episode02:君の空に手を伸ばす

 バランスを崩した彼女は、僕とは反対側へと傾いでいく。


「あ、危な……っ」


 咄嗟に右手を伸ばし、彼女の右肩を支えた。

 すぐに少し力を入れて引き寄せると、彼女は無事に元の位置に戻る。

 そのとき、耳にふわりとリボンが触れた。柔らかくて、くすぐったい感触が一瞬だけ残る。


「…………触ってしまった」


 彼女に触ってしまった……。

 彼女から触れられたことはあったが、僕から触れたのは初めてだった。嫌だったらどうしよう、そんな不安が胸に滲む。……いや、でもこれは助けるためにしたことだし、事故みたいなものだよ、な。

 そう言い聞かせても、手から伝わる温もりを嫌というくらいに意識してしまう。見た目以上に華奢な腕、薄い身体。真面目で一生懸命な彼女はやっぱり守るべき存在であることを実感する。


「…………」


 空いた左手を彼女の前側へと回し、右手で支えている同じ位置へと持っていく。歪んではいるが大きな丸が出来上がる。いつか彼女が作っていたものより大きな丸が。


「……君の居場所はここ」


 空虚感を抱く彼女に、持っているものはあると伝えたいだけだ。

 寝ている相手に言っても無意味だと分かっている。だけど面と向かって素直な気持ちを伝える勇気も、彼女との関係を一歩進める勇気も僕にはない。だから、今はこれで。


「僕がいるよ」


 寂しそうにに丸を見つめる彼女に伝えたかった。

 僕がいるから、君は空っぽではないいと。彼女がいるだけで、僕は満たされている。

 誰にも影響を与えられていない人生だというのは、大きな誤解である。


「……ということを伝えたかっただけ」


 と再び聞いていない相手に言い訳をして、そっと左手をほどく。

 普段の距離よりも一歩進んだ近さに進展させてしまったため心臓はバクバクで、発した声は震えていた。彼女に伝えたい言葉ではあったが、こんな緊張を隠しきれていない姿を見られるのは格好悪すぎるから、やっぱり寝ていてくれて良かったかもしれない。いつか面と向かって格好良く伝えるから。その時まで、隣にいたい。

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