戸惑いの中、戦いは
第31話 夢と過去
❀❀❀
「……み。……のきみ」
「んっ……だぁれ?」
自分は先程眠ったはずだ、と揚羽は寝返り打つ。あれだけのことがあって眠れるかと思ったが、体は休むことを欲していたらしい。
しかし、誰かが揺すり起こそうとする。無視を決め込もうかとしていた揚羽だが、耐えられずに起き上がった。
「折角、寝てたのに……。誰、ほんと……」
「私ですよ、二の君」
「え……」
聞き覚えのありすぎる声に、揚羽は顔を上げた。彼女を覗き込み、呆れ顔をしているのは母だ。
「……はは、うえ?」
「はい、母ですよ。ふふっ。何ですか、その
「え……どうしてここに? それに、母上は今」
桐子は今、龍脈を守るために眠っているはずだ。すっかり目の覚めた揚羽が言うと、桐子は頷く。
「ええ、眠っていますね。だからこそ、ここに来ることが出来たのだけれど」
「夢の中、ということなのですね。……ならば母上、お聞きしたいことがあります」
夢の中というのならば、納得だ。ようやく周囲を見た揚羽は、白く曇った空間の中に自分がいることを知る。そして、母の体が半透明になっていることにも。
(きっとここは、ほんのわずかな時だけしか存在しない。ならば、話せるのは今だけだ)
揚羽が問いかけると、桐子は「何かしら」とは言わずに別のことを口にした。
「貴女自身のこと、かしら?」
「はい。わたしは……人ではないのですか?」
「……そうよ。揚羽、貴女は貴女の言う人ではありません」
生涯隠すことは出来ませんでしたね、と桐子は目を伏せる。そして、ゆっくりと顔を上げた。その表情は真摯で、揚羽はごくりと息を呑む。
「……竜玉が言いました。わたしが蝶の化人だから、自分の娘として育てたのだと」
「流石、あの子は聡い。……私の娘として育てていれば、術師としての私が盾になれる。それに、単純に姉妹の娘が欲しかったというのもあったけれど」
ふふっと笑い、桐子は目を丸くする揚羽の頭を撫でる。夢なのに、触れ合うことが出来た。
じわり、と揚羽の目元が熱くなる。
「母上……早く、目覚めて下さい」
「それはまだ出来ません。私が全力で隠さなければ、あやつらに龍脈を侵されてしまう。そうなれば、都には……いいえ、この日の本に人の暮らす場所はなくなります」
桐子の断言に、揚羽は目を見張る。そして眉を寄せた。
「……ならば、やはり武息を倒さねばならないのですね。母上を起こし、人々を守るためにも」
「精進なさい、揚羽。直に貴女を助けることは出来ませんが、貴女には助け支え合う仲間がいます。彼らとならばやり遂げる、と信じていますよ」
「母上……。必ず」
ぽんぽん。桐子が揚羽の頭を撫で、耳元で「おやすみなさい」と呟く。
揚羽は振り返るが、そこにはもう母の姿はない。
「消えた……」
もうしばらく、母に会うことは出来ないだろう。そう思いながらも、揚羽は唐突に訪れた眠気に抗わずに目を閉じた。
❀❀❀
「……夢、か」
目覚めると、外から陽が射していた。冬の寒さに体を震わせ、揚羽は
「おはようございます、姫様」
「おはよう、瑞飛。みんなは?」
渡殿から室内を覗くと、瑞飛が白湯を飲んでいた。そこにあと二人の姿がなく、揚羽は首を傾げる。すると瑞飛は、庭の方を指さす。
「向こうで体を動かしていますよ。
「うん、お願い」
やがて走矢と竜玉も揃い、四人での朝餉が始まった。昨夜の騒動が嘘のように、穏やかに時が過ぎていく。
「……そういえば、夢の中で母上に会ったよ」
「桐子様に、ですか?」
「何か言ってた?」
書庫から数冊の書籍を持って来て、それぞれに読んでいた時のこと。揚羽の呟きに、近くにいた瑞飛と竜玉が反応した。走矢も顔を上げ、そちらを見ている。
そこで桐子の話をして、揚羽はグッと拳を握り締めた。
「早くちゃんと母上に会いたいから、早く武息を倒さないとね」
「その為に、書籍を調べませんと。この中にあるかもしれませんから、戦い勝つ手がかりが」
「うん!」
四人の読者は昼餉を挟んで夜まで続き、やって来た柊をぎょっとさせた。
❀❀❀
――それは、十年以上前の春のこと。
「……おや、これは大変」
「ねぇ、ははうえ。このこ、しんじゃう」
ぼたぼたと大粒の涙を流す娘が掲げるように手のひらに乗せていたのは、弱った一頭の蝶。蛹からかえって間もなく何かに襲われたのか、翅の一部がずたずたになっていた。
普段虫に近付くことも怖がる娘の懇願に、母は柔らかく微笑んだ。その弱った蝶に、並外れた妖力を見出したから。
「大丈夫ですよ。このこは、私が助けます」
「ほんとう?」
「ええ。その前に、貴女にお願いがあります」
「なぁに?」
きょとんとした娘に、母はいたずらっぽく微笑んでみせた。
「貴女に妹ができます。仲良くして、守ってくれますか?」
「いもうと……。うん! まかせてください!」
「ありがとう。では」
少し考えた娘は、すぐに母の言う意味を理解して元気に頷く。娘に笑いかけた母は、受け取った蝶を手のひらに乗せて呪文を唱える。
(このこは、きっと国を守る者になる。大変なこともあるでしょうが……大切な仲間と共に、やり遂げることでしょう)
白い光に包まれた蝶はその姿を変え、生まれて間もない赤子となった。その子を抱き締め、母は目を閉じる。
(どうか、この子の未来に光あらんことを)
眠る赤子の頬を、娘が嬉しそうにつついた。
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