第3話 落ちていた?

 同年の夏休み。私はせみの合唱を聞きながら爺さんの家を訪れた。木製の扉が開くと若々しいポロシャツ姿で現れた。

「いらっしゃい」

「ただいま、じゃなくてお邪魔します」

「大人になったね。冷えた麦茶があるよ」

 その言葉を聞いて喉が鳴りそうになった。中に入ると靴箱の上に目がいった。

 紫色の水晶が何本も突き出し、土台となった部分は細やかな星を散りばめたように光っていた。

 孫の興味を引けたことが嬉しいのか。爺さんは笑顔を隠そうとしない。

「これ、どうしたの?」

「山で拾ってきたんだよ。綺麗だろ」

 まるで落ちていたかのように爺さんは語る。悪びれた様子は全く見られず、どこか誇らし気な顔で笑っていた。

「持ち帰ってもいいの?」

「綺麗だからね」

「それはわかるけど」

 紫水晶のかたまりを見ていると綺麗よりも先に不安な気持ちになる。私は逃げるように部屋へ上がった。

 そこで見慣れない木製の椅子を目にした。腰掛けると前後に揺れる。初めて座る揺り椅子に興奮した。

「これ、外国のイスだよね」

「ロッキングチェアだよ。庭を見ながら揺られていると良い気持ちになれるんだ」

「試してみる」

 揺り椅子を両手で抱えて窓際へ運ぶ。窓を開け放ち、庭の草木を眺めながら前後に揺れた。

 爺さんは目を細めた。

「良い気分になるよね」

「イスはいいんだけど、微妙というか」

 私の正面には黒塗りの仏壇が置かれていた。床は畳で揺れる角度によって彫り込まれた欄間らんまがちらつく。

 揺れることに集中して時間を過ごした。その後に飲んだ麦茶は香ばしくて口の中が爽やかになった。

 本当は別物で、はと麦茶だったらしいが。

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