第4話 茶封筒

 大柄な爺さんは陽気で時に大胆。その上、女好きの酒豪でもあった。

 内科医としての腕はわからない。働いている現場を見たことがなかった。それにまつわるドクロの数珠は今でも私の家の仏壇にひっそりと飾られている。

 生活苦に喘ぐ住職を無料で治療して貰い受けた物らしい。個々のドクロは微妙に形状が異なる。手彫りで材質は象牙と知り合いの骨董屋が言っていた。物の価値は知っても意味がないので聞かなかった。

 その爺さんは私が小学六年生の時に白血病で亡くなった。四十五年前の話とは思えないくらい鮮明に思い出せる。ぼやけている部分もあるが久方ぶりに懐かしい気分に浸れた。

 遺品整理の時、最後の衝撃が私を待ち受けていた。無造作に重ねられた書類の中に大きな長方形の茶封筒を見つけた。表紙に該当する部分に書かれた黒い文字を見て子供ながらに震えた。


『死亡前データ』


 中にはレントゲン写真が入っていた。読めない文字のカルテは英語ではなかった。あれはドイツ語なのだろう。

 亡くなる前に自分のデータを克明こくめいに残していた。孫の私には決して見せない一面が薄っぺらな茶封筒の中に込められていた。

 記憶の中の爺さんは陽気で明るい表情を絶やさなかった。その最中、淡々と自分の死を見つめてデータを取り続けていた。

 唐突に現れた遺言に目に涙が溜まる。読めない文字が歪み、無機質な数字の羅列られつに計り知れない重みを感じた。


 今でも思い返すと目に熱いものが込み上げてくる。朝露に濡れた我が家の草花は朝陽に照らされ、実に綺麗で爺さんの写真と重なって見えた。

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悪童爺さん 黒羽カラス @fullswing

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