不条理な仕組みに囚われる、恐怖。
タカヤマユウスケ
ミッシングチャイルドビデオテープ
映画館の帰り道、地下鉄に揺られながら窓ガラスに映る闇を見つめる。
耳につけたAirPodsからは、J-popが流れているはずなのだが、神経を通った後に脳を通り過ぎてどこかへ消えてしまった。
大脳は、先ほど観た映画の答え合わせをしていくことに集中していた。
「ミッシングチャイルドビデオテープ」
以前から楽しみにしていた映画だ。
監督は近藤亮太氏。
幽霊がばあん!と出てきて観客を驚かせるジャンプスケアという手法はほぼ使われていない。
BGMも作品の雰囲気を壊さないようにさりげなく不穏を演出している。
ストーリーは明快でわかりやすい一方、怪異の情報は全ては明かされない。
しかし、明かされない部分があるからこそ、いつの間にか私の心には恐怖が宿っていた。
その恐怖を心の中で弄りながら、今でも映画の中に散りばめられた伏線のピースを組み合わせて楽しんでいる。
主人公の敬太は、幼い頃に目の前で弟(日向)が失踪した過去を持つ。
そんな彼は、スーパーマーケットで店員をする傍ら、山岳救助のボランティアをしている。今でも日向の面影を探しており、彼の中の十字架はとても重いものなのだと感じさせる。
そんな彼を陰で見守るのが同居人の司だ。彼は謂わゆる”視える人”。敬太を取材しにきた美琴という記者の背後にも、霊の存在を感じ取る。
ある日、敬太宛に母親から小包が届く。中身はビデオテープだった。司はそのビデオを見るなり身をすくめた。そのビデオに、何を感じたのだろうか。
司はビデオを再生すると、そこには司が山の中で廃墟を見つけている。そこについてきた日向。司は日向が鬱陶しく思い、「帰れ」というが日向は帰らない。日向は廃墟の中に”ぷよぷよ”が視えるという。その後、二人はかくれんぼをするのだが、その最中に日向が失踪する。
そこでビデオは終了する。
日向はどこかに消えてしまい、敬太だけが戻ってきてしまったのだ。
敬太、司、美琴それぞれの視点で物語が進む。
その先には、「摩白山」という自然を超越した存在が待っていた。
※ここより先はネタバレを含みますので、映画未視聴の場合は注意が必要です。
考察1:「摩白山」とは何だったのか。
日向が失踪した建物があった山が摩白山である。
物語の中で、この山に関する情報が徐々に明かされていき、山が持つ邪悪さが正体を表す。
摩白山を訪れ、廃墟に入り込んだ者は姿をくらますのだ。
日向だけではなく、多くの人が失踪していることが明かされる。
敬太が出会った民宿の青年は、摩白山を幼い頃から知っていた人物。
小さい頃に行くことを禁じられていた摩白山に大人が遊びに行っていたことを知った青年は、こっそりと大人たちに着いて行くと、”神仏”を捨てている光景を目の当たりにする。
また、青年は自分の祖母から、初潮で血が付いた下着を摩白山に捨てることで生理が来なくなったことを教えられたことを打ち明け、だとしたら母親や自分は一体何者なのかと畏れる。
このようなことから、摩白山はいらなくなったものを捨てることができる場所なのだと分かる。
捨てられたものは戻ってこない。
摩白山で失踪者が相次ぐのは、捨てられた神仏が棲みつき、入り込んだ者を”あちらの世界”に連れていくことが原因ではないか。
考察2:敬太の父について
敬太の父はすでに亡くなっていることが作中で明かされる。
父の本心が描かれることはなかったが、敬太の発言によると、敬太に対しては愛情よりも”日向を殺したのではないかという疑念”を抱いていたのではないかと思わせられる。
しかし、本当にそうだろうか。
敬太の父は、敬太を守ろうとしていたのではないかと考えさせられる描写があった。
1つ目が美琴への働きかけだ。
敬太の父と思わしき人物から、美琴へ着信がある。
内容は「敬太をよろしくお願いします」だ。
摩白山が敬太をあちらの世界へ誘うために美琴を介して何かしようとしているかもしれないが、直接的に受け取れば、敬太を守ってほしいというメッセージだ。
2つ目が物語の終盤、慶太と美琴、司が摩白山の廃墟に乗り込んだ際に美琴を掴んだ手だ。
推測に過ぎないが、あれは敬太の父だったのではないか。
「これ以上進んではいけない。さもないとあちらの世界に行ってしまう」
美琴の手首をぎっちりと掴んだ手からはそのように伝えようとしていたように思う。
ではなぜ、美琴を引き留めたのか考えた。
敬太を連れ戻すことができるのは、美琴だけだったのではないか。
手首を掴まれた美琴は廃墟の1階に引き留められる。
敬太と司は、2階、日向が失踪した場所に辿り着くが、その時点で二人は、あちらの世界に取り込まれていたのではないか。そして、司の働きかけにより敬太は戻ることに成功するが、司はあちらの世界に取り残されてしまう。
敬太の父はそれは見越して、敬太を連れて帰る役割を美琴に与えたのではないか。
敬太の父は、死後も摩白山から敬太を守るためにそのように働きかけていたのではないか。
考察3:敬太について
幼い頃、摩白山に迷い込んだ敬太は無事に帰ってきていたのだろうか。
廃墟でかくれんぼをしていたのは、日向だけではない。
敬太もかくれんぼに参加しており、ましてや最初に廃墟を訪れたのは敬太である。
なぜ、敬太は廃墟から抜け出すことができたのか。
美琴に関しては、前述の通り敬太の父の影響があると考えられるが、この時、敬太が助かった理由は何もない。
もしかすると、敬太はあえて生かして帰されたのではないか。
摩白山へ人を誘うための道具として。
事実として、敬太の母、司という敬太に近しい人物が死亡している。
結果的には助かった美琴も、摩白山に誘われていたのではないか。
これらは推測に過ぎず、答えは明かされないと思う。
しかし、こんなことを観た後も考えられる映画も好きだ。
”摩白山”という邪悪な存在に自らも片足を突っ込んだ気分になった。
不条理な仕組みに囚われる、恐怖。 タカヤマユウスケ @yi417
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