第32話 歌詠む姫君の噂
「柊」
「鷹史、どうかしたのか?」
それは、真冬のある日のこと。出仕していた柊は、友である鷹史に呼び止められた。
そういえば最近、ゆっくり話をしていなかった。そんなことを思い足を止めた柊の腕を、鷹史が引く。
「相談したいことがある、少し来てくれ」
「わ、わかった。引っ張らなくても、ついて行くって」
何やら、鷹史は焦燥している。更に少し、前よりも痩せたように見えた。
友の変化に内心首を傾げつつ、柊は彼について行く。連れて行かれたのは、あまり人の来ない大内裏の端だった。
「……この辺りで良いか」
「何処となく痩せたな、鷹史。何かあったのか?」
「それなんだが」
言葉を切って、鷹史は柱に背中を預ける。わずかに迷ったようだが、意を決して口を開く。
「最近、嫌な夢を見る。おそらく正夢というか、起きたら現実だと知るというか」
「どういうことだ? 一から話してくれ」
柊の催促に、鷹史が「実は」とゆっくり話し始める。
「最近、通うようになった姫がいるんだ」
「今更驚かないけど。それで?」
鷹史は、以前から様々な姫君や女房たちと浮名を流してきた。それが一つ二つ増えたところで、柊にとってはいつものこと。先を促す。
「まあ、それでだ。最初、歌が物凄く上手いって評判を聞いて……確かに何度も交わした文は手が綺麗で歌もとても美しかった。女房の手引きもあって、通うようになったんだが……」
何度も通ううち、鷹史は何かがおかしいと思い始めた。女房にも姫君にも、その挙動にも言葉にもおかしなところはない。しかし、雰囲気に違和感を覚えたという。
「ここ最近、夢見が悪い。何を夢に見たのかは覚えていないのに、酷く焦りを覚える。恐ろしくて、夜中に目覚めることもある。そんな夢を見るのは、決まって姫のところに行ったその次の夜だ」
「姫のところでは?」
「夢を見ない。見ているのかもしれないが、覚えていない。ぐっすりなんだ。……だから、逆に怖い。妙に最初から優しく、邪険にせずに受け入れてくれた。始めは居心地が良かったが、今は少し怖い」
そんな中でも、あそこに行けば夢見が良い。安眠と姫との甘やかな時を求めて通っていた鷹史だが、ある時自宅で言われたという。
「数日前、うちの女房に言われたんだ。『鷹史様、お痩せになられましたか?』と。毎日の食事はきちんと摂っているし、痩せようともしていない。言われるまで気付かなかった」
「確かにな。ぱっと見ただけでも、わかる。……こんなことを言うのは失礼だと思うが、その姫君に毒でも盛られてるんじゃないのか?」
少しずつ少しずつ、気付かれない程度の量を盛られたとしたら。柊の推測に、鷹史は眉を寄せる。それも一つあるかもしれないけれど、と言いづらそうに言う。
「
「……笑わないよう努める。お前がそんなに構えるんだ、何かあるんだろ」
「助かる。……私は、妖に化かされているのではないかと思うんだ。あの姫君は、妖の類なのではないかと」
「……」
「考えれば考える程、惑わされていく気がしている。陰陽師に尋ねようかと思ったが、その前にお前と話がしたかった」
「確かに、その道のことに詳しいのは陰陽師だろう。彼らに話すのは懸命だと思う。……それはそれとして、その姫の邸が何処にあるのか教えてくれないか?」
柊の申し出に、鷹史は目を丸くする。お前も化かされる気かと慌てる鷹史に、柊はしっかりと首を横に振った。
「違う。少し、調べてみたいんだ」
「……何か、あてがあるのか? 私の言えた義理ではないが、危ないぞ」
「わかってる。無策じゃないさ」
「なら良いが……」
怪しむ鷹史を陰陽寮のある方へ送り出し、柊は一人職場へと向かう。鷹史に聞いた姫君の邸の場所を裏紙に書き、それを懐に忍ばせる。
(夜、ここへ行けないか二の君たちに話してみよう)
直感だが、鷹史を痩せさせたのは妖だ。姫君の形をしているのか、それとも別の何かが操っているのかは不明だが。
(歌の上手い姫君、か。噂の類に気を付けることがなかったから、気付かなかったな。誰かに聞いてみるか)
大内裏に出仕する者は、大抵が貴族だ。彼らは日頃の刺激を求め、特に噂話に目がない。柊はそういうものに興味がなかったが、鷹史の通う姫君のことが気になり、調べてみることにした。
❀❀❀
「……ということで、今まで話したのが鷹史の通う姫君関連の噂なんだ」
「よく集めたね。というか、噂の宝庫過ぎない?」
「流石は貴族……暇か?」
「上位貴族、殿上人と呼ばれる方々は多忙を極める方々もおられるよ。ただ、俺のように下位の者たちはそうでもないから」
鷹史から聞いた話と、柊自ら集めた噂話を精査した話。それらを聞き終え、揚羽たちは半ば呆れていた。
揚羽たちの反応に苦笑し、柊は「でも」と付け加える。
「貴族は置いておいて、問題は姫君だ。……ここ最近、歌詠みで噂になった姫君は、何処の家の姫なのかがわからなかった。大臣やその他の家の者ではないらしい、という程度か。それなのに、何故か彼女の才のみが独り歩きしている。鷹史のように骨抜きにされたという話はまだないが……」
「鷹史どのが最初になるかもしれない、ということね。調べる価値はありそう。最近というのなら、もしかしたら彼に繋がるかもしれないし」
柊の話を受け、揚羽は前向きな反応を示した。どうかな、と従者たちに問う。
「行ってみない? 人を化かし、おそらく生きる気を吸っている妖。倒すべきか否かは兎も角、興味があるよ」
「姫様は、そう言うと思っていました」
「だね。けど、噂しかこちらには知識がない」
「柊は、友を助けるために行きたい――だろ?」
「うん、そうだ。……みんなの力を借りたい」
柊の願いに、揚羽たちが否を唱える理由はなかった。
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