あなたの「ざまぁ」お手伝い致します!

味噌野 魚

第1話



 人間、精霊、エルフ、獣人、ドワーフ、ドラゴン、魔女…多種多様の種族が手を取り合い生きているこの世界。北の地は雪に包まれ、西の地は雨に濡れ、南の地では沈まぬ太陽が地を照らし、東の地では花が踊る。

 そんな東の地にある王国の一つでは、「ざまぁ屋」と呼ばれる復讐代理業者が噂となっていた。


 「ざまぁ屋」

 それは、あなたの「ざまぁ」お手伝い致します! をキャッチコピーに、各国を渡り歩く旅人が旅代稼ぎのために営む正体不明、構成人数不明、活動内容不明の「ざまぁ」を手伝うこと以外は謎に包まれたお店。

 真実、ざまぁ屋に出会った人々に詳しい話を聞こうにも、皆そろって口をつぐんでしまうのだ。「あの人たちのことは教えられない」「話せない」と。


 全く正体が掴めない「ざまぁ屋」。だがしかし、その腕が確かであるということだけはわかっていた。なぜか? 口をつぐんでいた者たち皆が最後にはこう言うからだ。

 「私が言えることは一つだけ。彼女たちにざまぁできない者はいない」




 さて、雲一つない快晴の空の下、赤茶の屋根の小さなお店――噂の「ざまぁ屋」の戸を叩く者がいた。

 それはローブ深くかぶり顔を隠した少女と青年。少女は質素な服に身を包んでいたが、隠し切れない気品のせいで彼女が高貴な家の娘であることは明白であった。少女の後ろに控える青年もまた同様。


 「どうぞ、お入りください」


 おだやかな声が扉の向こうから聞こえた。

 少女はドアノブを掴み、ゴクリと生唾を飲み込む。彼女の不安な気持ちが伝わったのだろう。青年が安心させるように少女にうなずき、ドアノブを握る小さな手に自分の手を重ね、扉を開けた。

 

 「いらっしゃいませ」


 少女と青年を出迎えたのは、東の国ではあまり見ない黒髪の娘だった。

 カフェのような造りになっている茶色と白で統一された店内。カウンターテーブルの席に娘は紅茶の入ったカップを置く。年齢は少女と同じ、もしくは下だろうか。絶世の美女ではないが、男女問わず好かれそうなやさしい顔立ちをしていた。


 ほんとうに彼女が噂の「ざまぁ屋」なのかしら? 信じられず少女の眉は不安に下がる。

 それを見て悟ったのか、それともよくあることなのか、娘は少女を安心させるように笑いかけた。


 「私は復讐代理業者「ざまぁ屋」の店主、メルエムです。どうぞおかけください」


 メルエムはカウンター席に座るよう促した。少女は後ろに控える青年を見る。


 「お嬢様、彼女は嘘をついていません」

 「そ、そうよね」


 青年の言葉に背を押されたのか、少女は席に着いた瞬間に口を開いた。


 「い、依頼があってきたの。お願い…できるかしら」

 「はい、もちろんです」

 

 メルエムは真剣な、だけれども人を安心させる笑顔でうなずいた。

 その顔を見て少女はメルエムが信用に値すると判断したらしい。手を緊張に震わせながら身につけていたローブをぬいだ。明らかになったその顔を見てメルエムは驚く。

 

 「まあ! あなた様は第一王子様の婚約者であらせられる…」

 「王国騎士団長の娘、ソフィア・ラヴァネッロですわ」

 「ということは、ソフィア様がざまぁしたいお相手というのは」

 「お察しの通りです。私の婚約者である第一王子、リオーネ・アルバトロス。彼に復讐したいの」


 ソフィアは涙ながらに語った。

 婚約者であるリオーネが幼いころから自分を嫌悪していたこと。それでも自分は彼を愛していたこと。この国のために、婚約者を支えるために、今まで勉学に励んできたこと。

 しかし最近学園に現れた聖女にリオーネが惚れたこと。自分が聖女に嫌がらせをしていると噂されていること。嫌がらせをしていないこと。誰も信じてくれないこと。自分が聖女を階段から突き落としたというデマが広まっていること。

