天誅

          1


薄汚れたアパートに綺麗なバイクが似つかわしくない。だが意外とこういう所の方が見つかりにくかった。

築数十年は超えているであろうボロ屋には他に住民もおらず、居心地は悪くなかった。

たがもうそろそろ潮時だ。

伊賀屋はこの町を出て別の場所で活動するための準備を進めていた。

離れても電話一本で睨みは効かせられるし商売も出来る。


自分は他の人間とは違う。おそらく一生捕まる事は無いだろう。

ヤバい時は替え玉を使う。足が付きそうになったら町を離れればいい。

人間、生きていくにはやっぱり知恵と金だなと歪んだ笑みを浮かべた。


――――――――


龍也の端末に表示されたこの町の地図。

赤い点はまた同じ所に戻った。

 間違いない。ここがヤツの寝ぐらだ。

確信を得た龍也は葵と一緒にみんなの前に立った。

「お集まりの皆さん。大変お待たせしました。いよいよクソッタレのバカを打ちのめす時です」

集まった者たちは獣の様にウオオーッと吠えた。

葵も声を掛ける。

「どんなのがバックに付いてるかも分かりません。簡単に人ひとり◯ろせるくらいのヤツも居るかも知れない。

逃げる事は決して恥ではありません。危ないと思ったら、自分のタイミングで退いてください。

どうかみんなで、また無事にここへ帰って来ましょう」

全員が黙って頷きあった。


「それでは。我らが愛するこの地をクソッタレどもから守るために、大義ある戦へと向かいますか」

龍也の言葉に各々が声を上げ、乗り物と魂にエンジンをかけた。



          2


町の中が、何となく物々しい雰囲気を漂わせている。警ら中のパトカーの警官が、相当数のバイクが唸りを上げて走って行くのを見かけた。

信号は青だったのだが、何となく気になって

「何か今日、様子がおかしくないですか」

と、運転中の指導員に声をかけた。

「何がだ」

先輩の巡査長は血眼で周りを警戒しながら応える。

「いや、何と言うか…ちょっとザワついてると言うか。上手く言えないんですけど」

「ザワついてるのは我々だ。仲間がまた刺されたんだぞ。しかも制服でもない、手帳も見せてない。要するに民間人を襲ったんだ。野放しにしてたら無差別にやりかねん。とんでもない事だぞ。集中して、早く白いバンを探し出すんだ」

何となく納得いかないながら「はぁ」と返事をする部下に

「しっかりしろ!我々はヤツに挑発されてるんだぞ!警察の威信がかかってるんだ!」

と檄(げき)を飛ばした。

「はい。すみません」

若い警官は改めて自分も周辺の警戒に注意を注いだ。



端末を手にした龍也を乗せて、葵のバイクは先頭を走る。

全員で大移動をかけると目立ち過ぎるため、いくつかに分かれて目的地を目指す。

各グループには現在地と、目的のポイントが移動していない事を随時伝えた。



バイクに、見つからない様に発信機を付けられるかと龍也に相談された時、葵は「造作もない」と答えた。

バイクを愛し隈無く知り尽くした葵は、普通の人間が気付かず、それでいて電波を妨げない所に渡された物を取り付けた。

電源はバイクから拾って居るため、長く放置されない限り途絶える事は無い。


この町の人間ではなく、どことなく普通じゃなく、大金を持っている者。

龍也は知り合いのバイク屋や車屋に同じお願いをして回った。

上手くいく保証は無かった。

相談を受けて困る人、何するんだと疑惑の目で見る人、そんな事は出来ないと断る人と様々だった。それは当然の事だと思ったし、確信も責任も持てない自分の働きに無理強いをさせる事は出来なかった。だがいくつかの古い友人達は彼を信じ、協力してくれた。

