説得

迎えた翌日の朝

教室に全員が集まったのを確認する

よし、茜以外は全員いるな

これから俺は人生最大の賭けに出る

これが失敗すればバットエンドだ

あー緊張する

「昭良、大丈夫なの?」

机に伏している俺に有愛が声をかけてくれる

なるべく笑顔を作りながら

「大丈夫だ」

と答えておこう

「アンタ、顔真っ青よ」

「やっぱ?

今人生で一番緊張してるからな」

「そんなので大丈夫なの?」

「大丈夫だ…と言いたいが、辛いものは辛い」

「そう…ちょっと失礼するわね」

有愛は机の下に手を入れたかと思うと俺の手を握ってくる

あまりにも突然で反応すらできなかった

「あ、有愛⁉」

「昔、お母さんがやってくれたのよ

少しは緊張がほぐれるでしょ?」

そう言われると離しずらいな

握られた有愛の手に集中する

…震えてる

俺のために平気な振りをしているんだろうが、内心は有愛だって緊張しているはずだ

俺はやる気を出すために机に頭をぶつける

ドン引きしていた有愛に

「行ってくる」

とだけ言って教卓に向かう

俺の戦いが今、始まる


教卓の前に立った俺は大きく息を吸う

有愛のお陰でだいぶ緊張がほぐれた

おっさんも今頃、茜を足止めしてくれている

成実や摸部がいなければ俺はここに立てていなかったかもしれない

今という奇跡を噛み締めて息を吐く

そしてもう一度息を吸う

「皆、聞いてくれ」

さっきまで騒がしかったクラスが俺の一言で静まり返る

俺はそのままのトーンで続ける

「今、文化祭の出し物を決めているよな

要件を手短に言うと美術館をやらせてほしい」

その言葉でクラス中にざわめきが起こる

ここまでは計画通りだ

俺はここでさっきよりも声を大きくする

「茜のためなんだ!」

一斉に俺に視線が集まる

掴みはばっちり

これで俺が今からすることは茜のためだということが印象に残っただろう

さっきよりは声を小さくし、落ち着いたトーンで話す

「…茜が病気だってことはみんな知っているよな

なんで治療しないか知っているか?」

「…なんでだ?」

正面に一人で座っていた男が聞いてくる

俺がここで気をつけないといけないことは余計なリスクは負わないこと

もしも嘘を言ってバレたりでもしたら信頼を一切失う

だから嘘は言わずに

「それは恋人が死んだからだ

茜は恋人の後を追おうとしている」

「そんな⁉」

篠原がかなりオーバーなリアクションをする

そんなにショックを受けることか?

少なくとも俺が篠原の立場ならそんなリアクションはしない

あとで話を聞く必要がありそうだ

とりあえず今は皆の説得が先だ

「だけど俺は知っている!

アイツはそんなことを望んでいないことを!

茜だって本当はわかっているはずなんだ!」

「それが美術展と何の関係があるんだ?」

サクラかと思うほどに的確に欲しい質問をしてくる俺の正面に座る男

有愛に目配せするが知らない様子だ

そもそもコイツ誰だ?

クラスメイトの名前なんて全然覚えていないのが仇となったな

名前を言えないから仕方なく指を差して答える

「よく聞いてくれた

その恋人が最も好きだったのが絵を描くことだったんだ

そして今、茜が避けていることでもある

なぜなら!恋人を思い出すことを恐れているからだ」

「その恋人を思い出せば、茜さんは治療をするのか?」

「あぁ!茜の恋人、秋徒のことを思い出してくれれば!」

突然、ガタッと大きな物音が鳴る

音の方向を見ると座っていた成実が立ち上がっていた

何かあったのだろうか?トラブル?今のところ問題はないはずだが…

「な、なんで…先輩の、名前が…?」

「成実さん!」

成実は何かを呟くと教室から逃げるようにどこかに走って行った

それを追いかけようとする摸部と篠原

俺は摸部を呼び止めようとする

「摸部!」

「すみません!こっちは任せて下さい!」

「…あぁ!」

きっと何か事情があるんだろう

だがすまねぇ

俺たちも、ここが正念場なんだ

視線をクラスメイトに戻して続ける

「秋徒は茜がしたことを恨むような人間じゃねぇ

何よりも茜の幸せを願っているはずだ

なのに茜は自分を責めてしまっている…

そんなのが正しいのか!俺はそうは思わねぇ!

だから!俺は茜に向き合ってほしいんだ

茜が、自分が愛した恋人に!」

「…それが意味なくてもか?

そんなことをしても茜さんが秋徒さんと向き合うか分からないのに?」

「それでも!…俺はやってみたい

後悔だけはしたくねぇから」

「…そうかよ」

それだけ言うと目の前の男は立ち上がる

そして前のドアから出る時に振り返って俺に笑顔を浮かべて

「お前は後悔すんなよ?」

とだけ言って出て行く

…何だったんだアイツ

今は気にしないでおこう

俺は皆に向かって頭を下げる

「だからお願いだ!

文化祭の出し物を美術展にしてくれ!

もちろん皆が楽しめるように全力を尽くす!

だから…お願いします!」

そのまま頭を下げ続ける

長い沈黙が流れる

何分、何時間も待ったような気がする

もしかするとそれは気のせいで数秒だけだったかも知れない

それぐらい長く感じる時間を待って、肩に何かが触れる

顔をあげるとクラスメイト達が俺の肩を叩いていた

「お前の熱意は分かった」

「茜ちゃんを助けたい気持ちは一緒だから!」

「俺も茜さんを助けたい」

「私も!」

「だから、協力するよ」

「…皆、ありがとう」

俺はもう一度深く頭を下げる

今度は胸いっぱいの感謝を込めて

「それにしても、あのサクラはやりすぎだな」

「ねー」

「そんなことしなくてもよかったのにな」

クラス中で今度はサクラの話になる

俺はサクラなんて用意していない

有愛に目配せする

首を振っているあたり本当に知らなさそうだ

「…俺はサクラなんて用意してないぞ?」

「流石に無理あるって

兄弟でしょ?あれ

まさか昭良君に兄弟がいたなんてね」

「意外だよな」

「俺に兄弟はいない…」

「「「「「え?」」」」」

「じゃああのそっくりさんは誰?」

「そもそもなんで制服着てるの?」

「なんかいつの間にか俺の席に座ってて…」

またクラス中でこそこそと話始める

そのタイミングで先生が入ってくる

「はーい、皆座れよ?」

「せ、先生!」

大人しそうな女子生徒が手を挙げて質問する

「なんだ?」

「あ、昭良君にご兄弟はいますか…?」

先生は首をひねって答える

「昭良の兄弟…

そんなものはいなかったはずだぞ?」

その言葉を合図に俺以外の全員が悲鳴に近い声を出す

「なんだ?

昭良、何で皆は悲鳴を出したんだ?」

「さぁ…?」

「さぁってなんだよ」

「俺にもさっぱりなんで」

「そうか…」

皆が悲鳴を上げている中、俺と先生は首をかしげていた


後に学校七不思議の五番目に

文化祭の出し物を決める際に、クラスメイトを説得しようとするとドッペルゲンガーが助けてくれる

…という、やけに具体的なものができたらしい

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