 そして来週開かれる卒業パーティーで自分は王子に断罪されるという話をきいたこと。


 「私はもう、リオーネをっ…王子を愛してなどおりません。彼が聖女と添い遂げたいのであれば、婚約破棄も受け入れるつもりですっ。でも、でもっ、私はなにもしてないのにっ。私が悪者にされて、私だけが不幸になって、そんなの嫌なのっ」

 「お嬢様…」


 泣き崩れるソフィアを青年が抱きしめる。

 メルエムは俯き自身の顔を手で覆った。ソフィアの気持ちが痛いほどに伝わったのか、その体は震えている。


 「ソフィア様、ご安心ください! そのご依頼、「ざまぁ屋」がお引き受け致します!」


 顔をあげたメルエムが涙を流すソフィアの手を握り締める。やはりもらい泣きしたらしい。赤くなった目尻を下げてメルエムは笑う。


 「私たちがあなた様の願いを叶えてみせます! ざまぁするにふさわしい最高の舞台を整えます!」

 「お金ならいくらでも出すわっ。だから、どうか…」

 

 メルエムは力強くうなずいた。


 「お任せください。ソフィア様にしていただくことは一つだけ。復讐劇が終わった最後に、王子に「ざまぁ!」と言う、それだけです!」




////////☆


 王子リオーネが「ざまぁ」されたのは、1週間後の卒業パーティーのことだった。

 隣に立つ聖女を守るように抱きしめたリオーネ王子が、婚約者であるソフィアを憎々し気に睨み、


 「ソフィア! お前がここまで性根の腐った悪女だとは思わなかった! お前との婚約は破棄…」

 

 その言葉を放ったとき。

 

 「ちょーっと待ったー!!!」


 パーティー会場に響き渡ったのはかわいらしい女の子の声。

 その声と共に空から降ってきたのは、大量の新聞。その新聞はソフィアの手元に、リオーネ王子の顔にも落ちてきた。出席者全員が新聞を手に取った。

 

 「くそッ。なんだこれは…なッ!?」

 「これは…」


 その新聞に書かれていたのは、


 『リオーネ王子、嫌がる聖女にセクハラ!』

 『激写!リオーネ王子、隣国王女と密会!』

 『リオーネ王子は美食家! 食は食でもR18の方!』

 『リオーネ王子のハーレム計画。0~100まですべて女は俺のもの☆』

 『俺の女は俺の女。お前の女は俺の女? リオーネ王子に異議あり! 女にも選ぶ権利はある!』


 どれもこれもリオーネ王子の醜聞が記されたものだった。

 リオーネは存外クズだったらしい。ソフィアが不当な扱いを受けてきたことの他にも、新聞には学園の女子を食い物にしていたこと、城下に住む娘たちにも手を出していたこと、権力にものを言わせてその真実を隠ぺいしたことが書いてあった。

 そしてなにより、自分を敵視していると思っていた聖女もソフィアと同様に被害者であったことがわかった。


 ソフィアは驚いた。だってソフィアは自身の身の潔白を証明したくて、リオーネ王子をあっと言わせたくて「ざまぁ屋」に依頼しただけだったから。

 ここまでしてくれるなんて…


 「ざまぁ屋」でメルエムが自分に向けた力強い笑顔を思い出した。

 安心したのか、体の力がぬけて倒れそうになる。そんなソフィアを抱き留めてくれたのはかわいい義弟とツンデレな神官見習いだ。ありがとう。感謝の気持ちを込めて、ソフィアは2人の手を握り締めた。


