祈りの詩と妖精の騎士

聖都イズペア

 低く唸る魔力炉の振動が床越しに伝わり、規則正しい鼓動のように船体を揺らしている。雲海を掻き分けて進む飛空挺の窓外では白い雲がゆっくりと流れ去る。時折、濃い霧が視界を覆い隠すが、船体を取り巻く魔導障壁がそれを煙のように弾き飛ばした。

 外板を打つ風と魔力の反発音を交え、まるで巨大な生き物が空を泳いでいるかのようだった。


 ブリッジの前方窓は広く、曲面の魔導水晶板のガラス越しに広がる景色は壮大であり、両側には航路を示す光の筋が並走していた。上空の魔力の流れや風圧、空気密度までも自動的に読み取り、進行方向に応じて形を変える半透明の光路だ。

 キルギスの街を出た無空の蛇ヨルムンガンドのメンバーは戦闘の傷を癒すかのように飛空挺に帰還すると泥のように眠った。

 船内で待機していたレインの話によると、現実世界での時間の進みは一日しか経っておらず、繰り返した一日は影響していないことが分かった。


 翌日、船内放送によりアックスからブリッジに召集がかかり、一日ぶりに顔を合わせることとなった。

 まだ完全に疲労の抜けきらない身体を引きずりながら、各々が椅子に腰を下ろすと、アックスは開口一番に眉をひそめた。


「で、なんでお前はまだこの船に乗っているんだ?」


「約束したからな、レーベを無事に聖都イズペアに送り届けるって」


「お前が約束しなくてもハナからそこは目的地なんだよ」


「なら俺が行っても問題ないだろ」


 顔を合わせるなり、フタバとアックスは言い争いを繰り広げていた。まるで長年の宿敵か、あるいは兄弟喧嘩かという勢いで、互いの声は開口すぐに火花を散らす。


 そんな二人を目で追いながら観察しているユーリはどこか微笑ましい様子であった。その横でジルは腕を組みながら呆れたように笑う。


「ははっ、元気じゃん二人とも。昨日まで死にかけてたとは思えないぜ。それにフー坊の作戦のおかげであの街を脱出することが出来たんだ、もう立派なうちのメンバーじゃねぇか!」


「だから頭削れるって!!」


 ジルが肩を組むように身を寄せ、からかうように笑った。胸元に力任せに抱き寄せられ、フタバは恥ずかしさから顔色を真っ赤に染め上げていた。


「ったく、とにかく今後の作戦を説明するぞ」


 アックスは椅子から腰を上げ、ブリッジ中央へと歩み出て、前方に航路が大きく映し出される。


「このまま東に進むと聖都イズペアに辿り着く。そこで星霊族の本拠地——ギンヌンガ•ガップまでの”案内人”と落ち合う」


「案内人?」


 フタバは突然会話に出てきた”案内人”という言葉にひっかかる。


「ギンヌンガ•ガップは広範囲の結界魔法で位置を隠されているんだ。うちらだけじゃ、その場所には辿り着くことさえ出来ない。その案内人とイズペアで会う約束なんだ」


「でもユーリが居るから案内人なんて居なくても」


「それは不可能よ」


 フタバの言葉に間髪入れずユーリが会話に割って入る。

 世界樹ユグドラシルの麓、始まりの地ギンヌンガ•ガップは広範囲高度結界魔法「迷いの霧エガルモン」で場所に辿り着くことはおろか、気付けばまったく違う場所に位置しているほどの撹乱魔法。

