うぬは少し偏見が過ぎるようじゃの?もちろんその拳も強力じゃが、刀が似合わぬということはない」


 にこやかな顔でそう言った後、目を離していないのに視界からノスの姿が消えていた。ハッした瞬間にはいつの間にかミヤの背後に立っていて、ノスは彼の耳元に甘く囁く。


「うぬの和装、とても凛々しくて魅力的じゃぞ?」

「はっ……!?」


 背筋がゾクっとするような感覚に襲われる。悪戯をしたノスは、ミヤの反応を見て満足そうに笑った。


「おっと、話が逸れてしまったのう。ともかく、その刀抜いてみせるがいいぞ。そしたらうぬの力も分かるかもしれぬからの」

「あ、ああ」


 困惑を隠せないまま、言われるがままに自身の巨大な右手を刀の鞘にかけ、握って、ゆっくり引き抜く。ただ刀を抜いただけのように見えたが、無意識に抜刀の基礎を掴んでいた。左の手は鞘をガッチリ掴んでおり、鯉口をしっかり親指で柄の方向に押し出していた。その動作はかかって数秒。だが刀を少し引き抜いたところで妙な感覚をミヤは感じた。


「うっ……!?な、なに今の気持ち悪い感じ」

「ほお、それが引き継がれたか。なんとも嬉しい限りじゃの〜!」

「え?これが、神の遺伝子?」


 一度驚きで固まったが、その後何事もなく刀を抜き切る。確かに違和感はあったが、これといった能力はわからず、ミヤは呆然と立ち尽くしている。そんな彼をよそに、ノスは嬉しそうに声を上げて興奮している。


「ふむ、かなり薄まっているが、強力には代わりないじゃろう。ちゃんと使いこなすのじゃぞ」

「ちょ、ちょっと、ちゃんと説明しろよ!」


 ミヤは勝手に話を終わらせようとするノスに向かって大きく声を上げる。彼はわざとらしくうっかりしていた、といった表情をして愉快に笑ってみせる。


「ほっほ、すまんの。それはワシの力の一つでな。自身の時を加速させ、とてつもない速度で動ける能力じゃよ」

「う、うーん?」

「おや、ピンと来ないようじゃな?ならば、実践しかないかのう」

「え、実践って……」


 言葉ではうまく伝わらないと悟ったノスは、またもや体が押しつぶされるようなオーラを放つ。彼の上空に穴が空き、そこからゾオオオっと黒い煙のようなものが吹き込んでくる。その煙は渦巻き、あっという間に真っ黒い影のオオカミの姿に変化した。体を凍えるような風が包んでおり、尻尾は氷の結晶の形をしている。その一連の流れを見ていたミヤは、なんとも奇妙な光景に身を震わせる。


「な、なんだあれっ……黒い霧が動物の形に……」

「あれが黒魔霧クロマギリ。ワシの結界外から、一匹連れ込んできたんじゃ」

「あれ、が……?」


 固まってるミヤの頭をポンと叩いたと思えば、ぱっと目の前からノスの姿が消えた。先程のように背後に立っているのかと思って周りを即座に見回すが、見える範囲のどこにも姿がなかった。きょろきょろ見回す彼の頭の中に、呑気な声が溶け込むように響いてくる。


「さあ、戦ってみるんじゃよ。ふぁいとじゃ〜!」

「え、ええっ!?」


 目の前の、狼の姿をした黒魔霧はミヤをグルルル……と睨んで一歩も動かない。こちらを威嚇しているようにも、怯えているようにも見えるが、彼にはただの恐怖の対象でしかなかった。突然無理難題を押し付けられたミヤは怒りを感じ、ポロリと愚痴をこぼす。


「あ、あのじじい……」

「ほっほっほ、無駄口を叩く余裕があるようじゃの〜?ならば、少し刺激してやらんとのお」


 ミヤのじじい発言に火をつけられたノスはヒュンと姿を現し、黒魔霧の顔をシュッと爪でひっかく。一瞬でまたノスは姿を消したが、攻撃を仕掛けられた黒魔霧は低い唸り声を出した後、大きく吠えながらミヤの方に突っ込んできた。


