第4話魔界の六竜姉妹
私が飛ばされた先は、魔界のどこかの山らしい。らしいというのは、魔王城と同じく、魔界の地理に詳しくなかったのだ。周りは岩ばかりで、どこかの山肌なのは何となくわかる。ただ、神に祝福された人間界の青い空とは違い、魔界特有の何か濁ったような空なので人間界に送り返されたのではないことだけは間違いないようだ。
「ここは?」
あの義母から救われたのは分かる。あの場にいたら、聖剣の折られた私など、アリでも踏み潰すように殺されていただろう。
あの義母なら、私が死んでも、ちょっと殴ったくらいで死ぬ方が悪いと平然と言い訳しそうだ。
「ふぅ…」
助かったとはいえ魔王城への帰り方が全く分からない。勇者としてパーティーを組んでいたときは優秀な魔法使いがそばにいてくれた。彼女がいたら魔法の軌跡を辿って転移魔法を使って元の場所にすぐ戻れただろうが、勇者の私はそこまで魔法に精通していない。
「どこかの山みたいだけど、岩ばかりね」
魔王城に向かうときにも通った覚えはない地形だ。近くに町がありそうな雰囲気もない。
魔界では、人狼のように狼に変身しなければ、ほとんど人間と変わらない種族が多く町や村もあり、魔界の通貨があれば、人間でも魔界の宿に普通に泊まれた。私たちが魔界に乗り込んだ時も、襲ってくる魔王配下の魔物を倒し、そいつらから、金銭を奪って、魔王城までの旅費にして旅をした。
ようするに強盗しながら魔王城に辿り着いたわけだが、人間界と魔界は基本的に交流がないのだから、それも仕方なかった。さすがに、打倒魔王を掲げて魔王城を目指していると堂々と口にはせずに魔界を旅をした。
その程度の知識だから、魔界の知らない場所に飛ばされて魔王城にすぐに帰れるわけない。
だからと言って、ここでじっとしていても仕方ないと思い、上を目指して山を登った。高いところから一望すれば、運が良ければ、魔王城の位置がつかめるかもしれない。
ゴツゴツした岩肌を登り始める。山登りに不向きな勇者の鎧は脱いだ。鎧は召喚した時とは逆に勝手に帰っていった。たぶん、魔王城の私にあてがわれた部屋に帰ったのだろう。勇者の鎧は、どこからでも呼べば来てくれるが、持ち主である私も一緒に運んではくれない。
山頂を目指して登っていく。いきなり飛ばされたから、金も食べ物も何もない。街が見えるといいが。
いま、自分が魔界で頼れるのは、夫となった魔王だけだ。街があれば、彼との連絡手段があるかもしれない。
とにかく、事態を好転させるため前に進んだ。
地面が揺れた。
「!」
地震かと思い、咄嗟に近くの岩陰に隠れて、落石に警戒する。勇者としての冒険の経験で、地震の際には、何か頭に落ちて来ないか警戒することも学んでいた。
モンスターの中には、崖の上で、わざと騒いで、落石や土砂崩れを起こして襲ってくる狡猾な相手もいた。
だから、すぐに岩陰に隠れて警戒したのだが、近くの巨石が地面からムクッと起き上がった。
岩ではなかった。顔だ。目があり、口がある。巨大な竜の頭だった。保護色のような茶色肌をしていたから岩肌と勘違いしていたが、私は巨大な竜の背を登っていたのだ。
頭をもたげたそれは、背中に何かを感じたらしく、キョロキョロとあたりを見渡している。もしかしたら、私が、背中を歩いているのを感じて、虫でも這っているかのような不快感を感じたのかもしれない。
私は竜退治をして、勇者の称号を得た。だが、人間界にいた竜は、馬何頭分という感じに、ある程度、動物と比較できた。だが、今私が背に乗っている竜は、山の一部と間違えるくらいデカい。
とにかく、身を潜めて、その龍の背から静かに逃れようとする。
幸い、竜は気のせいだと思ったのか上げた頭をすぐに下ろして、目を閉じ、また岩のように動かなくなった。