 「なぜバレた!? いや、そんなことよりも! これはいったい誰の仕業だ! 許さないぞ!」


 その一方でリオーネ王子は怒りに顔を赤く染め叫んでいた。

 そうして彼が視界に捉えたのは自身の婚約者の姿。


 「ソフィアァァ! お前の仕業か!」

 「いえ、ソフィア様は依頼人の一人ではありますが、リオーネ王子を調べたのもこの新聞をつくったのも、今ばら撒いたのも私です」


 凛とした力強い少女の声はパーティー会場の入り口から聞こえた。

 そこにいたのはドレスコートに身を包んだメルエムだ。即現像で話題の魔法カメラを首からさげた彼女は、店で出会ったときと同じ笑顔を浮かべながら会場に入った。


 「貴様、何者だ!」

 「復讐代理業者、「ざまぁ屋」の店主、メルエムです」


 王子の元まで来たメルエムは美しいカーテシーをする。

 「ざまぁ屋」その言葉に会場がざわめく。その噂はリオーネ王子の耳にも入っていたようで、彼はいっそう顔を赤に染めた。


 「ざまぁ屋だと!? くそ、誰の依頼でこんなことをッ! 答えろ!!」

 「守秘義務がありますので、お答えできかねます。一つ言えることがあるとするならば、リオーネ王子、あなたはたくさんの女性から恨まれていますね☆」

 「は!?」


 眼を見開き固まるリオーネを無視し、メルエムは大きな声で言った。


 「それでは依頼者の皆さま! お客様にしていただくことは、一つだけです! せーっの!」


 ソフィアは口を開いた。ソフィアの近くにいた伯爵令嬢も、後ろにいた男爵令嬢も、給仕のメイドも全員が口を開いていた。


 「「「「「「「「ざまぁ!!!!!」」」」」」」


 この場にいた女性陣ほぼ全員の声が会場内に響き渡った。

 このことからリオーネ王子が新聞に書いてあったとおり、学園の女子全員に手を出したこと。そしてリオーネ王子を恨み憎んだ女子たちが「ざまぁ屋」に依頼したことがわかった。

 卒業パーティーにてあえて存在感を消していたこの国の王が、怒りこもった目で愚息をにらみつけたことは言わずともわかるだろう。


 「お、お前たちのような従順でない女、こちらから願いさげだ! ス、スウリ! お前は俺の味方だよな!?」


 リオーネ王子が縋り付いたのは聖女だ。

 聖女は憐みをもってリオーネ王子に笑いかけた。


 「人間の分際で僕に触れるな。汚らわしい」

 「へ?」


 そして縋り付くリオーネ王子を蹴り飛ばし壇上から下りる。

 人外とも言えるほどに美しい無口な聖女。そんな彼女の声は、誰がなんと言おうとも男だった。


 「お疲れ様で~す。王子様を骨抜きにしちゃうなんて、さすがシリウス君!」


 メルエムが聖女に向かって手を振れば、聖女――シリウスはウィッグを外しながら彼女の元へと向かう。


 「さすがだと? 僕を馬鹿にしているのか? 僕は神が創り上げた最高傑作にして過ち。愚かな人間の男など1秒で僕の虜だ」

 「ようするに王子様はチョロかったってことですね!」

 「チョロッ!? いや、そんなことよりも、スウリが男!? 俺を騙していたのか!?」


 よほどショックだったのか、リオーネ王子の瞳は少し潤んでいた。

 メルエムもその顔を見てはなにか思うところがあったようだ。バッと顔を手で覆い隠し、震える声で彼女は語る。


 「は、はい。リオーネ王子の依頼を受けたその日のうちに、シリウス君には内部からリオーネ王子を探っていただこうと思って…聖女として学園に潜入してもらいました」


 リオーネ王子が聖女と出会ったのは4か月も前のことだ。


 「そんな…スウリが俺を騙し、しかも男……」

 「おい、メル。今回は給金をはずめ。僕はこの男に唇を奪われた。ほんとうにゾッとした」

 「やめろォォオオオ!」


 同性にキスされたシリウスの話を聞いたからか、はたまた女装した男に惚れてキスまでしてしまったという醜聞をみんなの前でばらされたリオーネ王子の叫びを聞いたからか、メルエムはさらに顔を手で覆い震えた。


 「シリウス君っ。今回はターゲットを殺さなかったんですね。がっ、頑張りましたね!」

 

 いや、そこ!? と会場にいた全員が思った。そして笑った。リオーネ王子の被害者の女性陣、もちろんソフィアも笑った。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。リオーネ王子の情けない姿を見ては溜飲も下がるというもの。私たちの復讐はこれで果たされた。満足だった。あとは最後に…


