第7話 潜入捜査

 秋山は夕方の繁華街はんかがいを私服で歩いていた。その隣には同じく私服でにこにこ顔の楓。


「いやあ、秋山少佐とデートだなんて。もうこれはワクワクのドキドキですよお」


「何がデートだ。これは任務だと何度言えば……。他の連中はこういうのには向いてないからな。軍人としてはド素人の山本が怪しまれず適任だということで、研修込みで連れてきているんだ。そこを忘れるな」


「まあまあ、そんなカタイこと仰らずに。さっきだって私の服が可愛いって褒めてくれてたじゃないですかあ」


「はっ? そんな覚えはないぞ。それはなんというか……。可愛らしい少女趣味な服装がお前の好みなのか、と言ったんだ」


「可愛い服を着た私は可愛いのデス。何か問題でも?」


「い、いや……」


「だってフェアリーさん、あの黒田さんに大人なよそおいにも挑戦しようと相談したんですけど。なんといいますか、超高級なブランドものばかり勧められましてですね……。入ったばかりのペーペーにそんなお金あるわけないじゃないですかあ。でも、思ったのは頑張ればいっぱいお洋服が買えちゃうかもってことですかね」


「ああ、戦闘の関わる任務の場合はが支給されるからな。まあ、


「はあ!? そんな……。いやいやまだ私は諦めてませんから。二日前に実家に帰ったときに両親の前で暴れて大泣きしてやりましたよ。娘をだますとは何事かとね。まあ、嘘泣うそなきですけど……。そう言えばお父さんが土下座してましたねえ」


「せんぱ……、いや大佐が土下座って……」


「お母さんはずーっと、すっとぼけてやがりましたが」


「ああ、大佐が最近機動兵器の訓練に顔を出さないのはそのせいだったか……」


「まあ、山本家の内情ないじょうはいいとして。少佐殿、私たちはどこへ向かっているのでありましょうか? まだ任務の概要すらうかがってはいないのですけども」


 少し前に繁華街から路地裏に入り、辺りの様子もまったく違ったものになってきていた。人通りは全く無く誰かの捨てたゴミなどがあちこちに散乱して不衛生。離れた場所をネズミが一匹横切るのを見たかえでは一瞬足を止めた。


「ま。まさか少佐。こんな人気のないところに誘い込んで……。まあ、どうしましょう」


「あん?」


「あんなことやこんなこと、口には出せないような……」


「もういいから、お前はとりあえず黙ってろ! もうすぐ報告にあった対象のアジトがある」


「あ・じ・と?」


「もとはアメリカの自己啓発団体。セミナーと称して若者たちをたくみにだまし洗脳するというカルトの日本支部らしい」


「うげっ。私のちょー苦手なジャンルの人たちの集まりじゃないですか。ああ、私、に帰ってにエサをやらないといけないことを思い出したのであります。それでは! えっ、ちょっと。少佐って強引ごういんなんですねえ」


 振り返り帰ろうとする楓の腕をしっかりとつかむ秋山。

 

「冗談を言えるだけ、心の余裕があることは褒めてやろう。だが、お前の母親の美咲みさきさんは、猫は好きだが猫アレルギーで飼えないことをやんでいると、大佐がよくいっていたからな。そんな嘘は俺には通用せん」


「なんと……。もう、ウチの両親は何をしているんだか。山本家の機密情報は世間様にダダれではありませぬか」


「俺は付き添いで、お前がメインで潜入捜査を行うんだ。このチラシを見たといってもぐり込め」


「はっ? なんですと?」


 楓は丁寧に折りたたまれた紙を渡された。彼女はそれを広げて確認する。


「えっと、なになに。『この世界は、一部の支配者たちによって巧妙に私たちから真実を隠しているのです。先の大戦の……』、うえっ! 典型的な痛い人たちの文面じゃないですか。と書きながらも……、はっ? これって、少佐?」


「そう、おおむね政府と軍が明らかにしていない情報がいくつも入っている。これがただのたくましい想像力の産物であればいいのだか、分析チームの見立てによると内部からの漏洩ろうえいではないかと。お前も知っているように軍人以外でも軍に関わる人間については機密保持の義務が課せられている。もちろん文書上の話ではなく位置情報を常に監視するためのマイクロチップが埋め込まれ、通信機器においてはすべて監視下にある。いまのところ怪しい人間は見つかってはいない」


「なんか首に注射みたいなのを打たれましたけど、あれってそうだんたんですね。でも、通信機器ってスマホとかネットとかですか!?」


「ん? もしかして知らなかったとか……」


「い、いや。学校の授業、いや説明会だったかな……。聞いていたようないないような……」


 楓はショートの髪に隠れたうなじをさすりながらそう言う。


「まあ、ほとんどの通信情報のデータはAIが解析し、それが問題あると判断されたものだけが人間さまのところに上がってくる。だから気にしなければどうということもない。はあ……、そんなことも知らんとは、お前はつくづく……。うむ、実は大物なのかもしれんな。」


「えへっ」


「褒めてないからな」


「あっ、はい。申し訳ありません、です」


 比較的新しくペンキで塗り直されたのだろう青い看板だけがやけに目立つほぼ廃墟はいきょビルを思わせる建物が視界に入ってきた。


「俺はここまでだ。お前の位置情報は当然俺達は把握している。武器は携帯させられないがこれをつけておけ」


「可愛い! クマさんのブローチじゃないですか」


 秋山が差し出したブローチを両手で大切そうに受け取る楓。


「超小型の通信機でもあり、カメラも搭載されているから中の情報は俺達でも把握できる。使い方は分かるな」


「はい。クマさんじゃない可愛くないタイプの装置は学校で触ったことがあります」


「よし。今日はただの顔見世かおみせだと思えばいい。今日は説明会で一時間ほどで外に出てこられるはずだ。まあ、無いとは思うが、余計なことや無茶なことをしなければ誰にでもできる子どものお使い程度のことだ。緊張は……、いや、お前には関係のないことのようだった」


「はい! 何だかスパイ映画っていうんですか、それみたいでワクワクが止まりません!」


「そ。そうか……」


「あのお、せっかくなんでブローチをつけていただけませんか。少佐」


「ん? ああ……」


 ここぞとばかりに胸を張る楓。薄手のタイトな白のTシャツのせいで身体のラインがはっきりと強調される。


「たわわに実ってるからってそんなに見ないでくださいよ。きゃっ、はずかしい」


 胸を両手で隠してみせる楓。


「ふ、ふざけるな。こ、この辺でいいか?」


「おっぱいに意識が向きすぎですよ少佐。ふつうはもう少し上のほうにつけるものなのであります」


「おぅ……」


 無事なんとかつけ終えた秋山は安堵あんどのため息をつく。


「では、潜入捜査、いってきまーす!」


「ああ」


 意気揚々いきようようと元気に両手を振りながら建物へと向かう楓。そしてその背中をじっと心配そうに見送る秋山であった。

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