第9話 繁栄する者たち

やがてこの星には、両生類から進化を重ねた爬虫類たちが姿を現した。強靭な鱗に覆われ、乾燥への適応に長けた彼らは、広大な陸地を闊歩し、ときには大河を渡りながら勢力を広げていく。もとはバラバラだった大陸が次第に集まって、一つの巨大な陸塊を形作ると、あちこちで多様な環境が生まれ、爬虫類たちにはまさに絶好の活動範囲が生まれたかに見えた。しかし運命は、そうそう穏やかには運ばなかった。


大陸がひとつにまとまるということは、大地内部の力学バランスにも大きな変化をもたらす。地下深くに滞留していたマグマが、火山帯を通じて巨大な規模で噴出しはじめたのだ。やがて山脈のごとく隆起した岩石群が押し上げられ、数え切れないほどの火山が絶え間なく噴煙を上げ、溶岩を流し続ける。まるで地獄の釜がいっせいに開いたかのような光景に、爬虫類たちは翻弄されていった。厚い鱗と足裏の構造を駆使しても、足元を焼き尽くす溶岩流の猛威には抗いきれない。世界各地が噴煙の暗雲に覆われ、昼の太陽は姿を消し、地表には灰と火山ガスが降り積もるばかり。大気の組成が変わり、気候も乱れ、かつてのように悠々と闊歩していた爬虫類たちの多くは行き場を失って命を落としていった。


「残念だな」


彼はその光景を静かに眺めながら、かすかな嘆息をもらした。爬虫類たちがもう少し安定した環境のもとで繁栄を続けていれば、きっとさらに興味深い多様性が花開いただろう。しかし、それもまた星の営み。大陸同士が衝突し、マグマが噴出し、環境が激変するのは、この星の長い歴史のなかでは何度も起こり得る運命だった。自分が神にも等しい力を持つからといって、全てを手出しして守るのは違う。生命が如何にそれを乗り越えるか――その行方こそが彼にとっての醍醐味であり、この星そのものの物語なのだから。


激烈を極めた火山活動は、やがてゆっくりと静まりを取り戻していく。空を覆っていた噴煙や灰が少しずつ降り積もり、大気はまた別の組成へ移行する。堆積した火山灰に埋まった大地に雨が降り、新たな土壌が形づくられていく。その頃には、すでに爬虫類の姿は全盛期に比べて大きく減少していたが、それでも生き延びた種や他の系統から分かれてきた生物たちは、その空いた生態的な隙間を求めるように繁栄を始めた。環境の激変は、多くの生きものにとって試練である一方で、別の生きものにとっては新たなチャンスとなり得る。彼はその法則を何度も見てきたが、今回も同じことが繰り返されるのだと感じた。


やがて、それまで目立たなかった恐竜と呼ばれるグループが息を吹き返し、地表を再び支配するようになっていった。時には体長数メートルを超える巨大な種類から、小型で素早い肉食性の者まで、多種多様な姿形が大地を埋め尽くす。後に鳥類へと連なる羽毛の原型を体にまとう恐竜さえも見られ、彼らは広大な森や草食動物が暮らす平原を跋扈した。見上げるような長い首を持つ大型草食恐竜が群れをなして移動し、腹の底から響くような鳴き声を轟かせる姿は壮観だった。その陰で、小型の肉食恐竜が獲物を追いかけるドラマも絶え間なく繰り広げられている。


「こんなにも大きく育つとはな……」


彼は巨大恐竜の群れを悠然と見渡しつつ、鳴き声や足音の振動に耳を澄ませる。大地に響く地鳴りめいた振動は、まるで生きものの鼓動そのものだ。かつて爬虫類たちの時代が終わりを告げたときには、もうこれ以上の繁栄は難しいかと思われたが、こうしてまた新たな主役が舞台を彩っている。


同じ時代に、鳥類が確かに出現し始めていた。羽毛や翼を持つ形態を得た者たちは、恐竜や小型爬虫類との中間のような身体から徐々に飛行能力を磨いていく。最初は滑空に近い動きで木々や崖を移動していたが、やがて羽ばたきの筋肉や骨格が発達し、空を自由に舞うに至る。青空の下をその軽やかなフォルムが横切るさまは、彼がかつて節足動物が飛翔を始めるのではないかと夢想したとき以上に、胸を高揚させた。大地を支配する巨大生物に対し、鳥類は空から見下ろし、餌を探し、そして危険を避ける。こうして生態系はさらに複雑に入り組んでいくのだろう。