 「リオーネ王子」

 「ソフィア…」


 ひざまずき屈辱に震えるリオーネ王子の元に来たのは婚約者のソフィアだった。

 口うるさい、憎い憎い女。だけどいつも自分の隣にいてくれた少女。彼女なら俺を許してくれる。受け入れてくれる。

 リオーネ王子はソフィアに手を伸ばした。が、笑顔のソフィアにその手を振り払われた。


 「リオーネ王子、まさかあなたがここまでのクズ男だとは思いもしませんでしたわ。先ほどあなたが言いかけた言葉、私の方から言わせてください。あなたとの婚約は破棄…」

 「ちょーっと待った!!!!」


 その言葉に、その声に、シーンと静まり返った会場。

 デジャブだった。


 その声が聞こえたと同時に空から降ってくるたくさんの新聞。

 デジャブだった。


 その新聞はソフィアの手に、リオーネ王子の顔面に、みんなの手に渡る。

 デジャブだった。


 ただ一つ違うことは、その新聞の内容が…


 『王子の婚約者ソフィア。またの名をクソビッチ!』

 『自作自演! 聖女はいじめていません、真実です! でもソフィアが聖女をいじめてるって噂を流したのは、わ・た・し☆』

 『リオーネ王子超馬鹿! 嫌悪している婚約者の手の上で転がされまくってますけど(笑)』

 『かわいそうな私に同情して! 健気な私に惚れて! LOVE男!』

 『イケメンはすべて私のもの! 逆ハーレムだぁいすき』


 ソフィアであるということくらい。


 新聞には、ソフィアが聖女と婚約者である第一王子にはめられたをして、義弟や神官見習い、身目の整った男たちに助けを求め、ソウイウ関係に至ったこと。城下に住む美男子にも手を出し、反抗しようものなら権力を使って黙らせたこと。男遊びを楽しんでいたこと。最近のお気に入りは美しい護衛騎士であることが記されていた。

 リオーネ王子のときと同様、ご丁寧に写真までのせてある。


 ソフィアを守るように立っていた義弟や神官見習いが驚きに彼女を見る。彼女の足元に座り込んでいたリオーネ王子も怒りに顔を赤く染めソフィアをにらんだ。


 「ソフィア、これは…!?」

 「う、嘘だよな!?」

 「え…2人とも? まさか私を疑っているの…? ひどいっ」

 「おいソフィア! これはどういうことだ! 真実なのか!? お前、最低なやつだな!」

 「……。」


 リオーネ王子に言われたくはない台詞だった。演技も忘れてソフィアは王子を睨んだ。そして気づいた。


 「…そういうことね」

 「おい! なにがそういうことねだ! ソフィア!」


 女々しくもリオーネ王子が抱きしめている金髪のウィッグ。それを見て彼女は気づいたのだ。

 女装してリオーネ王子を騙していた聖女がウィッグをはずしたその顔が、最近自分付きの護衛騎士となった身目麗しい青年と同じであるということに。

 ソフィアの持っていた新聞がぐしゃりと音を立てて握りつぶされた。


 「それでは依頼者の皆さま! お客様にしていただくことは、一つだけです! せーっの!」


 つい先ほど聞いた言葉。あのときはこの掛け声に合わせてソフィアも口を開いた。だが今のソフィアは屈辱に震えながらその口を閉じる。


 「「「「「「「「ざまぁ!!!」」」」」」」


 多くはないけれど少なくもない女性の声。

 その声には聞き覚えがあった。義弟の婚約者や騎士の婚約者たちの声だ。

 くそっ、くそっ、くそっ。ソフィアは心の中で悪態をつく。だがしかし彼女はリオーネ王子のような馬鹿ではない。真実を言い当てられたところで、「ざまぁ」されたところで逆上しない。


 最後に勝つのはこの私よ!

 ソフィアは自身の顔を手で覆った。


 「ひどい! 冤罪よ! この新聞に書いてあることはすべて嘘! 私こんなことしていな…」

 「もぅ…無理、です。うふ、うふふふふふ!」


 しかし涙混じりのソフィアの声は、すぐ近くで聞こえた笑い声にかき消された。

 シンと静まり返った会場に響く笑い声。堪えきれないとばかりに笑っていたのはメルエムだった。


 出会ったときのやさしげな様子はどこへやら。

 覆っていた手が外れたメルエムは恍惚にその頬を赤らめ、快感に瞳は蕩け妖艶な美しさに溢れていた。

 見てはいけないものを見てしまった。ついそんな錯覚をしてしまい、リオーネ王子もソフィアもこの会場にいる者全員が顔を赤くしメルエムから目をそらす。

 が、

 

