居場所

           1


事件後、浅間は本庁に戻って行った。

篠原は、この所轄の刑事課で引き続き勤務する希望を出した。許可は難なく無事に下りた。


間もなく退院する須栗を見舞うため警察病院に足を運んだ彼女は、事件の経過報告と浅間について彼に話した。

「そうか。…なんか結局、オレは何の役にも立てなかったな」

ベッドでため息をつく須栗に篠原は言った。

「とんでもない。あなたは皆に力をくれた。それにあの件が無かったら、警察はあの男に行きつけなかった。全てはあなたの行動で動いたのよ」

「よせよ。気休めなんて」

「そうね。気休めよ。正直言って貴方は今回の事件に何も貢献してない」

須栗は力が抜けた。

「相変わらずはっきりしてるな。でも本人を前に言うなよな…はは」

「でもね。今回の事件解決に直接関わらなかったからといってあなたが不要って言うのは、それは違うわ。むしろ、あなたみたいな刑事に、これからもこの町は守られていくのよ」

須栗は黙って篠原を見つめた。

「待ってるから。しっかりリハビリして、早く帰って来てね…」

その言い方に、何となく須栗はドキッとした。

慌てて話題を変える。

「あ、浅間刑事は本庁に戻ったんだって?やっぱりあいつの居場所は向こう側なんだなぁ」

篠原はいつかの様にフッと優しく微笑んだ。 

「さびしい?ペアが居なくなって」

「ん…、いやぁ全然!俺とアイツはコンビになれない。性格も違いすぎるし、あっちは向こう側の人間だしな。俺刺された時も先に犯人追っかけようとしてたんだぜ!信じらんないよ。

あ、今度は篠原さんと組めたらな…」

「ごめんなさい。私もまだまだだから、しっかり指導してくれて頼りになれる人が必要なの」

「あた!」

肩を揺らしながら愉しそうに篠原が笑った。

初めて見る表情に、須栗はまたドキッとした。

「じゃあ、そろそろ戻るわね。頼りにしてるわよ、須栗刑事!」

颯爽と歩いて行く姿を見送って、啓太は少し残念な気持ちだった。

「…片思い、か」



病院から出た篠原は上司に電話を掛けた。

「…はい、申し訳ありません。せっかくお話を頂いたのに。まだ今の自分は、お見合いには早いと思いまして。それに…」

篠原は深呼吸して、晴れやかな声で言った。

「結婚を考えている人が居るんです。ありがとう御座いました。失礼します」


病院を振り返って、彼女は独り言を呟いた。

「本当に。早く戻って来てよね」



          2


無事退院し戻って来た須栗を、刑事課の全員が拍手で迎えてくれた。

篠原も嬉しそうに手を叩いている。


 結局、浅間は見舞いにも来なかったな。

久しぶりの我が家の様な刑事課で、須栗は自分の机の引き出しを開けた。

何も書かれてない封筒が入っている。

なんだろうと思って開けると、プリントされた紙が一枚入っていた。

 " 退院おめでとう。君は警察に必要な人間だ。 

 自分の信念で、精一杯頑張ってくれたまえ”

名前がなくても誰が書いたかすぐに分かった。

この上から目線の偉そうなそっけない文言。

しかし須栗は、何となくこそばゆい様な嬉しい気持ちで、また引き出しを閉じた。



          3


「新しいペア、ですか?」 

署長室で須栗は下命を受けていた。

「そう。まあ現場はこなしてきた人物だから、色々勉強になるかと思うよ。もう来るころなんだが…」

どこから異動して来るのか知らないが、遅れてくるなんて非常識だなと須栗は思った。

若い刑事だったら先ずそこから教育してやろう。


コンコンとノックされたドアが「失礼します」

と返事も待たずに開けられた。

「今日から正式に異動になりました、浅間真二です」

あんぐり口を開けた須栗が、署長と浅間を交互に見る。

「まぁ、知らない間柄でもないし。自己紹介はいいよね。じゃあ早速今日から頼むよ」

「承知しました。失礼します」

先に立って歩く浅間を追いかけながら、須栗は署長を振り返った。

(な・か・よ・く!)

と口が動くのが出口からでも分かった。



ハンドルを握る浅間を、助手席の須栗はチラチラと見る。

浅間は正面を見据えたまま

「なんだ」

とぶっきらぼうに言った。

「いや。なんだ、って…。何で?」

質問返しに浅間は少々渋りながら答えた。

「あの事件で多くの被害を出した。連中を全て逮捕、立件出来たが、抗争のような騒ぎを起こして、なぜ他の人間を釈放したのか。上の人間から責任を取るよう求められた」

須栗はふむふむと頷きながら

「それで?」

と尋ねる。

「本庁に居場所はない。今のところは、な。だからこの所轄で実績をあげて、早く向こうに戻る。そういう訳だ」

あらぁ〜、と須栗は思った。

現場を指揮していたのは浅間だ。あれだけの騒ぎ。当然上は誰かの責任を問うだろう。

誰かがクビになったり飛ばされたりという話は聞かない。浅間が全て被ったのだ。

「言っておくが、僕はこの町に恩も縁もゆかりも無い。ただ多少は知っている場所の方が実績もあげやすいと思っただけだ。僕は、自分にとって一番大事な選択をする」


一番大事な選択。


あの日、彼は犯人を追いながらも自分を病院に搬送した。声を荒げながら、処分を受けそうな運転の仕方をして。

須栗はわざとフンッと鼻で笑って

「それはそれは。ご苦労さん」

と言った。

気に入らんな、と浅間が何かを言いかけた時、須栗の携帯が鳴った。

発信相手は、平八だった。

「もしもし」

「お〜勤務中悪いな。退院して戻ったって聞いたもんだから。大丈夫そうか?」

相変わらず明るくて大きな声で平八さんは話をする。

「はい。ありがとうございます。多少痛みは時々ありますが、やがて引いていくって…」

「いや、そっちじゃない。また組まされたんだろ?彼と。上手くコンビでやってけそうか?」

ああ、と須栗は納得し、チラッと浅間の方を見て言った。

「コンビなんかじゃありません」

そして少し力を込めて宣言する。

「相棒、です」

愉快そうに笑いながら、平八は電話を切った。


ハンドルを握る浅間はフンッと鼻で笑っていたが、その口もとは嬉しそうに緩んでいた。






                 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オレとアイツはコンビになれない 北前 憂 @yu-the-eye

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