代償

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現場のコンビニは警察車両を始め多くの緊急車両が集まり、規制線が張られやじ馬がごった返す騒然とした状況になっていた。


手帳を見せて規制線をくぐった須栗と篠原よりも先に到着していた別の警察官がコンビニの店長に話しを訊いていた。裏の事務所にはアルバイトと思われる少女が女性警察官に寄り添われて泣きじゃくっている。

最初に犯人と向き合ったのは彼女だった様だ。


店には他に客もおらず、いきなりレジに来た男が刃物を見せて金を要求した。

犯人は大声こそ出さなかったものの、不穏な様子に気づいた店長がレジへ向かう前に緊急のボタンを押した。

偶然にもそばを通りがかった警ら中のパトカーが店の異変に気付き駐車場に入ると、男は何も取らずに外に出た。

助手席から飛び降りた警察官が「待て!」と声を掛けると、男は何の躊躇もなくいきなり警官の腕を刺したという。

運転席の警察官が慌てて駆けつけ、刺された相勤の状態を案じながら無線を入れている最中に犯人の男は逃げた。

刺された警察官の腕にはナイフが深く刺さっており、引き抜くと危険なためそのまま救急搬送された、との事だ。


一部始終を間近で見ていた少女はかなり怯え、相当なショックも受けているため、警察の要請を受けて到着した別の救急車に乗せられて運ばれた。

事情を話していた店長も気分が悪いと訴えたため、ひとまず休ませるために奥へと下がってもらった。


須栗達が監視カメラを確認する。

店長と警官の供述どおり、フードを被った黒ずくめ男の単独での犯行の様だ。

歩いて去って行く様子から他に仲間がいた感じでもない。

徒歩ならば捜索範囲も狭められるが、見えない所に移動手段を置いている可能性もある。


発生から2時間以上が経ち、有力な情報も得られないまま捜索範囲が広げられた。


覆面パトに戻った篠原が、須栗に問いかけた。

「なんで、腕を刺したと思う?」

須栗は明確な理由は思いつかなかったが、

「とりあえず慌てて手当たり次第、ってとこじゃないかな。狙ったんじゃなくてたまたま刺さったのが腕で…」

「違うわ」

鋭い目つきの篠原が完全に否定する。そして須栗に向き直って自分の推理を話した。

「犯人は、敢えて腕を狙った。警察官には警らの段階から防刃服を着用させている。どんな凶悪な事件にいきなり巻き込まれないとも限らないから。現場第一線の彼らはそれほど危険な状況で毎日職務にあたっている。犯人は、それを知っていた。だから防刃の無い腕を敢えて狙った」

須栗は何も言えず黙って聞いていた。

「それに、腕を刺されたらそれ以降の行動が制限される。犯人を取り押さえる事も、追いかける事もできない。そして相勤の警官も、その状況をそのままにして追跡する事なんて出来ないわ。更に、ナイフは柄の部分まで深く刺さっていたそうね。急な状況で手当たり次第で出来る事じゃ無い。犯人は全て分かったうえで、何の躊躇いもなく思い切り刺した。相手が警察官だろうと構わずに、ね」

須栗は寒気がした。

色んな事件を見てきたが、こんな凶悪で周到な人間は初めてだ。いや、普通の人間ではない。恐るべき思考と残虐性を持ち合わせた生き物だ。

「一旦署に戻りましょう。監視カメラの映像は借りられた。パッと見、比較的若い人間の仕業だわ。今、この町で凶悪な若い者たちといえば」

「あの、ギャング…?」

「そう、捜査資料には名前までは記録されてないのね。奴らの名前は "ZOAL(ゾール)" 。警視庁の特殊班が追ってる連中よ」

「特殊班?…君は、なぜそんな事を」

篠原は懐から警察手帳のバッジを見せた。須栗が見たことのない番号が刻印されている。

「内緒だからね。私も、そのチームの一人よ」


所轄の刑事課に配属されて来た新米だと思っていた女性は、僕の部下にはとてもなりそうにない人だった。



           2


事件から5日後、交番に「自分が刺した」と自首してきた男がいた。

防犯カメラの映像に背格好も似ており、当時の状況を細かく説明し、凶器のナイフはホームセンターで購入したとの供述もホームセンターの店内カメラの映像から裏付けが取れた。

生活苦のために衝動的に起こした事件で、警察の姿に怯え無我夢中で刺した、と言う。

初犯だったので気が動転した。申し訳ない事をした。とも語った。

警察はこの人物を本件の被疑者であると断定し、所轄に設置されていた捜査本部は早々に解散された。


事件はひとつではない。毎日いたるところで様々な事件が起きている。解決した案件をいつまでも引きずって追跡捜査をするほど警察もヒマじゃない。


男の目論見はまんまと的中した。


チンピラ相手にトラブルを抱えていた人間に、その件の解決と幾らか金を握らせることで自分の身代わりをさせた。

最初は拒んでいたが、チンピラとのいざこざが続けばもっと厄介になる、それに初犯なので反省を見せれば上手く行けば情状酌量で罪も軽くなるはずだ、と適当に話して首を縦に振らせた。