葵もその一人だった。

そしてまさに彼の伝えた条件にピッタリの人物が大金を手に店に来たのだ。

発信機は電力を失う事も壊れることもなく作動し、あちこちウロウロするものの頻繁に訪れる場所があった。

持ち主の住まいかも知れないがバイクを購入する際に書かれた住所ではない。

ここに何かある、と二人は確信していた。


そして今夜、一人の刑事が刺される事件が起きた。

以前警官が被害に遭った時と同じ手口だ。

赤い点を灯すバイクは一旦動き出し、何故かまた戻って来た。

いつもの場所に。


ここにヤツが居る。

そう直感したのは葵だけでは無かった。

そして今、その場所を目掛けて町中の暴れん坊達が集まりつつある。

もしも思い違いだったら、そう考え無くもない。だがその時は、肩透かしで申し訳ないが皆無事に帰れる。

でもそうじゃなかったら。

人を人とも思わぬ凶悪なよそ者がそこに居たら。

当然仲間を呼ぶだろう。自分達も無事ではないかも知れない。

だが葵と龍也は自分達が犠牲になっても、仲間達には無事で居て欲しいと覚悟していた。


同じ覚悟を、全員が持っているとは知らずに。



          3


騒音を聞き付けて、伊賀屋はカーテンをそっと開けた。

 何かが来る。

警察とは違う、悪意を持った何かが。

伊賀屋の動物的な直感はすぐに行動を起こさせた。

彼は仲間や兄貴分たち全員に急いで電話をかけ始める。


仲間とは呼んでない奴らにも脅しをかけて無理矢理呼び出した。コイツらに断る権利はない。いざとなったら真っ先に盾にするつもりだった。

その間にもバイクが続々と集まって来る。相手はアパートの周りを取り囲む様に散らばる。

 何のつもりか知らないが、その数でここに来 

 たことを後悔させてやる。

伊賀屋は数本のナイフを忍ばせて時を待った。



目的の真新しいバイクはアパートの敷地内に無造作に置かれていた。

龍也は「先陣現着。おって連絡する」

と送信して、携帯電話を仲間に渡した。

「状況を見てくる。何かあったらみんなに伝えてくれ」

そう言って後部座席を降り、アパート全体に響き渡る様な大声をあげた。

「おいっ!そこに居るんだろ。出てこいや!」

中から反応はない。

周りは空き地と、放置された畑にかこまれている。仲間たちは相手がどこから現れてもいいようにそこかしこに身を潜めた。

龍也が注意深く建物を観察していると、2階のひとつの部屋のカーテンがわずかに動くのが見えた。

 あそこだ。

葵に頷いて、彼は懐から持ってきた物を取り出した。



室内で、伊賀屋はナイフを両手に握っていた。玄関の鍵は開けてある。バカがのうのうとドアを開けた瞬間に突き刺すつもりで身構えていた。

何人かかってこようと同じだ。入り口はここしかない。狭い場所で乗り込んで来たところを誰かれ構わず返り討ちにする。

今度は手足ではなく、胸や腹を狙うつもりだった。

「ガシャン!」

後ろで窓ガラスが割れる音がして何かが放り込まれた。

石でも放り込んで来やがったかと伊賀屋が振り返ると、部屋の中にたちまち炎が立ち上がる。

 火炎瓶だ!

常軌を逸した先制攻撃に、さすがの伊賀屋も度肝を抜かれた。


「穴ぐらの〜ムジナを炙り出す〜♪」

訳の分からない鼻歌を歌いながら、龍也が2本目の瓶に火を灯して同じ部屋に投げ込む。

その、どこかイッてしまった様な危ない目つきに、葵は背中がゾクッとし、昔の彼を思い出してゾクゾクした。

 絶対に敵に回してはならない男。

その男がニヤッと葵に見せた口元から、龍の牙が白い姿を覗かせていた。



黒塗りされた数台の車や白いバン、その後方からは大型のダンブカーが猛然と走る。

彼らは連絡を受けた伊賀屋のアパートを目掛けていた。


アパート前の道路に居たグループがあわてた様子で

「何か来る!」

とみんなに大声をかける。

塀の向こうを覗いた葵は全員に聞こえるように

「みんな!離れて!」

と叫んだ。

ハデな装飾を施された大型のダンプカーは、スピードを緩めることなくこちらへ向かって来る。

大事なバイクを押しながら必死に離れようとする仲間を無理矢理引っ張って、葵はギリギリのところで彼といっしょに飛び退いた。

「グワッシャーン!」

ダンプカーはそこかしこに停めてあったバイクをグシャグシャにしながら、塀もろとも破壊して止まった。

運転席から入れ墨をした男が降りて

「ゴルァー!ジャリどもがぁ!」

と鉄パイプを持って襲いかかって来た。

そこへ黒塗りの車が到着して、明らかにカタギとは思えない男たちがドスと呼ばれる刃物や日本刀のような物の鞘を抜いて降りて来る。

「ガキどもが!全員ぶっ◯ろしてやらぁ!」

やっぱりあの男が仲間を呼んだらしい。

刃物を手に暴れまわる危険な男たちに追われ、仲間たちは散り散りになって逃げ惑う。

白いバンからは更に迷彩服を着た屈強そうな者たちが次々と降りてくる。

葵は豪腕を剥き出し、長めの鉄パイプを構えた。

そこに。

数十台のバイクに分乗した軍鶏の軍団と元梟のメンバー達。そして真っ当な職に就きながらも昔の血をたぎらせた、かつてのつわ者ども。更には引退したいい年のおっさんたちまで駆けつけた。全員、相手に引けを取らない覚悟と戦闘力で立ち向かい応戦する。

