第2話勇者の義妹コリット
魔王の妹、つまり、兄である魔王と結婚した私から見れば義妹になる。
魔王の一族である義妹は、兄嫁である私を歓迎してはいなかった。
勇者である私自身が魔王の嫁になることを心から喜んでいないのだから、相手側の親族にも私を気に入らない人物がいるというのも道理ではある。だいたい、普通の人間でさえ、嫁と小姑が仲良くできないということはよくある話であり、義妹が敵意の視線を私に向けるのは、なんら不思議ではなかった。
その日、前日の式典には招待されなかったが、魔王へのお祝いの言葉を述べるため、祝いの品を持って駆けつけた下級の魔族たちが魔王城を訪れそれらと謁見するのが魔王の仕事で、それに付き合うのが妃となった私の魔界での最初のお勤めとなった。玉座の間に王妃の椅子も用意され、魔王の玉座の少し後ろに私が控え、次々とお祝いの品を持参した魔族が玉座の前に膝をついた。一つ目のサイクプロクスの長は、洞窟で掘り出した金を持って来た。暗い森に住む黒魔女の長は、珍しいマンドラゴラの実を山ほど持って来た。半魚人の長は、山のような真珠や美しい珊瑚を持参し、魔王にお祝いの言葉を述べて祝いの品を置いて玉座の前を去った。
「うむ、ご苦労」「良く、来てくれた」など、魔王は感謝の言葉を掛けて来訪者たちをねぎらって祝いの品々を次々受け取った。強い者に媚びるのが魔界の常識であり、魔王に祝いの品を届けるのは、彼らにとっては当たり前の行為だった。
後日、なぜ、お前のところは祝いに現れなかったという理由で、魔王に滅ぼされることがありえるのが、魔界という場所であり、魔王という存在だった。だが、歴代の魔王がそういう専制暴君だったとしても、彼は、祝いに参上しないくらいで、相手を滅ぼしたりする気はなかった。ちゃんと下級魔族の祝いの品々に素直に感謝していた。
勇者を撃退した後も、弱っているはずの勇者たちをわざわざ追撃して止めを刺そうとはしなかったのも、よく、部下に甘いと言われる彼の性格だった。嫁いだばかりの私には、まだ彼の人となりを知るほど、一緒には暮らしていない。部下に甘いと言われても、彼は無駄な流血を好まない、自分を殺そうとした勇者との婚姻を承諾したのも、それが人との無駄な争いを避けるためにはとても良いと判断したからであり、勇者の母親である女帝との政治的利害が一致したものであり、私を凌辱しようという意思がまったく感じられないのは拍子抜けだった。
昨夜とて、私に完勝しておいて、無防備な私に一晩手を出さなかったのが、ひどい侮辱と感じてしまう。帝国の皇女である私に女としての魅力が全くないと言われたような気分だ。彼のそばに王妃として控えてその様子を見ながら、今まで人間界で植え付けられてきた魔王とのイメージの違いに、困惑していた。
歴代の魔王で、人間を妃にしたという伝承は聞いたことがない。しかも、もと勇者として命を狙った相手と結婚するなど、前代未聞である。母にしても、断れるだろうと思って提案したに違いない。交渉というものは、最初に大きく出て、相手の反応を伺いつつ条件を調整したりするものだ。つまり、私との婚姻の申し出は、交渉の糸口だったはずだ。が、彼は躊躇なく、それを承諾した。
勇者を嫁にしたことで、人間界と魔界に少しは明るい未来が来るのではないかと彼は期待していた。
ただ、相手からの申し出を魔王が独断で受ける形だったので、彼は事前に実妹に相談していなかったのが、余計まずかったようだ。
しかし、もう婚姻の式典は前日に終わり、私は魔王の妃として、魔王城の玉座のそばにいる。
彼の妹は、お祝いに来た者たちの列が終わって、最後に玉座の間に姿を現した。魔王の妹として、謁見の順番に割り込めたはずだが、余計な者がいなくなる最後尾を自分から選んだようだ。
玉座の間に現れたその不愉快そうな妹の表情を見た瞬間、魔王は、妹に相談もなく勇者を嫁にしたことを、いまさらながら後悔していた。