自分は決して捕まらない。

替え玉も、使える駒もいくらでも見つかる。中にはハクが付くからといって自ら進んでムショに行きたがる奴もいるぐらいだ。

コンビニでは上手く行けば金をせしめると思っていたが、思わぬ邪魔が入った。比較的治安のいい場所を選んだつもりだったが最近は警察も意外な所にまでパトロールに来る様だ。

鬱陶しい。今度は別の策を考えるか。

彼は兄貴分の男に、町で捌くモノの追加を発注する電話をかけ始めた。




「君の供述には、合点がいかない」

浅間は応接室で若者に迫っていた。

取調室を使わないのは、この件は所轄の手を離れ本庁に引き渡しが求められているからだ。勝手な事をしたとなれば面倒な代償を払うことになる。だから敢えて、拘束しているわけではないという状況で話しているのだ。

この浅間という刑事の、底知れぬ何かに逆らえず、若者は素直に話に応じていた。

警察というより、自分が今まで見てきた凶悪な人間達と同じ様な目をしている。人を人とも思わぬような、冷酷で無機質な目を。

「生活苦で事件を引き起こしたと言うが、実家で何不自由なく遊んで暮らして仕事もせず、バイクを乗り回し、小遣いも好きな時に手に出来る。懐に余裕のある心優しいご両親のおかげでな」

ねちっこい浅間は嫌味たっぷりに言い放った。

「ホームセンターで凶器を購入したんだったな。どこのホームセンターだ」

「…近所の、〇〇です」

「おかしいだろ。君の家から最も近いホームセンターは他に2件ある。なぜわざわざ遠い所に行った?」

「それは…。ち、近いとバレると思ったからです」

「レシートはどうした」

「捨てました」

「どこに」

「そ、そのホームセンターのゴミ箱です」

「入り口の所にあるやつだな?」

「そうです」

浅間は机の下から紙くずのいっぱい入ったビニール袋を出して机の上に置いた。

「君が購入したと言っていた日のホームセンターのゴミ箱をあさった。レシートだけ集めてある。この中に凶器となるナイフを購入した履歴は…ない」

若者はゾッとした。そんなところまで周到に調べられるとは思ってもいなかった。全部、俺が言う通り適当に言ってりゃいいと言われていたのだ。あの男に。

中学の頃から悪さをしてきた。自分はなんにもこわくないと思って生きてきた。チンピラ相手にだって負ける気がしなかった。そうして裏街道を歩いてきた結果が、その代償がこれだ。


浅間のやり取りに震えたのは若者だけでは無かった。ガラス越しにこっそりと見ていた須栗も、この男の執念深さと末恐ろしさに、まるで獲物を追い詰めるヘビのような不気味さを感じた。

敢えて穴ぐらまで逃がし、その行き止まりまで追い詰めてから、一気に口を開く。

浅間の顔をした大蛇が一呑みにする姿が、違和感なく想像出来た。


「君が誰を庇って、或いは脅されて身代わりになっているのかは知らないが、忘れるな。警察は君たちが舐めてかかれるほどバカじゃない。それに、君を助けてやると言っている者たちも、結局最後は自分の事が一番だ」

若者はうなだれて押し黙った。

「だがもし、君が我々に協力してくれるのなら警察は全力で君を守る。追われ逃げ続けて生きるのか、はるかに大きな組織に守られるか。あとは自分で好きな方を選べばいい」

待機していた本庁の刑事たちに会釈して、彼は若者を引き渡した。

「ご苦労様です」と声をかけられた事から、浅間は彼らより少し上の身分なのだろう。父親の存在も含めて。




須栗はフゥ〜と息をついて振り返る。すぐそこに立っていた篠原にびっくりした。

「わっ!いつの間に」

「なってないわね。背後を取られるなんて」

「いや…戦国時代じゃあるまいし。それにここは警察署の中だよ」

篠原は意味深な顔でフッと笑った。

「敵はどこにでもいる。そう考えてて損はない」

相変わらず掴みどころのない彼女に

「さっきの浅間刑事のやり取り、見た?」

と須栗は尋ねた。

「ええ、見てたわ。彼らしいわね」

そういえば二人は警視庁の人間だった。彼らしい、ということは篠原刑事は警視庁時代から浅間の事をよく知っているのかも知れないと須栗は思った。

「でも驚いたよ。浅間刑事は普通じゃないとは思っていたけど、まさかホームセンターのゴミ箱まで漁ってくるほど執念深いなんて」

「まさか。そんな事するわけないでしょ」

「えっ。だってさっき、ホームセンターのゴミ箱からレシートを集めたって…」

篠原はまたしてもフッと笑う。

「彼がそんな事するわけないじゃない。自分の手を汚すのを何よりも嫌う人だもの」

その言葉には色んな意味が含まれていると須栗は感じた。

自分の手を汚さず、利得だけを手にする者。

それはまるで、ギャングのトップにも似ていると思った。

「カマをかけたのよ。あの若者にね。実際彼は言い逃れも反論も出来なかった。それに、警察は自分たちが思ってる以上に執念深く厄介なものだと思わせる事にも成功した。これであの若者は、本当に恐ろしいのがどっちなのか、そしてどちらに付いたほうが自分が安全なのかよく分かったと思うわ」


 浅間真二。

あの男は想像してたよりおっかないのかも知れないと須栗は思った。

そして、この篠原という刑事も。

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