第5話
第 四夜
大王は自分が見えていなかった。
大王だけじゃない、誰もが魔弥矢の存在に気付いていなかった。
麒麟慈は大勢の小鬼に引きずられてきた様に見えたが そうではなくて
麒麟慈が小鬼を引きずって来たのかもしれない。建前上 小鬼は「大王の命に従って」たっぷり血を吸った処刑場の床に麒麟慈を叩き付けたのだろう。
大王の前に麒麟慈を差し出した後 小鬼どもが我先と争う様に大王の後ろに隠れたのがいい証拠だ、と魔弥矢は考えた。
それにしても……と、魔弥矢は麒麟慈と不知火を交互に見やりながら思った。
二人とも、 ―――いや、一応神だから二柱?―――
どちらも死神の雰囲気が感じられない。それどころか どこぞの星の王子様と云ってもいいくらいの出来栄えである。 だが、おそらく素顔は大王と似たり寄ったり…
いや、もっと恐ろしいフォルムかも……などと、能天気な事を想像していると怒号が響いた。
「戻れ‼ 不知火、プラン通りに進めるんだ」 麒麟慈が不知火に指示を出すと
不知火は 「プランって?プランって⁉」と、慌てて食い下がる魔弥矢の腕を掴むと空間に飛んだ。
人質となった媒体に戻された魔弥矢は これから起きるであろう大惨事に頭を抱えた。 自分はジャンプすれば取り敢えずは助かるが それ以外は成す術がない。
誰一人救う事はできない。
魔弥矢は何も出来ない自分が苦しかった。小鬼やサイスと闘っている時の様なアドレナリンも出てこない。実際、ジャンプを試みても失望と絶望に支配された魔弥矢の
移動は不調に終わるばかりで もはや出来る事と云えば媒体と共に滅びるか最後の最後まで抗うかしか道はない。
ハイジャックされた飛行機はある国に向かい この国の象徴である建物に突っ込んだ。犯人を含む乗員乗客全員死亡。 犯人側からの声明は一切なく、誰が、何の為に自爆テロを起こしたのか解明される事も叶わず 奇異で残酷な事件として歴史に刻まれる事になった。
「おいおい!どういうつもりだ⁉」 青筋を立てて怒る麒麟慈の顔はこの世のモノではないと魔弥矢は幻滅したが、すぐに、そりゃそうだと納得した。ここはこの世ではないのだ。
ビルに衝突する寸前に気を失っている魔弥矢を救い出したのは第三の死神である。
怒る麒麟慈に魔弥矢を連れ戻した死神はシレっと答えた。
「この人間はDeathラインに載ってない。Deathラインに載ってない以上殺す訳にはいかない。第百三十五章八百四十二条の三項に則り救い出したまでだ」
「いいか壱丹(イッタン)よく聞け!そいつは生身の人間じゃない‼」
「………そう、らしい、ですね。ですが、Deathラインに載ってない以上殺す訳にはいかない。第百三十五章……」
「ああああああああ!もういい‼お前に言われなくても分かっている‼」
怒り狂う麒麟慈の瞳から青い炎が立つと すかさず壱丹の口からも真っ赤な血煙が立ち上った。一触即発の事態に慌てたのは不知火ではなく、たまたま居合わせた
幻浄(ゲンジョウ)と云う死神である。死神同士が争うのは如何なる理由があろうとタブーである。
死神に順位の優劣はないが、力量の差によって極悪人担当とそれ以外に分けられている。今ここにいる四柱のうち麒麟慈だけが極悪人担当だが、一気に大量の死者が出たと云う事で今回は壱丹と幻浄が派遣されてきた。不知火はケースバイケースで行動している。
実は死神の殆どが壱丹、幻浄、不知火のタイプである。 麒麟慈タイプの方が極少数なのだ。そう云う事で、現時点ではDeathラインに載っていない魔弥矢に手を下す事はないがラインに載っていたら一切の容赦がない。
これこそが死神の真の掟である。
「壱丹!麒麟慈!頭を冷やせ‼」 幻浄が間に立ちはだかり二柱を制した。
不知火は離れたところで腕組みをしたまま傍観者然としている。
元々大柄な麒麟慈が天を衝く様な怪人に変異する一方で 元々小柄な壱丹は更に縮まり真っ赤な火の玉に変異した。
この光景を目の当たりにした魔弥矢は思いがけずワクワクしている自分に驚いた。
ローマを観ずしてナントヤラと云うが、今魔弥矢の目の前で始まろうとしている
ショーも滅多に見られるものではない。死神同士のバトルだ。見逃す手はない。
だが、魔弥矢がワクワクしながら不知火に近づくと突然情景が一変して 魔弥矢は
腰が抜けそうになった。
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