また、哺乳類も少しずつ頭角を現し始めていた。恐竜の巨大さや鋭い爪牙の陰に隠れるように、体毛を蓄えて小柄な身体を暖めながら、夜間や狭い巣穴を主な活動領域にしていた種が次々と派生していく。両生類や爬虫類とは異なる内温動物の仕組みを身につけた彼らは、温度変化の激しい環境でも活動できるという強みを持つ。恐竜たちが火山活動の後の世界に適応を果たしたように、哺乳類たちはその夜の闇や小さな空間に生きる技術で次の機会を狙っているようにも見えた。時に捕食者として、時に餌として、その存在を織り交ぜながら多様な領域を開拓している。


「やはりこの星は面白い。絶えることなく可能性を拓いていく」


彼は息を呑むようにして、次々と生まれ変わる生態系を観察していた。陸上だけではない。海の中でもまた、捕食と被食の関係が新段階へと移行している。軟体動物の中には、厚い殻を強化した貝の仲間が次々と登場し、より大きな捕食者から身を守ろうとしている。一方、カニ類を含む甲殻類は、器用な鋏や顎を進化させ、強固な殻をも突破する力を手に入れつつあった。それを避けようとする軟体動物は巻き貝を発達させ、さらに硬く巻き込むような防御殻をつくり上げたり、内側に石灰質を重ねたりして対抗する。


「境界を越えた者たちほど、逞しいな」


そう実感するのは、陸と海、生物の形態や生活圏の境界を乗り越えた者こそが、ときに突飛な発明をし、それが新たな進化の潮流となるからだ。かつて海から陸へと移行した両生類や爬虫類、そしてまた海へ帰ったような爬虫類系統の水生生物もいる。節足動物の中にも、川や湖を住処にするもの、海に戻ったもの、空に飛び立ったものがいる。生存域の境界ではリスクも高いが、その分だけ外敵が少ない環境や新しい資源を得られる可能性が高くなる。そういった生き残りの戦略が、いつのまにか思いがけない多様性を生んでいくのだろう。


今この時代、恐竜、鳥類、哺乳類のグループが陸を所狭しと動き回り、海でも節足動物や軟体動物、魚類が新たな捕食・被食の輪を拡大している。川や湖では両生類の仲間がさらに種類を増やし、ときには哺乳類や鳥類の一部が水辺に特化した形で生活を始める種類も出てきている。かつての大陸再編と火山の猛威による大量絶滅を経ても、なおこうして地球の上に生命の洪水のような多様性が広がる様子を、彼はただただ感嘆の面持ちで見つめるばかりだった。


「恐竜も、鳥も、哺乳類も、節足動物や軟体動物も――みんな逞しくて、なんて素敵なんだろう」


一見すると、お互いが食い合う厳しい世界に見えるかもしれないが、そこには生態系の均衡と、限りない進化の可能性が宿っている。生命はどの時代でも、思いもよらない方法で環境の変化に順応し、新しい形を獲得する。大陸移動、海進と海退、火山の大噴火、気候変動――どれだけ試練が襲おうとも、そこに柔軟に対応できる者がいれば、その者の子孫がまた次の時代を切り拓いていく。彼はその流れを見ているだけで胸の奥が温かくなると同時に、「まさにこれが世界の姿なのだろう」と深く納得していた。


かつて爬虫類たちが絶えかけて、いま恐竜が隆盛を誇っているこの星。まだまだ大陸は動いているし、気候も安定しているわけではない。しかし、境界を乗り越えた者たちの力強い足音や、殻を強化した軟体動物が海の底を這う姿を目にすれば、たとえ次の時代にまた大きな破局が訪れようとも、生命の炎は絶えないと確信できる。自分は神のような全能の力を持ちながらも、むやみに介入することを控えてただ見守る――それが、このドラマを見逃さないための最良の選択だと彼は思っていた。恐竜も、鳥も、哺乳類も、魚たちや貝たちも、いずれ訪れる未来でまた何を作り出すのか。その答えは、無限に続く物語の中に潜んでいるのだから。

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