第28話 あの子には秘密

 武息ぶそくと出会ったその日の夕方、揚羽が訪れた柊と話し込むのを眺める三人の化人たちがいた。彼らは今、鍛錬をしながら言葉を交わしている。

 既に柊には正体がバレている。その気安さもあって瑞飛は翼を広げ、水を操る竜玉と競り合っていた。


「竜玉、姫様のおっしゃっていたことに相違ないか?」

「ないよ。ただ不安なのが、あいつがあのことを知っているかもしれないってこと」


 水の刃を躱し、瑞飛は距離を取って顔をしかめた。その表情だけで、由々しき事態だとわかる。

 そんな瑞飛の背に向かって、大きな犬の耳をはやした走矢が飛び蹴りを食らわせようとする。間一瞬で躱した瑞飛に、走矢は「でもさ」と振り向いて問う。


「いつか、知る時があるじゃないのか? あのことをずっと隠しおおせられるとは、桐子様も思っておられなかっただろうし」

「それは、そうだと思う。けど、伝えるべきなのかわからない」


 正直な気持ちを吐露した瑞飛に、竜玉も頷く。彼は今、走矢の猛攻を紙一重で躱し続けていた。


「あたらない! っ……言うにしても、その機会をどうするか、だろ。伝えずに済むなら、そのまま知らないのがきっと……」


 知らないのが、きっと幸せだ。走矢が言いかけるのを遮り、瑞飛は疾風を起こして二人の間に割って入った。着地し、ゆっくりと立ち上がる。


「それを決めるのは、本当は姫様なんだけどな。……俺は、聞くのが怖い」

「僕も」

「オレも。……傷付けて、離れていってしまうのが怖い」


 けど。呟いた走矢は思い切り地面を蹴り、瑞飛に向かって蹴りを放つ。瑞飛には風の壁で受け止められたが、間近で顔を合わせる。


「別の誰か……武息とかいう奴にバラされるくらいなら……」


 走矢が奥歯を噛み締めた時、不意に一帯に影が落ちる。嫌な気が満ちるのに気付き、揚羽たちはパッと顔を上げた。


「――呼んでくれたかい?」

「お前は!」

「……武息」


 最も反応が素早かったのは、一度武息に会っている竜玉だ。放った水流はしかし、武息の前で何かに阻まれ届かない。


「くっ……結界か」

「その通り。そしてこれは、我の意思表示でもある。……改めて、全員揃っている時にした方が良いと思ったんだよ。挨拶は」

「あい、さつ……?」


 瘴気の塊が動いている。柊は、初めて見た武息にそんな印象を抱いた。極小さな呟きだったにもかかわらず、彼に武息は目を向ける。


「そうだ、挨拶。お前は……そうか。笛の神の愛し子とは、お前のことだな」


 ニヤリと笑った武息は、おもむろに右腕を上げ、パチンッと指を鳴らす。その瞬間、妖力が弾けた。


「――わっ!?」

「伏せろ、柊!」


 ドンッと走矢が柊を押す。二人はその勢いで重なって倒れたが、彼らが先程まで経っていた場所の土はえぐれていた。あのまま立っていたら、そう考えて柊はぞっとする。


「あ、ありがとう走矢」

「危なかったな。……これが、あいつの挨拶ってことか」

「そういうこと、だね」


 自分に覆い被さるようにして倒れた走矢に礼を言い、柊は彼の呟きを耳にしながら武息を眺めた。武息は穏やかに微笑んでいるが、それが彼の本質ではないことは今の攻撃から良くわかる。

 敵の底知れなさに戦慄していた柊は、揚羽の声で我に返った。


「柊どの、走矢、怪我はない!?」

「案ずるな、姫さん。オレたちはどっちも無事だよ」

「ああ。走矢が守ってくれたから、大丈夫」

「……よかった」


 ほっと胸を撫で下ろす揚羽は、自分の傍にいてくれる瑞飛と竜玉の後ろから武息を見つめた。いつでも剣を抜けるようその柄に手をかけ、慎重に口を開く。


「挨拶と言うには、少々手荒なようだけど?」

「妖の世界には、礼儀などないものでね。……その者たちに守られているところを見るに、まだ真実を知らないようだな」

「真実?」


 眉をひそめる揚羽に、武息はもったいつけて何も言わない。その代わり、別のことを口にした。


「挨拶と言うのは、一つ、教えてやろうと思ったのだよ。我は優しいから、我らの目的を話して聞かせてやろう」

「……龍脈を絶つこと、だろう?」


 応じたのは、戦闘態勢のままの瑞飛だ。険しい顔のまま、低く呻るように問う。

 しかし、武息は「それも一つだが」と人差し指を立てた。


「もう一つの目的は、蝶の化人を手に入れること」

「蝶? 化人というのは、何人もいるのか?」


 柊の問いに応じたのは、揚羽だった。


「わたしが知っている化人は、ここにいる三人だけ。でも、力の強い術師によって生み出されることがあるって聞いたことがあるから、彼らの他にいてもおかしくはないよ。蝶もいるなんて、知らなかったけれど」

「……」

「……」

「……姫様」


 苦渋の決断をした表情の瑞飛が、何かを言いかける。それに揚羽が「どうかしたの?」と尋ねるのを遮り、武息は言葉を続けた。


「蝶の化人は、極めて稀な存在なのだよ。一代に一人しか存在せず、その妖力はほとんどの妖の力を凌駕するという。そして、その翅からふり撒かれる鱗粉は、万病の薬となるのだ」


 更に。そう言って武息は何故か、揚羽を見つめて口を開く。


「蝶の化人を食らえば、食らった妖はもともと持っている力を倍増させ、寿命も千年延びるとか。そんなうまい話があれば、飛びつきたくなるのも道理ではないか」

「……何故、わたしのことを見つめてそれを言うの?」

「何故だと思う?」

「……」


 問い返され、揚羽は押し黙る。もしかして、という考えが心に浮かんでいる。しかしそれを認めるには、あまりにも途方もない真実のように思われた。受け止め切れる自信がないのである。

 揚羽の不安をにじませる瞳に映るのは、何かを思い詰めている化人たちの姿。柊は、固唾を吞んで見守っていた。


「姫様」

「姫様……」

「姫さん」


 三人がほぼ同時に言葉を絞り出そうとしたその時、愉快そうな怪しい声が覆い被さるように発せられた。


「きみだよ、揚羽。……お前が、だ」

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