夜を呑む者
「おい、まだ掃除終わらねぇのか」
「も、もうすぐで終わりますんで!」
物資の補給を終えた[無空の蛇]一行は宿を借りて一休みしていた。先ほどルクス硬貨から装備品まで奪われてしまったフタバはアックスの身の回りの世話をすることを条件で一緒に行動することを許されていた。
そんなフタバを見て、ジルは同情するかのような表情を浮かべる。
「あんまり意地悪してやるなって、フー坊も悪気はないんだから」
「あ?100ルクスなんて安くねぇんだ、チンタラしてるから知らないガキに盗られるんだ」
「そんなに治安が悪い街とは思わなかったな。キルギスだっけ?そもそも帝国領地かさえも分からないな」
カルカモナ村と同じく辺境の街,キルギスは街としての面積はそこまで大きくないものの、環境や設備は他の街と見劣りしないものであった。
フタバからしてみたらこの世界の文化レベルの基準が分からないが、魔導飛空挺を見る限りこの街の発展具合は低いものなのであろう。
どうせなら、もっと魔法やら高度な技術がある未来都市に放たれたいが、こればっかりは諦めるしかなさそうだ。
「ほこり、残ってんぞ。そこ、棚の上」
アックスが指差した先には、ほんのわずかに埃の積もった箇所があった。フタバは「うっ」と小さく呻き、布を握り直すと椅子に乗って棚に手を伸ばした。
「……さっきから細かすぎじゃないですか? ここ、宿ですよ? お城じゃないんですから……」
「口より手ぇ動かせ。今はお前、俺の“下っ端”なんだからな」
「くっ……!」
傍若無人なアックスに口答えもできないまま、フタバは言われた通りに掃除を続ける。そんなフタバをついユーリはじっと見つめていた。この世界に来て1番長く過ごしているユーリだが、未だに距離感が掴みにくい。
「おーい、その終わった煙草買ってこい。宿の通りに商店あったろ。『リーヴァNo.7』だ。間違えんなよ」
「……へいへい、分かりましたよ」
重い腰を上げ、フタバは身支度を始める。乱雑に渡されたルクス硬貨を受け取り、部屋を後にした。
宿の階段を降り、通りに出る。確か商店は通りの一番端にあった気がする。夜も深まり街灯が町を照らし、そろそろ日付を跨ぐ頃合いだろう。人気もない通りをトボトボと歩いていると背後からもう一つ足音があることに気付いた。
「ん? ユーリ……?」
振り向くとそこには白地に青い紋様のチャイナワンピース姿のユーリがそこに立っていた。何も言わずにそのままフタバの隣に並んだ。
「一緒に行くのか?」
フタバの問いかけにユーリは、コクリと一つだけ頷いた。あまりの可愛さに目を合わせるのが恥ずかしくなったフタバは勢いよく顔を逸らして、再び通りを歩き出した。
夜風が冷たく頬を撫でる。赤くなった顔を冷ますには十分な冷たさであった。なるべく悟られないようにユーリの方には顔を向けず黙々と商店を目指した。
「あなた、本当にここで生活して行くの?」
「へぅ?あー、まあ。多分?」
沈黙を破ったのはユーリの方であった。話しかけられると思っていなかったフタバは返事の声色が上擦ってしまう。おまけに釈然としない返事になってしまった。
フタバの答えに何か言うわけでもなく、二人の間に再び沈黙が流れた。
やがて暗い通りにポツンと灯りが付いている商店街見えてくる。辺りが暗いためか,かなり際立っている。
しかし,近付くにつれ、話し声が聞こえてきた。どうやら少し揉めているのか、言い合いのような会話が届いてきた。
「だから!これを買ってくれよ!どう見てもレア物だぜ!?」
「何回も言わすなトルチ。どうせ盗んだ物だろ?そんなもん店に置けるか」
「いいだろーおっちゃん。俺だって金ないんだよー」
「ちゃんと働けよ。これを売りたきゃ武器屋にでも持って行くんだな」
商店の店主は少年を追い払うようにシッシッと手を払う。少年は納得いかないのか、持ち込んだ品物をぶつぶつと呟きながら弄っていた。
だが、フタバは近付くにつれ、その少年の顔を見覚えがあることに気付く。
「ん?あいつ……?」
「げっ……」
フタバにも気付いた少年がバツの悪そうに小さく声を漏らす。
昼間、フタバが街を歩いていたときにぶつかってきて、ルクス硬貨を含めた装備品を引ったくって逃げた少年だった。
擦れた布の服きくすんだ金髪。それにフタバの顔を見た焦りの表情。全てが一致した時、フタバは既に走り出していた。
「おい,待てこらぁぁ!!」
