第6話

第 五夜

いつの間にか四柱と魔弥矢はサイスと小鬼の大群に囲まれていた。

尤も、四柱にとってはサイスも小鬼も取るに足らない雑魚に違いないが

問題はこの雑魚の後方に控えている閻魔大王の影がやたらチラつく事である。

幻浄がやっとのこと二柱を引き離して大王に言った。

「大王様、この者たちは只今メンテナンスの最中でございました。どうやら

麒麟慈も壱丹も申し分ない……」「たわけ‼」 幻浄の言い訳は、大王の一喝で幻浄ごと弾き飛ばされ麒麟慈と壱丹は大王の金棒で激しく打ちのめされた。

途端に小鬼どもがサイスの背後に隠れて笑い出した。やがてそれは、木枯らしが吹き荒れる旋律に変わり、魔弥矢は途轍もなく寂しい気分に落ち込み先程までのワクワクしていた興奮もすっかり冷めきってしまった。

サイスは…どのサイスも微動だにせず残酷無比な表情で 明らかにダメージを負った

麒麟慈と壱丹を見下ろすばかりである。大王の命が下れば相手が死神であろうが鎌を振るうのがサイスの役目だから臨戦態勢かもしれない。

そして、ここでもやはり死神以外、大王でさえ魔弥矢の姿が見えていない事実も知った。何故だ? 自分は媒体の中でなら小鬼ともサイスともバトルを繰り返している。

媒体以外でも四柱とは会話ができるし触れる事も出来ると云うのに、何故 大王には見えないのか……


「タブーを何と心得る?」と、大王がぐしゃぐしゃに破壊された麒麟慈と壱丹に尋ねた。「お応えしろ」戻った幻浄が壱丹に声を掛けた。 壱丹は砕けた骨をバキバキ言わせながら応えた。 「先程 幻浄が申した通り単なるメンテナンスの一環でございます」 壱丹は大王に説明しながらも砕けた骨を調整し続けて最後に、左に傾いた首を「バキン」と、大きな音を立てて元に戻した。

麒麟慈も態勢を戻しながら壱丹と同じ言い訳で通したが、首を定位置に戻す際 首を180度ぐるりと回し魔弥矢を見据えた。魔弥矢は麒麟慈の白濁した眼孔に圧倒されゾッとした。  「不知火に言いたい事でもあるのか?」魔弥矢の姿が見えない大王は魔弥矢の前に立つ不知火に問うた。 「いい機会だ、不知火 お前の心得も聴いておきたい」 不知火は無言で頷き魔弥矢から離れ大王の足元に跪いた。

麒麟慈の首も元の鞘に収まり四柱揃い踏みで心得を謳い上げ始める。

これが長い長い……

延々と続く後半にやっと、壱丹が言った第135章84条の3項「deathラインに載っていない人間の生命を毀損してはならない」と云う文言が出てくるが殆ど末文扱いである。


「よろしい、いま一度肝に銘じよ。以後、私を煩わせるな」 大王は四柱一人一人に

鋭く、いちいち念を押す様に視線を絡めるとスッと消えた。

続いてサイスと小鬼の大群も後を追うように姿を消したが、どれもこれも、特にサイスは落胆の色を隠そうともせず立ち去った。

魔弥矢はどうしても確かめたかった。一番最初に出会ったのは麒麟慈だから できれば麒麟慈に訊くのが近道だが、先程の白濁した麒麟慈の眼孔を見てしまった後では敷居が高過ぎた。だからと云って壱丹や不知火では納得した答えが出そうもない。

そこで魔弥矢は 四柱の中でも穏健派系と思われる幻浄に尋ねてみる事にした。

幻浄とて死神なんだからどうなんだ?と思うが 今はともかく麒麟慈は怖い……

180度首を回すなよ、悪魔祓いじゃないんだからさ……と云うのが本音だが。


「大王は何故私が見えない?理由が知りたい」

魔弥矢は幻浄に話しかける態で三柱の耳にも届く様に大声で言った。

するとすぐに舌打ちが聞こえてきた。 多分麒麟慈と思われたが魔弥矢は聞こえなかったふりをして 今度は幻浄の目を見て同じ問いかけを繰り返した。

だが、幻浄は一瞬魔弥矢に目をくれただけでそそくさと離れて行ってしまった。

チェッ!幻浄もやっぱりケチな死神かい!と、魔弥矢は内心不貞腐れたが 表面上は神妙な顔を崩さず 「だれか、…教えてください」と頭を下げた。

しかし、誰からの反応もなく魔弥矢は次第に心細くなっていった。

そんな魔弥矢の感情の起伏など全く意に介せず麒麟慈の「次のプラン行くぞ」と云う

一言で四柱の姿は魔弥矢の視界から消えた。

あからさまに無視された魔弥矢は腹を立てたが 全く、完璧に無視された負の感情は次第に哀しみに変わっていき これまで味わった事のない孤独感で覆いつくされていった。





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