第3話

第二夜

魔弥矢は今 地の底にいる……らしい……。らしいとは、魔弥矢の目の前には世にも恐ろしいと恐れられている閻魔大王が鎮座して両側に例の鎌の怪人が控えているからだ。

なるほど、鎌の怪人は一人ではない事を知った魔弥矢だが、しかし、自分が何故閻魔大王の近くにいるのか意味が解らない。

そして、閻魔大王とは随分オールドなキャラクターだね、などと見当違いな思いで辺りを見回していた。地の底と云うだけあって天井らしきものは見当たらない。

足元はヌルヌルした湿地である。

そこへ、小鬼の大群が緑色をした髪の毛の人間を大王の前に引き摺ってきた。

小鬼がグリーンヘアーを地面に叩きつけると 飛沫がビチャっと嫌な音を立てて魔弥矢の顔にかかった。生臭い。魔弥矢が飛沫を拭うとそれは血の色で ここは処刑の場である事が解った。 だが、叩きつけられた本人は涼しい顔で跪き大王に深々と頭を下げた。鎌の怪人が鎌を一振りしドンと地に下ろすとグリーンヘアーは立ち上がった。  なるほど、これも此処のしきたりか… 魔弥矢は大王の表情を素早く盗み見た。 本来なら暗くて見える筈のない大王の姿がぼうっと浮かぶ。

大王が全身に纏っていたマントを取ると真っ裸だ!全体が赤黒い。額の真ん中に鋭い角が生えている。かなりのマッチョ体形でボデイビル大会なら間違いなく大スター。

などと、魔弥矢がくだらぬ想像を巡らせていると突然地響きが起きた。

大王の怒りが地底全体を揺るがしたのだ。地底の一部が崩落しだし、魔弥矢は下半身に力を溜めて転ばぬように踏ん張った。血塗れの地面に手をつくのはゴメンだ。

「怠け者め‼」 重低音で迫力ある大王の声が響いた。

「大王様、お言葉ですが私は怠けてなどおりません。首尾よくあの人間を此処へ引きずり込もうとした時に思わぬ邪魔が入ったのでございます」

「邪魔とは?」 「突然 何かがあの人間の身体に入り込んできたお陰で、アイツ、死ぬのを止めたんでございます」 「噓をつけ‼」大王のdeepbassが響くと又あちこちで崩落が起きて、大王の背後で一列に並んでいた先頭の小鬼が「キャッッッ‼」と叫んで尻餅をつくと将棋倒しの様にキレイに倒れていく。この有様を見て魔弥矢は吹き出してしまった。そして、小鬼も声が出せる事を知った。

それにしても……と、ひとしきり笑いこけた魔弥矢は我に返り自分の存在がない事実に驚いた。どういう事だろう…大王なら何でも見通す神通力があるはずだが…

「あの人間を生かしておく訳にはいかない」 大王とグリーンヘアーのやり取りは

まだ続いていた。

「麒麟慈(きりんじ)、もう一度チャンスを与えよう、一度だけだ。解ったら行け」

麒麟慈と呼ばれたグリーンヘアーは三歩下がって恭しく上半身を折った。

なるほど、グリーンヘアーは麒麟慈と云うのか…  しかし、麒麟慈が云った突然何かが入り込んできたと云う件(くだり)は身に覚えがあるような気が……

確かあの時、イルカの媒体からジャンプした時、男は死ぬ気満々だったのでかなり慌てた。折角ジャンプした先があと半歩で崖に飛び降りるって悪い冗談としか思えない。だが、考えてみればジャンプした先で何かにぶつかると云う体験はあの時が初めてだった。あれは麒麟慈だったのか……あの男が死ぬのを止めた事で何の不都合があるというのか。

考えているうち魔弥矢の意識は遠のき やがて何も見えなくなっていた。


千葉県 勝浦の民宿で、80代後半の老夫婦が飼っているニワトリ小屋の中で死体となって発見された。更に、勝手口ドアの前には3人の撲殺死体があった。5人共この民宿の家族である。勝手口で発見されたのは老夫婦の息子家族で 母親は幼児2人に覆い被さる様に絶命していた。

警察は行方をくらましている息子の足取りを追っていたが、事件から4日後 近くの山林で、首を鋭利な刃物で切られ喉仏を抜き取られた姿で発見された。

胸ポケットにプリントされた「民宿かるべ」の文字はドス黒い血にまみれていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る