第3章 妖率いし黒い影
揚羽の正体
第27話 謎の男
幾つかの新月の夜が過ぎ、冬が深まったその日。小雪が降る中、揚羽は竜玉と共に市に来ていた。
どんな季節であれ、人々の暮らしは続く。雪のちらつく昼間も、市には多くの客がやって来ていた。賑やかなその景色を眺めつつ、揚羽は二手に分かれた竜玉を持っている。
「竜玉、まだかな……」
「こんにちは」
「!?」
ぼんやりと道端の木に背中を預けていた揚羽は、突然声をかけられパッと顔を上げた。
(全く気付かなかった。気配が……ない?)
揚羽はいつでも動けるよう少しずつ体勢を動かしながら、声をかけてきた人物を観察する。
にこやかな表情を貼り付けるのは、細身の男だ。貴族の若者のような軽薄な雰囲気の陰に、得体のしれない妙な気配を抱えている。更に彼には、人に当然ある気配がなかった。
「フフッ。警戒されているようだな」
「当然、ではありませんか? こんな場所で、得体の知れない誰かに声をかけられたのですから」
「こんな……市の真ん中で?」
「……あれ?」
突如、周りの音が消える。揚羽はきょろきょろと見回すが、先程まで聞こえていた喧騒も、歩いていたたくさんの人々の姿も消えていた。目を凝らせば、遠くの景色は灰色にけぶって見えない。
「結界の、中?」
「あたり。流石は、あの一族に育てられた姫君だと褒めておこうか」
「……どうも」
全く褒められた気がしない。揚羽は一歩退くと、男に問いかけた。見たところ、彼の周りにも誰もいない。しかし敵と考えた上で、行動すべきだろう。
一つ深く息をしてから、揚羽は目の前の男に問いかけた。
「何故、わたしに声をかけたのですか?」
「何故だと思う?」
「問いに問いで返すのか……。何かしら、用があるのかと思いましたが?」
「あたり。きみたちが探っている、龍脈を狙う一派について教えてあげようと思ってね」
「……!」
聞き捨てならない。思わず男と目を合わせた揚羽は、違和感を感じてもう一歩退いた。
「貴方……ひとではない?」
「ご明察。流石は、化人を三人も従えるだけはあるな」
くっくっと笑った男は、大袈裟に手を動かして礼をする。まるで、舞台の役者のように。
「我が名は
「武息。――っ!」
「姫様から離れろっ」
「おっと」
揚羽と武息の間に、竜玉が割り込む。
その時になって初めて、揚羽は武息が自分に手を伸ばしていたことを知った。思わず首もとを両手で守れば、武息はフッと笑う。
「残念、殺し損ねたか」
「……!?」
「貴様」
殺気立つ竜玉をおちょくるように、武息は余裕の笑みを浮かべる。腰にも何処にも武器を持ってはいなかったが、まとう空気に隙はない。
竜玉は揚羽の傍を離れないことに重きを置き、武息を視線で牽制する。まとう水の気配は鋭く尖り、武息を感嘆させた。
「へぇ……。これから戦うのが楽しみだな。蜘蛛や化け狐を倒したお前たちと」
「……あの妖たちも、お前の差し金か」
「言っただろう? 我は、お前たちが探す敵の長だと。目的のため、またまみえるだろう」
その時を楽しみに。武息は身を翻すと、そのまま煙のように姿を消した。
武息の姿が消えると同時に、喧騒が戻って来る。ようやく肩の力を抜き、揚羽は警戒を解いた竜玉に話しかけた。
「守ってくれてありがとう、竜玉」
「ううん。むしろ、来るのが遅くなってしまってごめんなさい。怪我はない?」
「ないよ。ほら、この通り」
くるっと回ってみせた揚羽は、竜玉を伴ってその場を離れた。買うべきものは買い、市にいる必要はなくなったのだ。連続して声をかけて来ることはないだろうが、今日のところはもう離れたいというのが揚羽の本音だった。
そんな揚羽の気持ちを察してか、竜玉は背負った籠を揺らして微笑む。
「姫様、帰ったら生地を合わせよう。折角綺麗な、似合いそうなものがあったんだ」
「いいね、楽しみ。戦い続きですぐに衣が駄目になってしまうから」
「それもあるけど、折角なら気持ちが上向くものを着て欲しいからね」
「……みんなで相談しようか」
揚羽も、竜玉が気を使ってくれていることがわかる。その気持ちに感謝して、市での出来事をきちんと話すのは隠れ家に帰ってからにしようと決めた。
❀❀❀
「――さて、ね」
市から去る揚羽と竜玉を見送り、武息と名乗った男は頬杖をついた。彼がいるのは、市全体を見渡すことの出来る邸の屋根の上。誰にも気取られることのないその場所は、武息が考え事をする時の特等席だ。
「アル……ジ?」
「おお、お前か。どうした?」
「アルジ、タノシ、ソウ。イイガング、ミツケタカオ」
武息が胡坐をかくその背後に、黒い影が立つ。まだ何者でもないそれから、口もないのに幼い子どものようなあどけない声が聞こえてくる。妙だが、武息はそれを当然のものとして受け入れていた。彼が親なのだから、当たり前だが。
「楽しそう、か。確かに楽しいぞ。……あの娘を手に入れれば、我が悲願が叶うのだからな。どうやって奪うか、考えるのも実行するのも楽しみだ」
「アルジノネガ、イ。カナエル。ゼッタイ」
「お前にも、近々姿を与えねばな。さて、何にしようか」
まとわりつく黒い影を一撫でし、男は喉を鳴らすように嗤った。
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