 星霊族といえど、簡単に突破できる結界魔法ではなく、術に精通している者が同行してなければ迷ってしまうという。


「まずイズペアで案内人と合流するんだが、こちらからはコンタクトが取れない。向こう側からの要望で第三者を通してからようやく案内人に会えるそうだ」


「かなり厳重だな。そんなに星霊族は心配性なのか」


「まあー、過去の歴史からすると警戒するわな。わざわざ合流地点を帝国軍の少ないイズペアを指定するあたり、あんまり信用してませんって言ってるようなもんだ」


「まずは案内人の指定した第三者と合流するのだが、一つ問題がある」


 アックスは少し苦い表情を浮かべると、魔導水晶板に実際のイズペアの外観と思われる映像が映し出された。


 聖都イズペア——山脈を削るように築かれた白石の城塞巨大都市であり、周囲三方を断崖状の山壁に囲まれている。唯一の出入り口である正門には広大な森を抜けないと辿り着けない地形だ。

 都市への侵入は難しくないものの、その地形ゆえに飛空挺での接近が難しい。


「案内人との接触は俺とユーリだけで行う。レインはニーズヘッグ号を隠しておいてくれ」


「はいはい」


「フー坊はうちと眠りのお坊ちゃんを医療施設に連れていく」


 ——レーベ。キルギスの街の異変にでその片翼を担った少年。トルチと共に突如として魔法が扱えるようになった稀有な存在。ユーリがいうには”扱う”というより、”引き金”としての役割をさせられていたらしい。


 街を出てから未だレーベは目を覚ましていない。元帝国の医療部隊出身のレインが付きっきり看病をしているが、意識は戻ってこない。心拍も良好、外傷はなく五体満足、目覚めるのことを阻害しているとすれば——


「まったく分からない。医者として不甲斐ない限りだ。よろしく頼むよ、少年」


「え、丸投げじゃないっすか」


「イズペアにはミーミル教と呼ばれる原初魔法主義の教団がある。そこの司祭様が”神の手”と呼ばれるほどのどんな病も治すことを出来るらしい。その者にコンタクトを取れれば、眠りの子は目を覚ますだろう」


「まっ、行ってみないことには分からないぜフー坊。そうと決まれば早速準備と行こうぜ」


 前方に映るイズペアの映像の景色が窓の外に広がり出す。ニーズヘッグ号は静かに降下を始め、その外殻を森の景色に馴染むように同化し始めた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 森を抜けた瞬間、一行は息を呑んだ。

 視界を覆い尽くしていた木々が途切れ、薄暗い緑の天井が開けると、世界そのものの色が変わったように思えた。

 山脈の切れ込みを埋めるように築かれた白石の城壁。その表面は磨かれた水盤のように滑らかだ。


 正門は巨大な弧を描き、ひとつの影が森へ向けて口を開いていた。ただそこにあるだけで、威圧と荘厳が入り混じった感覚が押し寄せてくる。


「……でけえ」


 想像以上のスケールにフタバは思わず声を漏らす。それは他の者たちも同様で、一同は誰に言われるまでもなく足を止めてしまう。

 門前には巡礼者や旅商人の列が続いており、見る見るうちにその列は内部へと飲み込まれていく。

 門を抜けた瞬間、眩い光が一行の足を止めた。

 壁外の薄暗い森とは対照的に、イズペア内部は白い石の反射に満ちていた。視界いっぱいに広がる建物、舗装された石畳、空へと伸びる尖塔。すべてが、山脈の腹をくり抜いた地形に合わせ、段階状に組み上げられている。


 市街地には清流の水路が走り、両脇に並ぶ市場には色とりどりの果実や香草が積まれている。旅人、修道士、兵士、市民が行き交い、遠方から訪れた者たちも自然と足を止めたくなるほど華やかで、活気に満ちた空気が漂う。


 アックスらと分かれたフタバとジルは物珍しそうに街を眺め歩く。レーベを背中に担ぎながら、フタバは道行く人達の表情を一瞥していた。


「城塞都市ってわりには随分活気があるんだな」


「城塞都市っても、昔の話だよ。国家が落ちぶれる前にミーミル教が乗っ取って、今の形を作ったって噂だ。まあ、奴らはそれを革命なんて言ってるけどな」


 通り過ぎる人々がやけに笑顔を浮かべていることにフタバは少しだけ不安を感じていた。魔工学を否定するミーミル教が統治する都市と聞いていた手前、かなりの鎖国国家と予想していたが、思いの外に街の雰囲気は柔らかく、むしろ明るいと言ったほうが適切かもしれない。