一丸となって激しくぶつかり合う二つの敵対軍団。そこはまさに戦場と呼ぶに相応しい修羅場と化していた。



燃え盛るアパートの部屋から騒ぎに紛れて脱走した伊賀屋は、裏手に停めてあった1台のバイクに跨った。

幸い表の騒ぎで誰も居ない。

エンジンをかけ、バイクを発進させようとした時、「ドンッ!」と横から飛び蹴りを食らわされた。

伊賀屋はバイクもろとも倒れ足が挟まる。

そこに近づいてくる黒い女。

下から見上げるとその巨大さに、ビクッと体が勝手に反応した。

「あたしの愛車に何してくれてんだ、おい」

怒りに目覚めた仁王様の形相に、伊賀屋はこれまで経験した事のない命の危険を感じた。

フードつきの襟をぐいっと引っ張られ、無理矢理引きずり出された彼は、巨大な仁王様に軽々と持ち上げられる。

襟が首に食い込み声が出せない。

「…あっ…がっ…!」

恐ろしい目で睨みつける弥生は、伊賀屋を持ち上げたまま言葉を放った。

「この町はなぁ、あたしの大好きな友達が愛した町なんだ。テメェみてぇクソに好き勝手荒らされちゃ、たまんねぇんだよ!」

弥生がギリギリと襟を締め続ける。

伊賀屋は白目を剥き出し、泡を吹き始めた。

「弥生!」

葵が急いで駆け寄った。

「もういい。これ以上やると死んじまうよ!」

「死んだっていいんだよこんなヤツ。あたしが地獄に送ってやる」

「咲楽が…哀しむよ」

弥生はハッと目を見開いた。

そして締め上げていた手を緩め、伊賀屋の体を地面に降ろした。


表の騒ぎは次第に収まりつつある。

数ではなく気合いの差で、この町の暴れん坊達が優勢だった。

黒塗り高級車のトランクを開けた男が

「こんなもんまで使いたく無かったがな」

と言ってずっしりとした鉄を握り締めた。

残弾を確かめて、男は一人の人間を目掛けて構え、そして引き金を引く。


パン!という乾いた音を響かせて、銃口から飛び出した玉が龍也の肩を貫通した。

「がっ!」

流れる血を押さえようとするが、出血は肩の後ろ側からもおびただしく流れ出る。

優勢だった町の人間達は状況を察し、身を固くした。

「へっ…、へへ。こんなモンまで使わせやがって」

男は別の獲物を求めてもう一度銃を構えた。


「全員、動くな!」

突然、拡声器から発せられた響き渡る声に全員が振り返る。

サイレンも鳴らさず、赤色灯も点けず、辺りは沢山の警察とその車両にいつの間にか包囲されていた。

盾を構えた機動隊員が銃を手にした男を取り押さえる。

そしてそこに居た全員が警察官や刑事たちに拘束された。

撃たれた龍也は警察に付き添われ救急車に乗せられる。

サイレンを響かせて走る車内で、龍也は

「終わったな…」

と呟いた。


切れ長の目をした刑事が次々と指示を飛ばす。そこへ両側を警官に挟まれた葵が連れて来られた。

葵は観念した表情で切れ長男を見る。

浅間は彼女を見つめて言った。

「ずいぶんと派手にやってくれたみたいだな」

葵は目を逸らさずに答えた。

「やったのは、自分です。自分が計画して、仲間を集めて起こしました。全員拒んだのに、無理参加させたのも自分です」

浅間は彼女の後ろの方に視線を移す。

二人がかりで抑えられた大きな女性がそこに立っていた。

「彼女は関係ありません。昔の知り合いなのをいい事に、自分が無理に巻き込んだんです」

「違うだろ」

切れ長の目を細めて刑事が言った。

「泡吹いてぶっ倒れてるあのフードの男。やったのは全てあいつだろ。自分の痕跡を消すためにアパートにまで火をつけるとは。とんでもないヤツだな」

葵は大きく目を開いた。

「ここにいる全員を聴取する。が、前科者や銃刀法違反、薬物の売人まで揃ってるな。こんな無茶苦茶な騒動を引き起こしたのはあっちだろう。上にもそう報告する」

気を失っていた伊賀屋を立たせ、刑事達が手錠を掛けた。まだ呆然としている彼に、浅間は逮捕状を突きつけて告げた。

「伊賀屋 敦。薬物取締法違反で逮捕する。…他にも罪状は追加されそうだがな。よし、連れて行け」

伊賀屋はふらつく足取りで、それでも浅間を睨みつけて吐き捨てた。

「これで済んだと思うなよ。どんな手を使っても、この町に必ず復讐してやる」

浅間は澄ました顔で言った。

「やってみろ。今度おまえを相手にするのは100人の悪たちだけじゃない。万人を超える住人全員が相手だ。そんな数を敵に回して、お前こそ無事で居られるかな」

伊賀屋は悔しそうな顔でパトカーに連行された。


浅間が振り返って葵に告げる。

「さて。聴取は所轄の警察署で行う。全部正直に教えてくれ。君たちを何の罪に問えるか、私には全く思いつかない。なにせ今回のことは全部、よそ者が引っ掻き回して起こした事件だからな」

葵を拘束していた警官が少し力を緩めた。

目を細めて会釈する彼女に、浅間も頷いて応じた。



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