 「あぁ、もう我慢できません」

 「うわ!」

 「きゃぁ!」


 メルエムはリオーネ王子とソフィアに抱き付き、叫んだ。



 「あなたたちどんだけクズなんですかー!! 大っ好きです!!!!」



 ちゅっちゅっと頬にキスをされて、リオーネ王子もソフィアも青ざめる。

 一方でメルエムの相棒のシリウスは、いつものが始まったなとその様子を静観していた。

 

 メルエムは普段は常識人だ。だがしかし大好きなものを前にするとその枷が外れる。

 彼女が大好きなもの。それは「クズ」

 彼女は「クズ」を心の底から愛していた。


 メルエムにとってクズは麻薬と同等いやそれ以上。

 クズがこの世に存在するからメルエムは生きることができる。男女問わず、プライドエベレスト級や高圧的が限界突破なクソ人間…etcが屈辱に震える姿、今の地位を奪われんと足掻く哀れな姿、あとふつうにクズが大好きだった。


 「まず、リオーネ王子ぃ。もうもう馬鹿! 足跡残りまくりダゾ! 調査クソチョロ、写真撮り放題で超つまらなかったです! だけどそんなところも好き! バカわいい!」

 「は、はあ!?」

 「ああ、私リオーネ王子のこの台詞好きです。この俺をその瞳に映すことを許してやる。アハハ! 気持ち悪いですよぉ。それを言って許されるのはうちのシリウス君だけですからね!」

 「なっ、やめ!」

 「シリウス君と言えばぁ、聖女にこう言ったそうですね。俺にふさわしい女はこの世界にただ一人、お前だけだ。ドヤ~って!」

 「やめろォォオオオオ!」

 「その自信はいったいどこからやってくるんですか!? というか俺にふさわしい女が一人だけなら、他の女性に手を出しちゃダメでしょう~! もうクズすぎて愛しさが溢れるぅ」

 

 まだまだありますよ~とメルエムはリオーネ王子をフルボッコ。メルエムとしては、リオーネ王子を攻撃しているつもりはなく、ただ愛の告白をしただけだったのだが、これがなかなか他人には理解されない。

 「やめてください、もう王子は罪を償いました!」リオーネ王子を抱きしめ泣き叫ぶ騎士たちのおかげで、ようやくリオーネ王子はメルエムから解放された。しかし彼は反応がない。まるで屍のようだ。


 会場が静寂とリオーネ王子への同情で包まれる中、メルエムがぐるんと首を回して次にロックオンしたのは青ざめ震えるソフィアだ。


 「ソフィア様ぁ~! 私と結婚して下さぁい! きゃっ。言っちゃった! 恥ずかしいぃ」

 「イヤァアアア!」


 演技も忘れてソフィアはメルエムを拒絶する。駆け寄ってくるメルエムをちぎっては投げ、ちぎっては投げと抗い続けるソフィア令嬢はさすが、王国騎士団長の娘といえよう。


 「忘れもしません。ソフィア様と初めて出会ったのは4か月前!」

 「1週間前でしょ!?」

 「いえ、4か月前。リオーネ王子の件と共にソフィア様に婚約者を奪われた令嬢たちからご依頼を受けて、私はソフィア様のストーカーを始めました。なので初めて出会ったのは4か月前です。もう、ソフィア様! ちゃんと覚えていてくださいよ!」

 「覚えてるわけないでしょ!!? 初耳よ!?」

 「だから私、1週間前にソフィア様が依頼人として私の店を訪ねてくださったとき、そのぅ…運命を感じちゃったんです! あぁーん、もう言わせないでくださいよぅ」

 「勝手に運命感じてんじゃないわよ! 身悶えするな! 気持ち悪い!」

 「それがソフィア様の本性ですか! 女優をやめたソフィア様の本性ですか! 高圧的なお嬢様、だぁいすきです!!」

 「なっ、女優だなんて、私は演技なんかしていないわ!!」

 「まさかまだ誤魔化せると思ってるんですか! 新聞ばらまかれて、今この場で本性丸出しブチギレしてるのに! バッカワイイ~!! あ、でも私、女優なソフィア様も大好きですよ! 義弟の胸になだれ込んで。心臓がどきどきうるさいね。これ、私とゆーくん、どっちの音かな? と頬を桃色に染める! もぅ、この演技派女優め!」

