第3話お姉さまと呼びなさい
武装した私は、妹さんの後を追いかけた。こちらが追いかけているのには気づいているらしく、振りはらわない程度の歩調で、人気のない場所に誘導されているようだった。ならばと、誘いに乗るように彼女を追う。
魔王城は広く、たまに、異形の魔物たちとすれ違ったが、妹さんの姿を見かけると、道を開けるように端により、ずんずんと妹さんは城の中庭へと進んだ。
まだ嫁いだばかりで、魔王城の内部に詳しくはないが、とにかく誘われるまま歩いた。そこは昨夜、魔王と剣の稽古をした中庭だった。魔王城の中で、誰にも邪魔されずに大剣を振るえる場所として、魔王城の中で一番いい場所だ。
こっそり遠巻きに見ている城内の魔物たちの視線を感じる。勇者と魔王の妹が二人そろっていれば、気にしない方が無理だ。
妹さんは私をそこに誘い込むと、スッと私に振り返った。兄妹揃って美形だった。角がなければ、人間の王侯貴族として通用しただろう。
「邪眼を跳ね除けたからと言って、お兄様のそばを離れ、ひとりでノコノコついて来るとは、調子に乗り過ぎじゃないかしら?」
私の単独行動を妹さんは唇の端を吊り上げるように笑っていた。
「あらあら、あなたとは初対面のはずなに、いきなり石化しようとしておいて、それで文句を言われず黙って立ち去れると思った?」
「ああ、怒ったの? これは、失礼。でも、魔王であるお兄様の妻になるような方が、あの程度でやられるとは思いませんでしたので、初対面のあいさつ代わりにと思いまして。けど、私が不在の魔王城に押しかけてきて、好き放題暴れて、お兄様の慈悲で見逃してもらったくせに、再び押しかけてきて妻になるなんて、どういう神経してるのかしら。魔界でも、そんな図太い神経の持ち主は聞いたことないわ」
他の魔族から、私たちが結婚した経緯は聞いているようだが、妹さんは人間界と魔界の政略結婚だと割り切ってはいないようだ。というより、魔王城に乗り込むまで、行く手を塞いだ魔族やモンスターと戦った感触では、魔界の住民は理性よりも感情を優先するようだ。妹さんも感情的に私が気に入らないようだ。
「ん、これって、もしかして、小姑が実家に嫁いできた嫁が気に入らないっていうあれかしら?」
勇者として育てられたが、世俗の下世話なことを知らないということはなく、ピンと来て、つい言い返したのだが、妹さんの神経を逆なでしただけのようだった。
「小姑? あなた、もうすっかり、魔王の一族気取り?」
「気取りもなにも、私はあなたのお兄さんと結婚し、一夜を共にしたんだから、あなたからは、お義理姉さんと呼ばれる立場だと思うんだけど?」
「は? お姉さまと呼ばれたいと? それは、本気で調子に乗り過ぎじゃないかしら」
妹さんの表情が嫌味の笑顔から苛烈な憤怒に変わった。
「ふ~ん、どうあっても、私をお義理姉さんって呼びたくないんだ。これは、力づくで言わせるしかないかしら」
そう言いながら腰の聖剣に手を伸ばす。ここでガツンとやらないと、この妹さん以外にも魔界の連中には舐められる気がした。
「ふん、お兄様に負けた、雑魚が! 図に乗るな」
「図に乗っているのはそっちでしょ、私があなたのお兄さんに負けたから、私のことを見下してるんでしょうけど、それはよくないわね。私が負けたのはあくまでも、魔王、あなたじゃないわ」
冷静に諭すように指摘する。
「だったら、どうする気?」
「今から、私の実力を教え込んであげる。お義理姉さんとしてね」
「調子に乗るな、人間!」
「私がこの魔界で負けたのは魔王だけ、そのことをきっちり分からせてあげるわ」
私はここで義妹を躾けないと後々苦労すると判断した。なにしろ、ここは魔界であり、敵の只中に放り込まれた状態である。甘い顔をしない方が身の安全につながると考えた。実際、昨夜の魔王との剣の稽古やこの妹さんのいざこざがのちに噂となり、魔王の嫁は人間だがやべぇやつと、魔界で一目置かれるようになるのだ。
私の実力を侮っているのか、妹さんは余裕の表情だった。
「強気ね、けど、お兄様も私も魔王の血脈というだけでなく、竜の血も引いていると知ってた?」
そう言いながら、妹さんの腕に金色の鱗みたいなものが浮かび上がる。
「竜の血を引いているから、お兄様も私も歴代の一族の中でも最強クラス。舐めないで欲しいわね、人間」
「あなたこそ、知ってるの? 勇者の称号を得る最後の試練は竜退治なんだけど」
「ふん、人間界の軟弱な竜と我が母上を同格と思うな」
「そっちこそ、勇者の称号を見くびるな」
戦いは始まった。竜の血を引いているのなら、うっかり殺すことはないだろうと私は全力を出した。
魔王には魔剣や魔王の鎧があったが、妹さんにはそういう武具はないようだ。
龍の鱗が浮かぶ腕を上手に使い、聖剣を弾きながら、手刀を繰り出してくるが、勇者の鎧を貫くほどではない。
が、龍の鱗は堅く、妹さんに負けを認めさせるほどの致命傷は負わせられない。いや、刃がかすっても、わずかに出血するだけで、すぐ傷がふさがっていた。竜は、すべての生物の最上位の存在であり、その血を引いているというのは伊達ではないようだ。