うわ、めっちゃ怒ってる、妹から勇者に向けられる殺意を感じ、彼は参ったなと苦笑していた。
妻となって日は浅いが、その程度の雰囲気は読み取れる。
せめて事前に妹ぐらいには話をすべきだった、けれど、後悔先に立たず、それに、速攻でサッサと結婚しないと、魔王が人間の妃をめとるのを反対する奴らが魔界中からゾロゾロ出て来て面倒そうだったので、つい婚姻を急いでしまった。それも、妹は気にいらなかったろう。
不機嫌そうにしつつも、妹は魔王である彼の前に膝をついて遠征の報告を始めた。
「西の人狼の里、制圧して参りました。これで、当分、お兄様の治世を脅かすような輩は出てこないでしょう」
魔王の一族として、彼女は強く。魔王を継いだ彼を補佐するように、主に魔王軍の幹部として魔王に敵対しようとする勢力の制圧を任されていた。そのため、私が魔王城を襲撃をしたさいも、遠征中で、私の婚姻のことを知るのも遅れた。
「さすが、我が妹、自慢に思うぞ。ところでな、その、お前が外に出ている間に勝手に決めてしまったが、ここにいる帝国の皇女を我が妻に迎えた・・・」
魔王がおずおずと妹に伝える。すると妹は、大げさに大笑いした。
「アハハ、お兄様も、お人が悪い。なにも私が遠征に出ている間に、急に妃をめとって、私を驚かさなくても、あまりに急でお祝いの品を何も用意で来ませんでしたので、恥ずかしくて祝いの列の最後に並んでしまいました。しかも、一度はお兄様の命を狙ったという人間をめとるとは、お兄様の懐の深さには本当に感服いたしますわ」
嫌味っぽい言い方だった、その次の瞬間だった。
刹那の攻防だった。妹は会話の流れで、自然に私の方に視線を向けた。それもただの視線ではなく、魔王の血を引く彼女の邪眼が、私を石化させようと妖しく光ったのだ。
どんな相手でも、一瞬で石に変える強い邪眼だったが、何となく、妹さんから攻撃されることを読んでいて、私は無詠唱で、すべての力を弾く魔法障壁を、目の前に張っていた。
その跳ね返された邪眼の力で、逆に妹さんがピシッと石化したが、魔王である彼が、素早く石化を解く魔法を妹に放っていた。
邪眼が光って、妹が石化して、それが魔王の力で解けるという攻防は本当に一瞬だった。魔王の一族として魔力が強い者と、勇者として鍛えられた者だけができる刹那の戦いだった。
石化を解かれた彼女がふらりとよろけた。それを見て、魔王がわざとらしく言う。
「遠征の疲れが残っているようだな、自分の部屋に戻ってゆっくり休むといい」
この魔王城に妹さんの部屋はある。その部屋に大人しく下がるように彼は勧めたのだ。
「は、はい、お兄様」
妹さんは口惜しそうにしながらも、言われたとおり、玉座の前を去った。妹がいなくなってから、彼は私を振り返った。
「悪かったな、俺の妹が不作法で・・・」
「いいわよ、ブラコンってやつなんでしょ。でも、妹さんとは、ちゃんと話しておきたいわね」
魔法で勇者の鎧に聖剣を携え、完全武装した私が、意味ありげに笑みを返していた。神話の時代から受け継がれる聖剣や勇者の鎧や魔王の魔剣、鎧などの神話級の武具は、持ち主を武具自身が決めるが、その後、忠犬のごとく呼べば一瞬で召喚できる。そうして呼び寄せて武装した姿で、私は妹さんの後を追うように玉座の間を出て行こうとした。
「おいおい、血なまぐさいことはするなよ」
「あら、自分の妻が石にされようとしたのに、あなたって、随分冷たいのね。ちょっと、妹さんに小言を言ってくるだけよ。あんな邪眼を向けられるのなら、腰に聖剣を下げるくらいいいでしょ」
「・・・」
魔王であるはずの彼は何も言い返せなかった。私の言う通り、妹とはいえ、妻が石にされようとしたのに、彼は妹を厳しく叱責しなかったのは事実だ。
まるで戦に出陣するような私の後ろ姿を魔王は黙って見送った。
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