第11話
第 十夜 最終回
ある国の元大統領だった男が閻魔大王の前に引き摺られてきたのは九夜から
間もなくの事である。
今日は、サイスではなくグルコンが閻魔の両側を固めている。
閻魔は前回見掛けた時と同じ、裸体である。 サイスと小鬼は閻魔の遥か後方に控えている。
麒麟慈の横に立つ魔弥矢にグルコンが目礼してきた。魔弥矢も目礼を返す。
審判はすぐに始まった。 鉄製の厳つい椅子に腰を下ろした閻魔はやや前屈みになり7段下で虚勢を張っている小男に言った。
「お前は類稀なる悪党であるな。レベル5が相応しいが申し開きがあるなら申せ」元大統領だった罪人はすぐに抗弁し出し、長時間にわたり延々と話し続けた。
「全ては国の発展のためにやった事、他国の侵略から国民を守るのが大統領の務めであるから………」云々かんぬんと、三日三晩喋り続けた。
閻魔もグルコンも一切口を挟まず、三日三晩罪人が喋り尽くすのを淡々と見つめているだけなので麒麟慈と魔弥矢も辛抱強く待つしかなかった。大抵は罪人を引き摺ってきた時点ですでに役目は終わっているが 今回は魔弥矢のたっての願いで麒麟慈が付き合わされている。
時間の経過と共に元大統領だった男の抗弁にも疲労が滲んできた。言葉が途切れる様になり あざといジェスチャーもすっかり影を潜め肩で息をするまでに。
そして、遂に一言も発する事ができなくなった。 小柄な身体がゆらゆらと血だまりの床に崩れたタイミングで閻魔が口を開いた。
「改めて判決を言い渡す。お前は最上ランク5が相応しい。刑期は一億年とする」
魔弥矢は息をのんでその瞬間を見守った。閻魔が引き上げた後はグルコンが引き継いだ。イーグルが「お前は向こう一億年毎日生き地獄を味わうのだ」と、言えば、コンドルが元大統領だった男にランク5の責め苦を説明し出した。
ここで云う「生き地獄」……… 人間としての肉体は滅びるが魂は滅びない。
まるで実際に生きながら責め苦を受け続けると云う事だ。罪人の生命は毎日更新されるから 日々新たに生命を吹き込まれ罰を受けなければならない。
元大統領だった男は血だまりの床で、金魚の様に口をパクパクさせるのが精一杯であった。 説明を終えたグルコンが去った後 待ち構えていたサイスと小鬼が罪人を取り囲んだ。小鬼が作る輪の中でサイスが無表情で罪人をいたぶり始めた。
罪人の指を一本一本切り離し小鬼の輪に放り投げると 小鬼どもがワッと飛びつき
ボリボリ音を立てながら喰らい始める。 罪人の悲鳴も命乞いもサイスと小鬼どもには関係ない。が、罪人は最後の最後まで意識があり、そのオゾマシイ光景を見せられるのである。
魔弥矢は吐き気がした。それは麒麟慈とて同じで早々に立ち去る気配である。
極悪人を迎えに行くのは麒麟慈の役目だが、そこまでだ。それ以上は一切関与しない。
今、死神としてデビューした魔弥矢も麒麟慈と同じく極悪人担当になった。
任命したのは閻魔大王である。
七柱の付き添いで、閻魔大王の前に連れ出された魔弥矢に大王が言ったのは
「穢れていないな…死神に相応しい。 近年 極悪な者が多過ぎる。麒麟慈の片腕として使命を果たせ」
あまりにアッサリ認められて驚いたのは魔弥矢だけではない。
麒麟慈は眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げていたが、寿限鉾は魔弥矢を見つけたのは自分の手柄だと鼻高々である。
暫く実感が湧かない魔弥矢だったが どうにも気になって仕方ないのが閻魔の裸体である。 何故か……麒麟慈に訊くと笑い出した。
「お前には裸体に見えるんだな?よく見ろ」 魔弥矢が顔を顰めて考え込んでいると
「そのうち解る」とだけ言った。
魔弥矢は毎日忙しかった。
今日も極悪人のお迎えが18件ある。麒麟慈は魔弥矢の倍をこなしているから 閻魔が言った近年極悪な者が増えたと云うのは誇張ではなかったのだ。
しかし、殆どがランク1から3止まりの悪党でランク4以上の強者は稀である。