確かに強い。が、魔剣や魔王の鎧がないのなら、攻撃魔法が有効なはずと聖剣に魔力を込め始めた。
聖剣には、持ち主の魔力を高める力がある。
たっぷりと魔力を貯めて、振り下ろす一撃とともに開放する。
雷撃、目の前が真っ白になるような雷が妹さんに直撃した。
攻撃魔法は、光、闇、風、水、火、土など自然の元素を利用したものが主であるが、その中の土である雷は、相手を瞬殺できる攻撃魔法だった。雷を躱せる魔物は見たことないし、雷を斬ったのは魔王ぐらいだった。だから、魔剣も魔王の鎧もない妹さんに試してみたのだ。
妹さんは一瞬で黒焦げで、ふらりとうつ伏せに倒れた。
やり過ぎたと思った。正直、倒れた瞬間、殺してしまったかと焦った。
「ど、どう? 私の実力分かったでしょ、もう降参しなさい」
ちょっとやりすぎたと思って見ていると、倒れた妹さんがふらふらと立ち上がった。
しかも、木炭化した肌を手で払うと、その下から、奇麗な白い肌が現れ、その目には、まだ闘志が宿っている。
内心焦ったが、とりあえず、無事なようだ。ここで狼狽えたら舐められると動揺してない風を装った、瞬間、私と妹さんの間に、割り込むように人影が現れた。反射的に、身構えるが、突然の出現に驚いただけでなく、その割り込んできた相手に恐怖を感じていた。人間は熊や虎と戦った経験がなくても、一目見て、それがやばい獣だと察することができる、それと同じようなものだ。現れたのは美しい金髪の美熟女だったが、バケモノだ。
初めて魔王と対峙したときでも、これほどの圧は感じなかった。
「あらまぁ、手ひどくやられたわね」
その女性は、私を無視して、まず妹さんに声を掛けた。
「ちょっと休んでなさい」
そう声を掛けて、一瞬で転移させる。詠唱のない、見事な転移魔法だ。
「さて、あの子が最初にあんたに突っかかったんだろうけど、母親としては、実の娘を痛めつけられて面白くないってのも分かるわね」
「そ、そうですね、お義理母様」
妹さんの母ということは魔王の母でもあり、私の義理の母でもあるわけで、何とも言えない気分だった。
「ま、母親として面白くないってのは建前で、久しぶりに魔界に強そうな奴が現れて、ワクワクしてるの」
「ワクワク?」
「そう、竜種ってのは、強すぎで、しかも長生きだから、結構、退屈なのよ。前の魔王と子供を作ったのも退屈しのぎだったんだけどね」
「退屈しのぎ、ですか」
「そうさ、で、あんたがうちの息子の嫁なんだろ、まず、母親のあたしに挨拶に来るのが筋じゃないのかね。それどころか、挨拶に来ないどころか、うちの娘とケンカしていい身分じゃないか」
「す、すみません」
結婚前に義母に会いに行くのは、魔界でも礼儀なようだ。
「ま、いいさ、これで、建前上、あんたとケンカしたっておかしくないよね」
「ケ、ケンカですか」
「そうさ、あんたの実力を、ちょいと測らせてもらうよ」
ダッと一瞬で踏み込んで来た。数歩の距離はあったはずなのに、間合いを詰められていた。反射的に聖剣を振り下ろしていた。でなければ、拳をまともに受けていただろう。
竜の拳と聖剣がガチンコでぶつかった。
魔剣も堅かったが、それ以上の手応えだった。キンと聖剣が折れた。あ、死ぬと感じた瞬間、お義理母さんと私の間に二つの人影が割り込んだ。魔王である夫と知らない黒髪のおばさんだった。
「母さん、俺の妻、いきなり殺す気?」
魔王の鎧を着て、その両腕の籠手で母親の拳を受け止めている。
「たく、姉さん、世間ではそう言うの嫁いびりって言うんだけど。誇りある竜が何やってるのよ」
もう一人の黒髪の美熟女が、呆れたように言っている。
「あ、あの・・・」
「もう大丈夫、お前は、少し下がって」
「は、はい・・・」
拳を止めながら言う夫の指示に従う。聖剣を素手で折るようなバケモノ相手では、どうしようもない。
「ちょっと、なに? ふたりがかりで私が悪者扱い? それはちょっとひどくない」
実の息子に邪魔され、親族らしい黒髪の女性に義母が愚痴をこぼす。
「親に内緒で勝手に息子に結婚されて、おまけに実の娘を傷つけられた私が悪いと言いたいの、あんたたち」
「そりゃ、甥っ子の嫁さんが殺されそうになってるのに、黙って観ていられないわよ」
「ふん、あんたたたち、本気で、その女に肩入れするの?」
「行けない?」
黒髪の美熟女も義母に負けないくらいヤバイオーラを放って威嚇している。
「母さんに事前に何も話さなかったのは悪かったよ、だからって、結婚したばかりを妻を殺させるわけにいかないよ」
魔王が母の拳を押し返し、仕方なく、お義理母さんも引き下がる。
黒髪の美熟女が、スッと私に近づき、私の肩をポンポンと叩いた。
「あんた、なかなかやるじゃない、あのおばさんの拳に剣を合わせるなんて。あれでも、神とケンカできるほどのバカ力の持ち主なのよ」
「あ、え?」
「安心して、あなたは私たちが預かってあんな嫁いびりに負けない強い嫁に鍛えてあげるから」
「き 鍛える?」
首をひねったが、その次の瞬間、私は魔法で魔王城から遠くに飛ばされていた。
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