聖歌騎士団

「はあ!?司祭様に会えない!?」


 ジルの声が、大聖堂前の広場に甲高く響いた。

 目の前には白亜の巨塔がそびえ立ち、幾重にも重なる尖塔と大きなアーチ門が空を切り取っている。石段の最上部に広がるこの場所は、下層の喧騒とは切り離されたように静まり返っていた。


「左様でございます。司祭様は長き水占みなうらに入られております、拝謁は叶いません」


「そこをなんとかならないか?こっちは治してもらいたい奴がいるんだ」


「そう言われましても……」


 食い下がるジルにシスターは困惑した表情を浮かべる。フタバがふと周囲を見渡すと、場所にそぐわない格好をしているのか、シスターや住人達がひそひそとこちらに視線を送っている。

 大聖堂前の広場。白と水色を基調とした清廉な衣装に身を包むシスターや落ち着いた色合いの外套を着た巡礼者や住人たち。

 その中で、自分たちの装いだけが明らかに浮いていた。それもそのはず、ジルの露出の激しい空賊の装いと病人を背負ったフタバの組み合わせ視線を集めるには十分すぎるものであった。


「一体なんの騒ぎですか?どうしたのです?」


「マザー……この方々が司祭様との拝謁を望んでおられまして……」


 騒ぎを聞きつけた中年のシスターが駆けつけ、事の経緯を聞き終えると軽く頷いた。マザーと呼ばれるこの女性はこの大聖堂の責任者かもしれない。


「なるほど、事情は分かりました。その背負われている方を司祭様の手で治して欲しいと」


「ああ、普通の医者じゃ手に負えないんだ」


「分かりました。ですが、司祭様は今は手が離せない状況です。代わりと言ってはなのですが、わたくしが診ましょう」


 マザーはそう告げると、踵を返し、石畳の上を静かに歩き出した。

 その背を追う形で、ジルとフタバは視線を交わし、黙って頷き合う。

 大聖堂の内部は、外観から想像する以上に複雑で、そして深かった。中央身廊は長く伸び、左右に無数の側廊が枝分かれしている。どの通路も直線ではなく、わずかに湾曲している。


 円形の大広間——礼拝堂を通り過ぎ、三人は奥へと進んでいく。突き当たりの部屋に入ると、そこはベットが立ち並ぶ真っ白な空間が現れた。


「さあ、そこに寝させてください。診療しましょう」


「おい、あんたは医者なのか?」


「いいえ、医者ではございません。ただ、少し医療魔法をかじっている程度でございます」


 レーベを寝台に横たわらせると、マザーは目を瞑り、何かを探るかのように頭から足先まで満遍なく手を翳し始める。側から見れば治療とは程遠く、辺りはシンと静まる。

 数分すると、マザーは目を開きフタバらを見やると


「彼ではない何者かの魔力が混じっているようですね。魔毒抜まどくぬきを行えば、少し改善するかもしれません」


「ま、魔毒抜き?」


「ええ。体の内から溢れるものは魔力も血と同じ。腐れたものは出さなければ、体調は好転致しません」


 聞き慣れない言葉に、フタバの声が裏返る。

 ジルも眉をひそめ、寝台の上のレーベとマザーを交互に見る。

 マザーは薬品が並んだ棚から透明な管、細い銀の針、水晶製の小瓶、そして淡く光る水袋を取り出した。


「魔毒抜きには時間を要します。その間に司祭様には私の方からこの子についての連絡を致しましょう」


「ああ、頼んだぜ。じゃ、うちらは行くとするか」


「あなた方はこの街の人間ではありませんね?それにミーミル教の信徒様でもないようですが……」


「用事が済んだら直ぐに出ていくさ。この街はすぎる。外部の人間には居心地が悪い」


「そのように感じられる方がいらっしゃるのも度々耳にします。ミーミル教の教えに従う者として悲しく想いますが、致し方ありません。ならばせめて、ゆっくりとお過ごしください」


 マザーは寝台の脇に戻り、点滴の流量を慎重に調整する。

 透明な液体が、一定の速度で管を伝い、レーベの腕へと流れ込んでいく。


 フタバらは大聖堂を後にすると、先ほど合唱していたシスター達と鉢合わせた。


「あなたは先ほどの……」


 フタバが一目見て心をときめかしたシスターがこちらに気付き、小走りで駆け寄ってきた。声かけられた瞬間、フタバの鼓動が一気に跳ね上がが、対照的にジルは眉間に皺を寄せた。


「大聖堂に何かご用でしたか?」


「えっと、ほんとは司祭様に会いたかったんだけど、マザー?って方が対応してくれて助かったよ」


「まあ、マザーにも会われたのですね。とても慈悲深いお方です。ぜひ司祭様にもお会いして欲しかったのですが……」


「お忙しいお方みたいですね!でもこの街に来れて感動しました!街の人も幸せそうだし、思ったより自然もあって」


「そう言って頂き、有り難いです。あなたのような明るい方がミーミル教を信仰してくれると嬉しい限りなのですが……」


「ぼ,僕なんかでよければ——」


 そう言いかけたタイミングでジルがフタバの脇腹を小突き、正気に戻される。鈍い痛みを堪える顔つきで断るとシスターは少し悲しそうな表情を浮かべた。


「そうですか……ちなみに何処からいらっしゃったのですか?」


「ちょっと話が長くなるんだけど、カルカモナ村ってとこから来たんだ」


 フタバは思い出すようにして,この旅が始まった最初の村について話し始めた。

 さすがに異世界から来たということは触れずに、今までの旅を自慢げに語りだすフタバ。普段ならはばかれることだが、好みのタイプの前ではそんなブレーキなど効くはずもなかった。


