空欄の名簿

3日目。

今日で学園に保護されて3日目になるというのに、未だ記憶は戻らず、先生が言う捜索願等、自身の手掛かりは何も分からぬままだった。

何をするでも無く、ただ布団に包まり、運ばれて来る食事を食べては、何か少しでも思い出せないかと頭の中でグルグル考えている。

ウィルや、たまに顔を出すケルビンは相変わらずの物言いであるも、親切にしてくれている。急かさぬよう話を聞いてくれたり、体調も気遣ってくれる。


だけど、困らせている。迷惑に決まってる。


早くここから出ていかなくてはいけない。どうして何も思い出せないんだろう。本当に困った。

そんな事を、鬱々と考えながら時間だけが過ぎていった。


そんな、3日目の夕方に差し掛かる時間だった。

殺風景な部屋の雰囲気も相まってか、少し部屋の外の空気を吸いたくなった。しかしウロウロするなと言われた手前、少し罪悪感がある。でも、少しくらいならと、部屋の外に出る事にした。

そして、扉を開けて一歩足を踏み出すと、廊下に並ぶ窓から外を眺めている1人の生徒らしき人物が目に入った。


誰にも見られてはいけないとは言われていない。だけど、あまりウロウロするなと言う事は、生徒に姿を見られるのは良くないからだろう。そう思い、すぐに目をそらし、部屋に戻ろうと扉に手をかけた時だった。


「あら?こんにちは。こんな場所で珍しいわね。」

と、声をかけられた。

見られてしまった。でも、挨拶をしてくれる優しい人から突然逃げ出すなんて、心が痛んで出来そうもない。そう思い、扉に身体を隠し、頭だけひょっこり覗かせて挨拶を返そうとした。その時、目に入ったその生徒の姿があまりに美しく、思わず固まってしまった。


綺麗な腰ほどある金色の髪の毛。切れ長の瞳は空色で、すらりと高い身長。肌の色は雪のように白かった。


「うわぁ...!綺麗!!」


「ふふふ。学園の生徒じゃないわね。あなた、とっても可愛らしいわ。」


そう言って、目の前まで歩み寄ってくれた。


「瞳も髪の毛も綺麗な黒で珍しいわね。近くで見るとますます可愛いわ。」


「あ、あの。ありがとう///こんにちは。」


照れくさそうに、ふんわり笑って扉から身体を見せた少女は本当に愛らしく、アンナはこの見知らぬ少女と、もう少し話をしてみたくなった。


「あなたのお顔、知ってるわ。3日前に中庭でお昼寝して話題になっていた子ね?もしかして幽霊さんかしら?」


「違うの!違わないけれど、私生きてます。今、学園でお世話になってるの!」


「お世話に?そうなのね。もし今時間があるなら、学園を案内しましょうか?私、暇を持て余していたのよ。」


「んーーー...。どうしよう。先生が、あんまり出歩いちゃ駄目って。」


「そんな事言われたの?でも、本来なら関係者以外がプロム以外で学園に入れるなんて、滅多に無い事なのよ?せっかくの機会ですもの。少しくらい見て回っても良いじゃない。ね?」


「んーー...。どうしよう。」

 

「そうね。じゃあ、この窓からすぐ見える、温室はいかが?ほとんど誰も出入りしないわ。この季節は沢山のお花が咲いていて、とっても美しいのよ。私のお気に入りの場所なの。」


行ってみたいな。こんな綺麗な人が美しいと言うなんて、本当に美しい場所なんだろう。そう思うと、ますます見てみたくなった。


「行きたいな...。」


「行きましょうよ。お気に入りの場所を案内出来るなんて、嬉しいわ。私はアンナよ。よろしくね!」





アンナの勢いに押されて訪れた温室は、本当に素晴らしいものだった。

色とりどりの花に囲まれ、蝶が飛び回る。温室の真ん中にガーデンテーブルが置かれていて、まるで絵本の世界のような場所だった。


「うわーー!!本当に綺麗!アンナさん、連れてきてくれてありがとう。」


少女は花を見渡しながら、ニコニコした笑顔でアンナにお礼を告げた。


「それに、とっても良い匂い!」


「気に入って貰えて嬉しいわ。さぁ、座りましょう。」

そう言って、ガーデンテーブルを挟んで向かい合って座った。  

   


アンナは、自分がこの学園の3年生である事。

家は学園から遠く、入学時から寮生活をしているという事。

さっきあの窓から外を見ていたのは、あの場所から見える景色がお気に入りだからだという事。

自分に関する色々な事を少女に話した。

一方で、アンナが少女にした問いかけに対して、年齢どころか名前まで答えられない様子を見て、「何か大変で、困った事情があるのね。」と、アンナはそれ以上詮索しなかった。



「ここは、本当に素敵な場所です。でも、どうして私なんかを誘ってくれたの??」


「あら。だって、あなたとっても面白そうだったんだもの。お話してみたかったの。学園の人間は皆退屈で、お喋りしててもつまらないの。」


「でも先生が、この学園は特別な資格が無いと入学出来ないって。みんな、とっても素晴らしい人達なんでしょ?」


「どうかしら?私はそうは思わないわ。あの名簿の選考基準も、いい加減なものなんじゃないかと思うの。」


「名簿の選考基準?」


「空欄の名簿よ。この学園に入るには、空欄の名簿に名前を記してもらう必要があるのよ。」


「合格者の名前を、先生が名簿に書くの?」

  

「いいえ。入学に試験があるんじゃないの。名簿が合否を決めるのよ。」


「名簿が合否??」


先程から、話がまるで噛み合っていないように思う。なぜなら、アンナはまるで、名簿に意思がある生き物のように話をしている。


「空欄の名簿を知らなかったのね。もし良かったら、見に行ってみる?何の変哲も無い、ただの名簿だけれど。」


「すごい!!見てみたいなぁ!!」


「ふふふ。やっぱりあなた、本当に面白いわ。じゃあ、行きましょうか。」


その時少女は、先生からウロウロするなと言われた事などすっかり忘れて、アンナがくれる、ワクワクした気持ちで胸がいっぱいになっていた。

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