早く、町でも見つけてこの山を下りないとやばいと私は感じていた。
義母もバケモノだと感じたが、今の岩みたいな竜もやばい。たぶん、義母の本来の姿も、この岩山の一部みたいな竜のような巨体が本来の姿なのだろう。義妹も言っていたが、確かに魔界の竜は人間界の竜とは、スケールが違うようだ。
足音を殺しながら、その竜から離れる。
が、今度は、赤い巨体が行く手を塞いだ。岩と間違えるような保護色のような先ほどの竜と違い、派手な深紅の龍がいた。
こっちはだめだと方向転換をしようとしたら、その赤い竜が顔を上げて、ぐいと私の方に首を伸ばしてきた。よだれのように口の端から、炎を吐いている。
竜の息吹で、こちらを攻撃するつもりか。
「ちょっと、あんた、そんなでかい図体のままだと、お客さんがビビるでしょ」
そう言ったのは、私の背後にいきなり現れた、黒髪の美熟女だった。見覚えがある。私をこの山に飛ばした人だ。
彼の姿も探したが、魔王は一緒ではなかった。
「もしかして、その子が、例のあの子の嫁かい?」
真っ赤な竜は笑うように言い、すぐ、しゅんと人型に縮んだ。
深紅の髪の美人だが、ひとの大きさになってもバケモノじみた強さは感じる。
「お~い、みんな出てきな」
黒髪の美女は山中にこだまするように大声で叫んでいた。
その声を聞きつけ、あの土色の土竜が、のそのそとやってきて人型になる。
他にも何匹か竜が駆けつけて、私の前に人型で現れる。
光、闇、風、水、火、土。魔界には、六龍が住んでいた。その長女である光竜が義母であり、次女が黒竜、三女が風竜という感じに魔界には六竜姉妹がいた。
義母を除く、五竜が私の目の前に来ていた。闇が黒髪で、風が緑で、水が青、火が赤、土が土色の髪というその属性が一目でわかりやすい容姿をしていた。黒髪の黒竜が、みなを代表して謝罪する。
「うちの脳筋な姉が乱暴なことして、ごめんね。魔界に住んでいるからって、あたしら竜が全員、あんな乱暴者だとは思わないでね」
「は、はい」
私は思わず背筋を正して頷いた。この人たちは私の味方であり、全員バケモノじみた力を持っていると察して失礼なことを言わないようにと身構えた。すると黒龍美女が、優しく言う。
「ま、ここは、私らのテリトリーだから、いくら脳筋の姉さんでも、ここまで嫁いびりには来ないから、安心して」
「は、はぁ・・・、あ、あの、つまり、ここを出たら、嫁いびりがあると?」
「ええ。なにせ、可愛い息子が、いきなり現れた人間の勇者に取られたから、よほど面白くないのでしょうね。でも、大丈夫、あの泣き虫坊やもあたしらが鍛えて立派な魔王にして、母親に反抗できる男になったから」
「彼を、鍛えた?」
「そう、あの子、昔から変わってて、争いとか喧嘩が大嫌いで、心配してあたしらが鍛えたの。ね、あの子、強かったでしょ」
「は、はい・・・」
なるほど、ただ竜の血を引いてるだけでなく、このバケモノのような竜のお姉さんたちのお世話になっているのか。
道理で勝てないわけだ。
「大丈夫、あなたも、鍛えて、嫁いびりに負けない強い嫁にしてあげる」
思わず、聞き返してしまった。
「あなた方が彼を鍛えたのなら、私は、彼に勝てるほど強くなれますか?」
「ん、なに? あなた、嫁いびりの他に、夫婦喧嘩でも、優位に立てるくらい強くなりたいの?」
「はい、いけませんか」
「いえ、いいわよ、あの脳筋のババァの拳に剣を合わせられるから、素質はあるわ」
「…なら、私を強くしてください、お願いします」
そうして、私は自分からスパルタ地獄の門を開けた。
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