幸先の悪いスタート
「それで有り金と所持品をどこの誰か分からないガキに奪われたと」
「ずみばぜん……」
「ちっ、100ルクスも渡したってのに」
ある広場の一角、悲しげに正座する男とそれを見下ろす目つきの悪い男という異質な構図が出来上がっていた。
跪いているのは先ほど怒号を上げながら窃盗犯の見知らぬ少年を追いかけたフタバである。執念で追い付いたものの、猛犬による介入で取り逃がしてしまい、挙げ句の果てにはズタボロの姿にまでされてしまった。
その哀れさからユーリとジルは気遣ってくれたが、アックスだけは冷たい視線を送っていた。
「災難だったなフー坊。まあ、この街で生きてくいい勉強になったじゃないか」
「えっ、俺ほんとにここで生活するの?」
「そりゃ、私たちに一緒に行動するのは危ねぇだろ〜。一応、帝国から指名手配くらってるしな」
「ですよね……」
フタバとて逃亡生活を望んでいるわけではない。平穏な暮らしを送りたいし、できれば元の世界にも戻りたい。
「アックス。ここを出るまでは面倒を見てあげてよ」
「おい、ユーリ。何でこいつのために」
「物資を運び込むのにも時間がかかるし、それに明日この町でお祭りがあるそうよ?見てみたい」
「……たくっ、ワガママなお嬢だぜ」
アックスは苛立ちげにユーリの言葉を飲んだ。どうやらユーリの言うことにはアックスでさえも頭が上がらないようだ。ユーリの助け舟に安堵の表情を浮かべるフタバであったが、その隙を見逃すほどアックスは簡単な男ではなかった。
「とにかく!”この街にいる間だ”!」
語気を強めるアックスは睨みを効かせ、ゴロツキのような足取りで街を進んでいく。肩で風を切るしぐさからかなり不服なのだろう。随分と嫌われてしまったフタバは苦い表情を浮かべることしか出来なかった。
しかし、ユーリのおかげでこの一団ともう少し行動することになったフタバは一先ず難を逃れる。
危うく見知らぬ街に一文無しのまま放り込まれるところであった。
「でもお嬢、この街のお祭りって何するんだ?」
「分からないわ。街の人達がしきりにお祭りだって口にしてるから、知っただけ」
「へ〜、まあお祭りで楽しくないことはないだろ!」
ジルはユーリの提案に早速乗り気な様子で声を上げる。アックスはそんな二人を無視して歩き出す。
確かに街全体が浮足立っているような活気に満ち触れている。そのおかげでまんまと強盗に遭ってしまうのだが、もはや泣寝入りするほかない。
しかし、フタバと一緒に行動しているこの三人。忘れがちだが帝国から指名手配で終われている身。そんな簡単に長居しても大丈夫なのだろうかと部外者ながらに不安に思ってしまう。
「はあ……安定が欲しい」
フタバのため息交じりの声はどうやら誰にも届いてはいなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その少年は先ほど盗んだくすんだ革の小袋とその他諸々を物色しながら石畳の通りを風のように駆けてゆく。随分としつこい相手であったが、あの厄介な猛犬には敵わなかったようだ。
少し急な石段を一段ずつ駆け上がっていく。この石段を登る度に面倒な所に建物を構えやがって、と少年は心の内に悪態をついていた。
ようやく石畳の丘を越えたとき、眼前に荘厳な建物が現れた。白い石で築かれた修道院風の建物。
この町の中では一番設備が整っている療養院である。つまりは町の中でも裕福な者しか通えないいけ好かない場所である。
そんな場所に場違いな服装の少年は最初の頃は居心地が悪かったが、今となっては気にすることもなくなった。
厚く切り出された白亜の石材で築かれ、雨風にも崩れぬ堅牢な造りに雨樋や欄干、門扉などは錬鉄細工で飾られ、薔薇や葡萄の彫刻が施されている。
「邪魔するぜ〜」
少年は雑に挨拶を済ませると、従事するシスター達も廊下を進み、最奥の部屋まで進む。そこに佇む厚く重たい木製の扉を少年はゆっくりと扉を開けた。
乾いた薬草の香りとツンと薬品の匂いが強くなるのを感じ、ここが病室なのだとはっきりと認識させてくる。
