第6話 お香の香り
僕はあそこにいるはずなのに、なんで空から自分を見下ろしているのだろうか。この視点になる度に思うが、この視点の意味がわからない。自分に不安を押し付けてくるばかりだ。この視点が大嫌い。勝手に切り替わるし、そして今は元に戻らない。
今の自分の状況、状態がわからない。
さらに彼らが近づいてくる。
逃げたいのに、逃げることができない。
どうすることもできない状況に頭が真っ白になる。彼らの瞳が笑っていた。もう目と鼻の先まで来ている。
これはもうダメだ…。もうどうすることもできない…。
ゆっくり目を閉じて、僕は死を受け入れた。
——目を閉じることができた。
恐る恐る目を開けると、あの家にいた。
空からの視点は消え、不安も恐怖も無くなって、体の血の巡りも緩やかになってきた。数秒前までは死を悟っていたのに、それが嘘だったかのように心が落ち着いている。この家では不思議に緊張が抜ける。
昨日と同じように、今日もお香の煙が部屋に充満していた。昨日とは違い、お香の香りは華やかな香りだ。明るく、気持ちがスッキリするような香り。
今思えば、なぜ自分があれほどまでに彼らや縮小感に恐れていたのかがわからない。
夢だと認識しているのに、なぜ「死」に恐怖を抱いてしまったのだろうか。不規則に揺れる暖炉の火に癒されながら、哲学的に考えていた。
「夢だと認識しているからじゃない?」
真後ろから優しい老婆の声が聞こえた。
昨日、聞いた声だ。
振り返るとさっきまでなかった揺り椅子に、揺られる誰かがいた。背を向けられていて顔は見えないが、おそらく家主だろう。
「この家の家主さんですか?」
「そうだよ」
「ここはどこですか?」
「それはもう、分かっているでしょ?」
「夢ですか…」
「逆に聞くよ?どうして君は、こんなところにいるの?」
「僕も、わかりません…」
「じゃあ、どうしてこの場所に居続けるの?」
「帰り方がわかりません…」
僕の質問に対して、丁寧に家主は返してくれる。家主も僕について色々聞いてくる。
家主の話を聞くと、僕がこの世界にいることが不思議だそうだ。
それにしてもこの人と話をしていると、なぜか心が穏やかになる。自然に涙も溢れる。
「どうして泣くの?」
「わかりません…」
「君は分からないことが多いんだね」
「すみません」
「じゃあ、一つ、君に教えてあげるよ」
家主さんの声が前のめりになった。
僕は涙を拭った。
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