 「ヤメテェエエエ!」

 「無表情騎士を演じていたシリウス君にはこう言ってましたっけ。ソフィアがその顔を笑顔にしてあげる。ちゅっ。そしてキスされて照れたシリウス君(演技)を見て、失敗しちゃった。今度は笑顔にしてみせるんだから。と恥ずかしそうに笑う! かっわいいー! 愛してる! どこでそんな演技を覚えてきたんですか! おのれは女優養成学校主席かァ!」

 「もう嫌ァアアア!」


 まだまだありますよ~とメルエムはソフィアをフルボッコ。メルエムとしては、リオーネ王子の時と同様にソフィアを攻撃しているつもりはなく、ただ愛の告白をしただけだったのだが、またも他人には理解されない。

 「やめてください、もうソフィア様は罪を償いました!」ソフィアを抱きしめ泣き叫ぶ令嬢たち(彼女たちは依頼人だったはずでは?)のおかげで、ようやくソフィアはメルエムから解放された。しかし彼女は反応がない。まるで屍のようだ。


 ともかくとして、2人の断罪が終わったところで会場はようやく安堵につつまれた。リオーネ王子やソフィアへの怒りよりも同情の方が勝ったがゆえの空気感だった。

 

 しかしそれをぶち壊すのが、まだまだ興奮おさまらないメルエムだ。

 ぐるんと首をまわしてメルエムは卒業パーティー出席者たちを笑顔で見る。シリウス以外の全員が一歩二歩…十歩くらい後退した。


 「みなさん! ざまぁしたい方はいませんか! 店主の機嫌がいいので、今なら特別価格でお引き受けいたしますよ! ご安心ください! 証拠はもう掴んであります! どんな方のざまぁでもお引き受けいたします!!」


 メルエムが笑顔でぽんぽん叩くのは、自身の首にかけていた即現像で話題の魔法カメラだ。そう、即現像なのだ。そして彼女は今、証拠はもう掴んでいると言った。さらに、どんな方のざまぁも引き受けると。

 つまりメルエムはこの会場にいる者達全員の醜聞を手に入れていた。

 そのことを理解した者達は一気に青ざめた。そして彼らは皆、「ざまぁ屋」の噂話を思い出していた。



 ≪全く正体が掴めない「ざまぁ屋」。だがしかし、その腕が確かであるということだけはわかっていた。なぜか?口をつぐんでいた者たち皆が最後にはこう言うからだ。

 「私が言えることは一つだけ。彼女たちにざまぁできない者はいない」≫



 それは言葉の通り。彼女は自分たちの醜聞を掴んでいるから。



 ≪ざまぁ屋に出会った人々に詳しい話を聞こうにも、皆そろって口をつぐんでしまうのだ。「あの人たちのことは教えられない」「話せない」と。≫



 それは自分が弱み醜聞を握られているから。「ざまぁ屋」の情報漏らしたと彼女たちに知られたとき、自分がどんな目に合うかわからないから語らない。口をつぐむ。



 ≪あなたの「ざまぁ」お手伝い致します! をキャッチコピーに、各国を渡り歩く旅人が旅代稼ぎのために営む、正体不明、構成人数不明、活動内容不明の「ざまぁ」を手伝うこと以外は謎に包まれたお店。≫



 なぜ各国を渡り歩いているのか。それは…


 「ひ、ひひひひっ捕らえろ! ざまぁ屋を逃がすな!!」


 王様の醜聞さえも掴んでしまうから。

 追われる身となりその国に留まることが不可能となるから。


 「きゃー! シリウス君、またです! また王様が怒っています! なぜですか!?」

 「メル、そんなこともわからないのか? あれは僕の美しさに嫉妬しているんだ。醜い……」

 「それは少し有り得ますけど、きっと違いますよ! とりあえず逃げましょう!」

 「ああ」

 「それでは皆様、今後とも「ざまぁ屋」を御贔屓に~」


 メルエムとシリウスは行く手を阻む騎士たちを躱し、会場を出て行った。

 会場にいた全員が思った。今後もくそもない。絶対、贔屓にしないと。


 これから始まるは「ざまぁ屋」を営む、”三度の飯よりクズが好き”と”鏡よ鏡、世界で一番美しいのはこの僕だよね知ってる”の物語。




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