「よお、レーベ。今日も生きてるかー?」
「—やあ、トルチ。今日も来てくれたのかい」
トルチと呼ばれた少年の声にこの病室の主、レーベはのそりと上体を起こした。
トルチは、軋む扉を背でそっと閉めた。
小綺麗な空間にトルチの古びた服が異様に浮いてしまうが、今となってはもはや気にすることもない。
部屋の空気は外よりもさらに澱んでいて、窓のカーテンは締め切られ、薄暗く陰気な雰囲気が漂っていた。
そう言って笑うトルチの口元は、どこか引きつっていた。彼は足音を忍ばせて、いつもの椅子に腰を下ろす。
レーベは乾いた咳を一つ。手元の水差しに手を伸ばしたが、うまく力が入らず、指が震える。
すぐにトルチが立ち上がり、水を注いでやる。
「……いつもすまない」
「礼なんていい。どうせ俺が勝手に来てんだ。それに今日も戦利品があるんだぜ」
そう言ってトルチは得意げにくすねた代物を机の上に広げる。
「まさか……またやったのか?」
「いやいや、見てから言えって。中身が問題だ」
トルチは呆れた顔で苦言を呈するレーベを遮り、小袋の中身を乱雑に取り出した。そこには多くのルクス硬貨が入っており、部屋の蝋燭に照らされ、青白く光った。
「見ろよ、ルクス硬貨だ。しかもこんなに!見た目は地味な奴だったが、意外と持ってるもんだな」
トルチは嬉々として硬貨を指で弾いた。乾いた金属音が病室に響く。
「これで少しはレーベの治療費に充てられるだろ?」
「……受け取れないよ」
「固い奴だなー。明日は年に一回の町の繁栄を祝うお祭りだぜ?ご褒美ってことでいいじゃねぇか」
「違うんだ,トルチ。君に話しておかないといけないことがある」
神妙な面持ちを浮かべるレーベにトルチはいつもの軽口を叩くのを止めた。何故かは分からないが、これから良くない話が始まるのだと心のどこかで感じ取ったからである。
「医者に言われた。”これ以上この街では治療できない”って。」
「はあ?なんだそれ……金ならいくらでも集められるだろうが!」
「お金の問題じゃないんだ。俺の問題なんだよ」
「……どういうことだよ」
「この療養院だとこれ以上の治療は意味がないそうだ。俺だって少しずつ体力が落ちているのも気付いてた。それならもっと医療設備が整っている大きな街に行くのが俺のためだってな」
「んだよそれ……!医者が諦めるってのかよ!?」
「別に見捨てられた訳じゃないさ。ここじゃ治しきれないってだけだよ。それにさっき両親から聖都イズペアに行く手配が整ったって言われたよ」
「聖都イズペア……」
聖都イズペア—山脈を削るように築かれた白石の城塞巨大都市であり、魔工学を否定するミーミル協会が統治する街でもある。
トルチ達が住むこんな街より技術が発展した街であるそこなら、今より充分な治療が受けられるのも納得がいく。
しかし、そんなことよりもトルチが引っかかっていることがあった。
「—もう会えないってことかよ」
「そうだね。ここからかなり東にある街だ。そう簡単には帰って来れないかもね」
淡々と告げるレーベにトルチは怒りさえ覚えた。押し殺すように服の裾を握り締める。レーベに悟られないように窓の方へと歩き、乱暴にカーテンを開いた。
「そうかよ。体が良くなるんだったら、良いじゃねぇか」
「ああ。明日のお祭りが終わり次第この町を発つよ。明日の夕刻にまたここに来ておくれ。お別れの挨拶がしたい」
「けっ、覚えてたらなっ」
肩を小さく震わせた後、踵を返したトルチは吐き捨てるようにそう言い残し、部屋を後にする。もう既に事態を受け止めれているレーベの大人な思考にトルチは苛立っていた。
勝手に大人になって、勝手に覚悟しているレーベが羨ましくもあり、同時に置いていかれた劣等感も押し付けられた。
トルチが足早に部屋を去る背中をレーベは静かに見守っていた。冷たい廊下の空気が一気に流れ込み―― ふっと、蝋燭の火が揺れ、次の瞬間、消えた。
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