納骨堂の怪

岡村 史人(もさお)

実話怪談:納骨堂の怪

 これは私が大学時代の頃の話。

 サークルの飲み会帰りに起こった話です。


 車で友人が(彼は当然素面です)私と先輩を車で送ってくれてく最中に、突然こんなことを言い出したのです。「お前んちの近所に花見スポットあるよな、ちょっと先輩に見せてもいいか?」と。


 私の家の近くのお花見スポットというのは、納骨堂の敷地内にある桜並木のことです。

 そこは高台にあり、坂道から続く桜並木がとても綺麗で、本堂に咲く桜もまた美しいので、季節になると花見見物の参拝客がチラホラと訪れるという、穴場スポットでもありました。

 しかし季節はもう夏ですし、言ってしまえば墓所なわけですから、さすがの私も深夜に行きたいと思うような場所ではありません。



 酒の酔いも醒めかけていた私は、疲労もあって正直すぐに帰りたかったのですが、その話に先輩は興味を持った様子で、話を進めていきます。

 とても断れる状況にないと思ったので、仕方がなく私は、「行くのは構わないが、敷地内には灯りがないため、危険なので立ち入らない」という約束をとりつけ、それを了承することにしました。

 ……いえ、正直な事を言うと、夏の夜に納骨堂の敷地に入るなんて、そんな肝試しめいたことは絶対やりたくなかったというのが本音です。


 目的地に到着すると、小さな電球と月明かりに照らされた道路端は、思った以上に暗くて不気味です。しかし、高台なだけあって夜景が綺麗であったためか、先輩と友人はとても盛り上がって、桜ではなく夜景の方をみながらああだこうだと話をしています。若者ゆえの豪気さからか、彼ら二人は人気のない真っ暗な場所をまったく怖がりもせず、会話に花を咲かせていました。


 私はというと、こんな場所ではとてもそんな雰囲気にはついていけません。夜景は確かに綺麗ですが、景色の後ろは小さな頼りない電球に照らされて、道路がほんのりと見える程度の暗闇です。納骨堂に向かうための急な階段すら、全く見えないぐらいの暗闇なのです。

 ……明日も朝早くから講義があるのにな。そんなことを思いながら、白けたまま待っていました。


 そんな時です。

 突然女性の大きな声で、不明瞭だけれどしっかりと耳元に刺さるような怒鳴り声が聞こえ、私は驚いて思わず本堂の方へ振り返りました。

 なんと言ったのかは分かりませんでした。大きい声だったのに、本当に言語として聞き取れなかったのです。

 ただ、不思議なことにその時は何故か、その女性らしき声の主がどういう意味の内容を言ったのかは、すぐにわかったのです。


 最初は、本当に関係者が来て、怒られたのだと思いました。

 単純によく声が聞き取れなかっただけで、誰かが私たちの深夜の不作法を叱りに来たのだと。

 けれど本堂の方は真っ暗闇。灯り一つないのです。たった今、数メートル先で聞こえた筈の声の先にあるのは、ただただ闇だけでした。

 その瞬間、すべてを理解した私は、自分の体温が急激に冷えていくのを感じました。


 そして、私は慌てて友人の腕を掴んで、震える声で言いました。


「か、帰ろう」

「は?いきなりお前、なに言ってんだよ」

盛り上がっていた二人からすれば、場を壊されたのですからこの反応は当然です。

「わかんない。わかんないんだけどさ!」

私は、先ほど声が聞こえたほうを向きながら言いました。

「早く帰れって言ってるみたいなんだ。だ、だからお願い。帰ろう……?」

 彼を掴む腕どころか、脚をもがくがくと震わせ青ざめてそう訴える私に、さすがに友人もただならぬ雰囲気を感じたのでしょう。早々に彼は退散してくれました。


 ……幸いにもそれから特に何かあったわけではありません。

 強いて言うなら、次の日の講義は寝不足で散々だったということぐらいでしょうか?

 しかしそれから数日後、ふと思い立って声が聞こえた場所に足を運んだとき……。


 ——そこにはたくさんの墓が立っていたのは、言うまでもありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

納骨堂の怪 岡村 史人(もさお) @Fusane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