それでも、一旦極悪リストに載った人間は必ず閻魔大王の採決でランクが決まるからサイスと小鬼はさぞ嬉しい事だろう。サイスと小鬼にとってはランクがどうと云う区別はない。リストに載った罪人は必ず処刑場に投げ出されるのだから。
魔弥矢は、お迎えに出向いた極悪人の殆どが良識に無知で恥知らずな連中である事を学んだ。そして、単に殺人を犯したとしても極悪人とは決めつけられない事も。
ランク4~5の罪人は強大な力を持った独裁者が大半だ。1~3がその取り巻きで
甘い汁を吸ってきた吸血鬼の様なイエスマンで溢れかえっているのだ。
死神は死期の迫った者を迎えには行くが、力ずくで生命を奪う行為はしない。
悪魔のような独裁者と取り巻きでも 死期が来るまで手出しをしないのがルールである。 但し、「民宿かるべ」のケースの様に一度は死を選択した筈の罪人が予期せぬ形で遂行出来なかった場合は閻魔の裁量で文字通り「お迎え」に行く事もある。
一旦極悪リストに載ってしまえば、生前どれ程の栄華を極めようが墓前で賛辞を贈られようが そこまでだ。 極悪リストにエントリーされた途端地獄では想像を絶する罰が待ち受けている。避ける事はできない。
ランク1~3の比較的軽めの(それでもノーマルプランとは比べものにならない)罪人の中には生前犯した己の罪を心底後悔する者もいる。その場合は刑期が大幅に短縮され本当の意味で昇天できるのだが、数少ないのが魔弥矢には残念に思える。
こうして地獄では、地上では決して覗き見る事ができない阿鼻叫喚の世界が無限に広がっているのだ。
魔弥矢が死神になって一か月。
既に8211ケースを扱っていた。殆どがランク1~3の罪人である。
珍しくお迎えのなかったある日、魔弥矢は処刑場に出向いてみた。
阿鼻叫喚で埋め尽くされる処刑場も、審判と処刑のない日は静寂に包まれている。
気持ち悪い小鬼どももサイスも出番のない日は穴倉でひっそりしているに違いない。
魔弥矢は興味本位で七段上の 閻魔が座る鉄筋製の椅子の前に立ってみた。
立ってみて、椅子の前に水鏡があるのを発見した。 覗き込んでみるとグロテスクな
物体が蠢いて口々に何か叫んでいる。
魔弥矢には何と叫んでいるのか聞こえず、顔を近づけて耳を傾けたが やはり聞き取れず更に近づこうとした時、背後から襟首を掴まれ戻された。
一瞬だったが、水鏡の中から無数の手が伸びて魔弥矢の髪の毛を数本引っこ抜いていった。 「何をしている」 振り向かずともその声は閻魔と解る。
「お答えしろ」双子のグルコンが口調を揃えて言った。
魔弥矢は観念して恐る恐る振り向いた。 そして正直に答えた。
「今日はプランがなく手持ち無沙汰で、つい、足がここに向かってしまいました」
「水鏡を覗くと…」 そこまで言うと閻魔が右手を挙げて制した。
「噓はついていない、…よろしい、………その水鏡は、たとえ死神であろうが関わってはならん、理解したなら行ってよい」
魔弥矢は跪いて一礼し その場を立ち去った。
畏れ多い閻魔大王をこんな至近距離で見るのは初めてである。
だが、至近距離で対面できた事で長い間燻っていた疑問も解決した。
素っ裸だと思っていた閻魔は裸ではなかった。 首から上以外オールタイツだった。
一応 布一枚は身に付けていたのだ。
この世界は人間界と違い雌雄両性であるから そもそも性別と云う概念がない。
星の王子様の様に見えた五柱も もしかしたら王女のつもりだったかも知れない。
かく言う自分はどっちだ? 今は魔弥矢をドロ人形と呼ぶ柱は皆無だが、魔弥矢の
姿かたちは変わっていない。 相変わらず泥色の羽織ものに薄汚れた布を指に巻き付けている。
だが魔弥矢は これが自分に相応しいと思っているから気にしない。
何せ―――元々はバグだからね
プログラマー @0074889
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