第8話 看護師の嫌がらせ

やがて火葬が終わり、お骨を参列者の手で骨壺に移し終わる。

その後で親族のみで久里浜仁三郎の実家に向かった。真帆の父親の手で人の気配のしない家の扉の鍵を開くと、開き戸がガラガラと音を立てて開かれた。

 祖父の実家を訪れたのは、仁にとって小四の時以来だ。今では珍しくなった開き戸の感触も、黒ずんだ床板の色も、古い記憶そのままで自然と涙を誘う。

 骨壺を仏壇の前に供え、真帆たちと共に手を合わせる。

 家と診療所はしばらく残し、住む家の近い真帆の家が管理するらしい。

 田舎の診療所とはいえレントゲンはじめ高額の設備がある医療施設は売却が難しいため、後を継いでくれる医師を探すそうだ。

だが地域医療のなり手不足の昨今、難しいかもしれないとのこと。

その話を聞きながら、仁は祖父を慕ってくれた大勢の人たちを思い出す。彼らの多くが高齢で遠くの病院に行くには難しいだろう。

医師不足の地域で、高齢者が数少ないバスを乗り継いで苦労して病院に行くニュースを医師の息子であり孫でもある仁は多く見てきた。

「ねえ、父さん」

 祖父の診療所と患者を思い出しながら、仁は一つの決心を打ち明けた。



 場は、三崎口駅近くの喫茶店。田舎とはいえ海が近く観光地でもある三崎口では、夏には海水浴客でにぎわうそうだが、今は数名の地元客が席を温めているだけだった。

「ううむ」

 だが決心を聞いた仁の父親の表情は苦かった。

 なんで? 仁の心に戸惑いが生まれる。

 仁の決心は、医師になって祖父の診療所を継ぎたいということだった。

仁は顔面偏差値とコミュ力偏差値は低いが、学業の偏差値は高かった。だが理系最難関と言われる医学部は今まで志望していなかったのだ。

医者が嫌いだったからだ。

医者の家系に生まれたせいか、仁の医者に対するイメージは世間一般のそれとはややズレていた。

親戚一同はじめ大勢の医者に会ってきたが、好きになれなかった。

傲岸不遜で空気を読まない、初対面から人を見下す、人の話を聞かず自説に固執し一方的にしゃべる…… 腰の低い人もいたが、仁が出会った医者は父親含めほとんどはそういうタイプだった。

脳の病変を切除すれば余命は数か月だの、心臓の数値がこれだから何ミリグラムの薬でこれだけの効果が得られるだの。人を物扱いするような、医者独特の見方が嫌いだった。

でも祖父は違った。あれだけの人に慕われている。

祖父があんなにも慕われていたことを目の当たりにすると、自分もああなりたいとあう思いがふつふつとわいてくきたのだ。



 だがそう打ち明けた時の父の反応は芳しくなかった。あごに人差し指を当て、手元のコーヒーをずっと眺めている。

 やがていたわるような目つきでゆっくりと口を開いた。

「そうか…… だが、やめておいたほうがいいと思うぞ」

「なんで? 後を継ぐって言われて、嬉しくないの?」

「医者というのはな、世間で思われているほどいい仕事じゃないぞ。他学部の人間が青春している間も教科書と実習漬け。苦労して医師免許を取っても残業も多いし、患者に急変があれば休日でも駆り出される」

 幼いころ、父が急に日曜や夜に着替えて家を慌てて飛び出していたことを仁は思い出す。

 高校に入ってからは、当直のない職場に代わったので落ち着いたようだが……

「でも、それでも! 僕はおじいちゃんみたいになりたい」

 死してなお、大勢の人に慕われていた祖父の姿を思い出す。

 四年間もいる学校でほぼぼっちである自分とは雲泥の差だ。

 自分も祖父のようになりたい、仁は心底そう思った。

「それだけじゃない」

 父の冷めた声が、仁を現実に引き戻す。

「コミュ力が問題だ。今までお前を見てきたが…… 特に看護師とうまくやれないだろう。看護師と険悪だとな、細かなことで嫌がらせをされるんだ。父さんも若いころにはいろいろあったがな……」

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