「カルカモナ村……ですか」


「そう、実はその村に巣喰っていた悪い奴がいてさ……俺がそいつをやっつけて村を救ったんだよ!」



 得意げに語るフタバの話を真剣に聞くシスター。しかし,ジルは少しの異変も見逃さなかった。

 フタバが自慢話を始めた頃から、シスター達の挙動がおかしくなっていた。さっきまでの様子とは打って変わり、各々耳打ちをしたり、辺りを確認したりと怪しい動きを始めている。

 ジルは召装輪アンローナに手を当て、静かに魔力を込める。だが、その警戒は——


「動かないことをおすすめします」


 一瞬の出来事だった。低く凛とした声色が響くや否や、ジルの首元に冷たい感触が触れる。

 レイピアのように細く、無駄のない刃。

 いつの間に抜かれたのか、気配すら感じさせなかった。

 視線だけ動かすと、フタバと会話していたシスターが表情を変えずに静かな殺意を含まれた刃をこちらに向けていた。

 気付けば、周囲のシスター達がフタバとジルを囲むようにして配置についていた。


「くそっ……遅れたかっ!」


「え……?これって、どういう……?」


 ジルが歯噛みするように吐き捨てた声に、フタバの思考が一拍遅れる。張り詰めた空気にもはや説明などいらず、明らかな敵対する行為である。


「カルカモナ村……そこはが気にかけていたおられた場所の一つです。しかし、襲撃で壊滅状態になったと報告が上がっています」


 リーダー格のシスターから告げられたのはカルカモナの村が壊滅的な被害に遭ったことであった。しかし、事実と異なるのはアラクネによら被害ではなく、によって壊滅させられたとシスターは言った。


「ち、違う!俺らは村を……」


「罪人の言葉に耳を傾ける道理はございません。ご両名の身柄を拘束させて頂きます」


 フタバの言葉は無慈悲に断ち切られ、シスター達は身柄を拘束しようと一斉に動き始める。反論の余地などなく、逃げ道を塞がれてしまう。ジルはこの場を脱する算段を瞬時に思案するが、大聖堂前に野次馬が集まり事態は小競り合いでは済まない様子になった。

 ジルはしずかに召装輪から手を離した。


「フタバ、大人しく言う通りにしよう」


「……わかったよ」


 フタバのその返事を合図に、シスターたちが距離を詰める。

 シスターが小さく詠唱を唱えると、宙に湧き出た澄んだ水が光を帯びて流線を描き、フタバとジルの手首と絡みついた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ——聖歌騎士団。ミーミル教のシスターだけで結成された自治部隊。表向きは祈りと歌を捧げる修道会の一部として知られており、ミーミル信徒からは羨望の眼差しを向けられる存在である。

 しかし、実態はミーミル教の汚れ仕事を担う影の実行部隊。武力制圧も厭わない血の涙もない集団。


「そんな奴らの前で得意げに何語ってんだか」


「……なら事前に言っておいてくれよ」


「聖歌騎士団の件は噂だったんだよ。それにアックスがカルカモナ村に関わっていたがミーミル教なら、面倒なことになるって示唆してたんだよ。……まあ、これで真実になった訳だけど」


「で、どうするんだよ?こんな所に捕まってちゃ、アックス達と連絡取れないだろ」


 大聖堂の地下深く。

 地上の荘厳さや清浄さとは切り離された、冷たい空気が澱む場所。

 石造りの牢獄は水気を含んでおり、壁や床には薄く湿り気が残っている。

 松明の代わりに灯るのは、淡い水色の魔光灯。揺らぎはなく、影すら均一に伸ばす人工的な光だった。

 見張りはいないが、手元の拘束具は未だフタバとジルの自由を奪っている。拘束具には術者の魔力を制限する役目もあるのか、上手く魔力を循環出来ないでいた。

 外との通信手段もなく、通信魔法も発動できない。つまり、この状況を外にいるアックス達に伝える術がないのだ。


「まあ、安心しろ。今頃、”案内人”と落ち合っててるはずだ。手筈通りなら二日後に正門で合流することになっている。そうなりゃ、嫌でもこっちの異変には気付くさ。」


 そう言い、ジルは肩の力を抜いて牢獄の隅に粗雑に置かれたベッドに寝転んだ。腕を頭の後ろに回し、まるで宿屋の一室にでもいるかのような態度だ。木枠に薄い寝台布を張っただけの代物で軋む音は冷たい地下に響く。


「こんなの貰ったから良い人だと思ったんだねどな〜」


「てか、それなんだよ?」


「たしかに……これは何の意味があるんだ?」


 フタバはシスターから貰った水滴の形を模した首飾りを魔光灯に照らしながら、優しかったシスターの顔を思い浮かべているのだった。

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