魔法って本当にあるの?

どうしてこんな事になってるんだろう。

後から知ったけれど、ここはどこかの学校で、私は気を失っていたみたい。

自分の事や、どこから来たのか何も分からない。

どうしよう。

名前も思い出せない。お家も。家族も。今までの事全部。私、どうしちゃったのかな?

困ったな。困ったな。



少女は、ぼんやりそんな事を考えながら、ウィルと呼ばれる保険医に着いて歩いていた。

この学園は、建物の作りや広さから、普通の学校には見えなかった。

きっと、広大な敷地面積を誇るのだろう。窓から見える景色は、美しく手入れされた木々や草花と大通り。その大通りの向こうからだろうか。姿は見えないが、楽しそうな生徒のものだと思われる声が、窓越しに耳に入ってくる。

しかし、ウィルと歩いている廊下は生徒や他の教師の気配は無く、誰ともすれ違う事は無かった。

 


「さぁ着いたよ。入って。」

ウィルは1つの扉の前で立ち止まり、ドアノブを回した。

室内は縦長の作りで、突き当たりに小さな窓が1つ。ベッドと机と椅子が置かれただけの、殺風景で、しかし清潔感のある部屋だった。


「こんなに綺麗な部屋を使っていいの?!」


「気に入った?落ち着くまで、ここでゆっくり休養すれば良いよ。」


「先生ありがとう。」


「色々聞きたい事もあるけれど、まずはゆっくり休まなくちゃね。ここに、少し食べられそうな物や飲み物を入れてきたから。」


そう言って、ウィルは持って来た紙袋を机の上に置き、トイレの場所や、部屋に備え付けてある内線電話の使い方等を説明してくれた。


「具合が悪くなったり、何か思い出したらいつでも電話してくれれば良いよ。もちろん、僕も何度か顔を出すからね。あまり学園内をウロウロするの良くないだろうから、退屈だろうけど、なるべく部屋に居てね。今はゆっくり眠って身体を休めるんだ。」



そう言って、ウィルは扉に向かって歩き出そうとした。

少女は、咄嗟に「あの...」と、ウィルを呼び止めた。

先程から、まるで現実では無いような事ばかりで、この部屋で1人眠ろうにも、きっと不安で眠れるはずがない。

何でも良い。ウィルの知る範囲で良いから、この状況の何かを知る手掛かりを教えてもらいたかった。



「どうしたの?」


「あの...」


「私って、どうなるのかな...?」



ウィルは、ふわっと優しい笑みを作り、「不安や心配でいっぱいだよね。」と優しく声をかけた。

そして、部屋から出て行くのを止めて、椅子に座り、ベッドに腰掛けている少女と向き合った。



「まずは、今君が保護されている、この学園の事から説明しようか。」

「うん。お願いします。」



王都設立ブレイブ記念学園。

この学園は、国が設立した、シニアハイスクールであり、国家の為に有用な人材を輩出する為に作られた特別な学園で、国内に2つ設立された内の1つであること。

剣術や魔法以外にも、魔法薬学や魔導工学、何かの分野で国の未来を担うエリートになる為の学園である事。

入学する為には、特別な資格がいる事。

全寮制であり、全国から様々な生徒が集まり、主に上流階級の家庭が多い事。

そう、説明を受けた。


「魔法って本当にあるの??」


「え??なんだって??」

 

確かに自分自身の事は何も思い出せないけれど、自分以外の情報が全て抜け落ちてしまった訳でもない。しかし、魔法は自分の中で馴染みのあるものとは到底思えなかった。

  

ウィルは、少女に向かって優しく微笑んで、

「記憶喪失のせいで、もしかしたら色々混乱しているかもしれないね。不安な事は、何でも聞いてくれたら良いよ。でも、今は休んで少しずつ思い出そうね。」

そう言って、今度こそ椅子から立ち上がると、扉に向かって歩き出した。


「先生ありがとう。後でごはんも食べるね。」


「うん。おやすみなさい。」


そう言って部屋を出たウィルは、どうにも不可解な気持ちを拭えずに、難しい顔をしたまま廊下を歩き出した。

そのまま1人医務室に向かう気にもなれず、学園長室の扉の前に立つと、何やら必死な様子のケルビンの声が扉から漏れ出ている。


「誠に申し訳ございません!!一部のバカな生徒が、紛らわしい写真を撮って面白可笑しく騒ぎ立てて!!え?息子さんから写真が送られてきた??私、バカなんて言いました?滅相もございません!!危機管理能力、情報収集能力に長けた素晴らしい感覚をお持ちです!育て方が素晴らしいからこそでございます!さすがでございます!!」


面倒くさい保護者の対応だったな...

きっと機嫌は最悪だ。巻き込まれたら面倒だぞ。

そのまま踵を返そうとした時である。

バァン!!と学園長室の扉が開き、真っ赤な顔をして、汗にまみれたケルビンが姿を現した。


「ウィル先生!!もう嫌だ。あと5件...あと5件ですよ?どうしてこうやって、面倒くさい家に限って多額の寄付金を納める太客ばかりなんでしょう...。誠心誠意対応しないと、学園運営に差し当たるじゃないですか!!もう僕疲れた!!」


「お疲れ様です学園長。心中お察しします。お忙しいようなので、これでしつれい...」


「待って下さい!こんな可哀想な僕を置いて逃げるおつもりで?ところで、そもそもなぜここにいらしたんです?僕を労る為に胃薬の差し入れか何かじゃないんですか?」


「差し入れじゃなくて申し訳ないございません。じつわ、先程例の少女と話をしていて、少し気になった事がありまして。」


「気になる事ぉ?今胃薬が必要なほどの窮地の最中ですが、少しお聞きしましょうか。」


ケルビンに促され、ウィルは学園長室の扉をくぐった。

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