 市場を抜けると、前方には大型のアーチ状の門があり、その内部は奥深く暗く輝いて神秘性を帯びている。

 左方には山肌に沿うように階段状の街並みが広がっており、建物は段丘のように幾重にも重なり合う。それぞれ異なる高さに並ぶ石造りの家々がまるで空へ向かってせり上がっていくように見えた。

 山肌には複数の中小の滝が流れ落ちていて、山の中にある都市ではあるが常に心地よい水音が響いている。


「とりあえず司祭様とやらに会うためにはあの一番上の大聖堂を目指すってことか」


「えー……めっちゃ遠いじゃないすか」


「トレーニングだよ、フー坊。さて、さっさと行きますか〜」


 二人の視線の先、左方の斜面に広がる階段状の街は、はるか頭上まで続いていた。キルギスの街をでもそうだったが、何故か目的地が長い階段の先にあることが多い。

 それにしても良く造られた街並みである。全てのバランスが見事に調整され、家屋と通路、水路と段差、光と影、そのどれもが深く計算され尽くした配置に思えた。


「綺麗な街だな〜。そりゃ魔工学を否定したくなる街並みだぜ」


「ちょ……姉さん……もう、足が……」


「なんだよ根性ないな〜!そこの広場で一旦休むか」


 都市の中腹まで来た頃、フタバの足が限界を迎える。ジルは呆れた表情を浮かべ、顎で示した先、少し開けた広場があった。

 大聖堂へ半分まで来たところで、人々で賑わうその広場はまるで休息と交流のために用意されたような場所だった。


 噴水の前には十名ほどのシスターらしき人達が歌を歌っていた。声は柔らかく澄みわたり、広場全体に染み込むように響き渡り、周囲の人達は思わず足を止めていた。

 白と水色の衣を身にまとい、頭には薄い布のヴェールをかぶっている彼女らはシスターというより、この都市の看板娘といった雰囲気である。


「か、か、かわいい!」


 フタバは背中にレーベを背負っていることを忘れたかのように興奮してしまう。現実世界に置いてけぼりになったオタク気質が蘇るかの如く息を吹き返す。


「なんだよ急に大声上げて?」


「いやいやいや! あれは反則ですよ! 可愛いにもほどがあるじゃないすか!あの衣装も声も設定も完璧すぎません!?まさにアイドルだ!」


「んあ?設定?ア、アイドル?」


 ジルの頭の中は知らない単語で埋め尽くされていた。だがフタバはそんなジルの反応など気にも留めず、目の前のシスターたちに釘付けである。ジルは諦めたのか噴水脇のベンチに腰掛けた。辺りを見渡し、賑わう人々の様子を横目に深くため息をつく。


「なんだか落ち着かない街だな……。さっさと用事を済ませてニーズヘッグ号に戻りたいぜ」


 数十分ほどシスターたちの歌は終わり、辺りで傾聴していた人々が列になって彼女たちに群がっていく。フタバもそれに吸い込まれるように列に並んでいく。背負ったレーベのことを忘れているのか、小刻みに上下に跳ねている。


 フタバは列の進みに合わせて前へ前へと歩み、ついにシスターたちの正面へと立った。フタバの心音が外に聞こえそうなほど体内で弾ませている。


「こんにちは、ミーミル教の信徒様ですか?」


「い、いえ!たまたま通りかかって……その、歌声が……素敵で!」


「ありがとうございます。我らの神のご加護がありますように」


 シスターは軽く微笑み、小さな首飾りをそっと差し出さす。

 鎖の先に吊るされているのは、透き通った蒼の石。水滴をそのまま固めたかのような形状で、内部には淡い光がゆらゆらと揺れていた。

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