「ガウウウッ!」

「ちょ、ちょっとノスっ!?」

「大丈夫じゃ。ほれ、早く抜刀せんかい。でなければうぬは……ここで死ぬぞ?」

「はああっ!?我が子のように思ってるって、言ってたくせに……!」


 そう言っているうちに黒魔霧はすぐそこまで迫ってきていた。ミヤは覚悟を決め、無意識のうちに抜刀の構えを取る。


「ぐうっ! 」


 目を閉じ刀に手をかけたミヤだったが、耳に響いていた咆哮が弱々してくなるのを感じて、恐る恐る目を開く。目の前まで来ていた黒魔霧の勢いは止まっていた。


「……止まった?」


 ミヤの発言に呼応するようにミヤの隣にノスが出現する。突如音も無しに現れるノスに、ビクッと体を反応させて驚いた。ノスは黒魔霧を指さしながらミヤに話をする。


「厳密には静止ではないんじゃ。ゆっくり動いているじゃろう?」

「……ノスは動けるんだな」

「もちろん、ワシの能力の一部じゃからのう」


 自慢げにふふんと鼻を鳴らし、ワシすごいじゃろ?といった顔でウインクをする。


「うぬの周りの時は減速し、相対的に速く動くことができる。それが、引き継がれた神の遺伝子じゃよ」


 そう言ってノスはまたもや姿を消し、頭の中に声を響かせてミヤに黒魔霧を倒すよう促す。


「さ、早く倒すのじゃぞ。うぬの魔力も無限ではないからの~」

「た、倒すったって……」

「いちいち煩いのお。思うがまま刀を振ってみたらどうじゃ?」


 声しか聞こえないものの、その声には少しの呆れが混じっているように思えた。わからないことをやれと言われても、無理に決まっているだろう。そう考えながら、諦めたように目の前の敵を倒す想像をし、刀を握る手に力を込める。静かに抜いていた刀だったが、その刀身がすべて顕になれば、それが嵐の前の静けさだったと悟ることになる。巨体からは想像できないほど、風を生むような速さで真一文字に刀を振り、一閃。黒魔霧の全身は上と下に分かれ、そのまま崩れ落ちた。


「っ……体が、自然に動く……?」

「おお、見事じゃ!」


 右手で柄を回し、左肩の方に刀身を持ち上げ、そして、右斜め下に向けて振り下ろす。刀に付着した黒い煙が払われ、鞘に刀身がスムーズに収められる。自分の行った華麗な動きに彼自身が興奮し、二又の太い尻尾をブンブン揺らす。彼と同じく興奮した様子のノスはミヤの正面に現れ、嬉しそうに頭を何度もぽんぽんと叩く。


「抜刀時に使う剣術、抜刀術も使えるなんての〜!基本の型ではあるが、十分じゃ」


 満足行くまで叩けば、真剣な表情で一度頷き、真っ直ぐな目でミヤの瞳を見つめる。


「うむ、だいたい分かった。うぬのその能力は、現状構えをしているときしか、発動せんようじゃな」

「確かに、刀を抜く時にはもう普通の動きだったような」


 ミヤが使用した抜刀術は、刀を抜いてから技を発動するまでが短い。この神の遺伝子に最も適した技だと言えるだろう。なら、その最初の抜刀術をスカしてしまえば、その後はただの無能力。刀一振りにプレッシャーが重くのしかかるのだ。ミヤの曇り顔にノスは安心させるように笑いかける。


「心配いらんぞ?先程も言ったじゃろう。神の遺伝子とは可能性の種なのじゃ。最初はワシより極度に薄い能力じゃが、どう変化するかはうぬ次第」


 ミヤのことを信じるような明るい声でそう言ったが、突然ノスは先を見据えたような遠い目をしながら、ミヤの熊耳にぎりぎり届くくらいの声で小さく囁く。


「ワシの想定外の能力ならば、あいつもきっと倒せるじゃろうて」

「……あいつ?」


 首を傾げながら聞き返し、返答を待つミヤに、ノスは気にしなくていいと言いたげな優しい目線を送る。


「今はよい。とにかく、うぬは可能性の種なのじゃ。能力も、刀術も、全てうぬの努力次第で開花する。決して能力に溺れ、鍛錬を怠るでないぞ」

「あ、ああ……?わかった」


 ミヤの返事に満足言ったように力強く頷いて背を向ける。その背中はどこか儚さを帯びているようにも思えた。


「さて、じゃあ次が最後の話じゃな。これから話すのは、うぬの使命についてじゃ」

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