この日、二度目の追いかけっこの火蓋が切られた。ユーリは状況が把握できないまま、駆け出したフタバの背中をボウと見ていた。少年は「やばいっ!」と言わんばかりの焦りの表情を浮かべると、売ろうとしていた品物を店主に投げ捨て、その場から逃げ出した。
「……」
置いてけぼりをくらったユーリは商店の店主へとトボトボ近付き、ジーっと目を合わせた。少し気まずそうな顔をした店主はトルチと呼ばれる少年から貰った品物をそっとユーリへと返す。
「煙草……」
「へっ?」
「……あれ、銘柄なんだっけ?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「止まりやがれぇ!!このクソガキ!」
「止まれって言われて止まるバカがどこにいるんだよ!このアホ大人!」
夜も更け、町全体が眠りにつこうとしている頃、町の通りをお互いに罵倒しながら追いかけ合う姿があった。
所持品を盗まれたフタバとしては、まさか犯人と鉢合わせるなど思ってもいなかったが、千載一遇チャンスだと言わんばかりに少年の背を追っていた。
しかし、頭に血が上り冷静さを欠いている為か、フタバは少年が所持品を全て置いて逃げていることにまったく気付いていなかった。
遮蔽物のない広場に着いた少年は観念したのか噴水の前でくるりとフタバの方へと向き直った。
いくら町を知り尽くしている少年といえど、ここまでひらけた場所に出てしまえば打つ手がないのだろう。
「しつこいぞおっさん!」
「奪ったもの返して、ごめんなさいするまで絶対逃がさないからな。それに俺はおっさんじゃねぇ!」
「たくっ、器の小さい大人だぜ」
古びた噴水広場。少年は苔の生えた石の縁に腰をかけ、息を整えていた。ごそごそとポケットを漁り、何かを取り出す。
月明かりの下、少年の手に握られていたのは、小さな金属製の筒。先端には魔石のような光の粒が埋め込まれていた。
「ってことで、あばよ!」
少年はそれを躊躇うことなく噴水の水面へ突き立てた。瞬間、魔石が淡い光を放ち、空気が震えた。
まるで小さな爆風が水面をえぐったように、噴水の水が放射状に跳ね上がった。
水滴が宙に舞い、白い霧となって広がる。冷たい水しぶきと共に、視界が一瞬にして霞む。
あの少年は諦めてここに来たのではなく、完全に姿を眩ます為に、ここに来たのだ。
「—あいつっ!」
あっという間に視界から少年が消えてしまう。霧の向こうに走る足音が一つ、石畳を叩いていく。追おうと足を踏み出すが、視界が悪すぎる。
少年の罠に身動きが取れないフタバは霞にどんどんと包まれていった。
「
囁きのように小さく、それでいて空気を貫くような冷たい声色。空気は震え、辺りを裂くような金切り音が響く。
ユーリの魔法は対象を絞り、一方的に行動を制限する。その声色を聞いた者は意思に関係なく、ユーリの言葉通りに動く謂わば絶対命令である。
徐々に霧が晴れると、まるで時間を封じられたかのように少年はその場で静止していた。
片足を上げ、身体は前傾のまま。
飛び出そうとした、その直前の動きのまま止まっている。
「なんだよこれ!?くっそ、ぜっんぜん動かない!」
ユーリは狼狽する少年に静かに近付くと相手の靴を踏むみながら肩をトンと押す。何も抵抗できない少年は無様に地面に倒れた。
「フタバ、捕まえた」
「やっぱ、すげぇー……」
魔法による桁違いの効果にフタバは開いた方が塞がらなかった。だが、ユーリのおかげで取り逃がしそうな少年を捕まえることに成功する。
フタバは自分の手柄だと言わんばかりに胸を張って,少年に近付く。
「やっと捕まえたぞ。さあ、奪ったものを—」
──カァン……カァン……カァン……。
日付を跨ぐ鐘の音が低く、深く、ゆっくりと町に響いた。重く低い金属音が夜気を裂きながら、町全体に響き渡,やがては吸い込まれていく。
強烈な乾いた風が吹き荒れる。視界を霞むほどの風圧が止む頃には、全身の毛を逆撫でるような嫌な気配がフタバらを襲った。
高いシルクハット。燕尾の黒い外套。異常なまでに手足が長い長身の男だが、特筆すべきなのは顔も首も手までもがすべて包帯に覆われていることだ。
白い包帯が月光を吸って鈍く光り、身に纏う黒い外套は夜の黒さえも飲み込んでいた。
見る者の視線を“引き込む”ような、恐ろしき存在は静かにフタバらの方へと歩みを進めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます