第7話 ふれあい

「真帆、そろそろいいか」


話題が幼いころの海の話になったころ、真帆は彼女の父に連れられて他の親族に挨拶に行った。


彼女が目の前から離れて行ってしまう。それが凄く寂しかった。


「仁君、ここだけの話なんだけど……」


 彼らの声が聞こえなくなるほどに遠くのテーブルに行ったのを見計らい、真帆の母親が仁に話しかけてくる。


 それから先は世間にはありふれた話だったが、当事者にとっては辛い話だった。


 真帆は高校に入ってからずっと不登校だということ。


 ほとんど部屋に閉じこもっていること、両親とさえ会話がほとんどなくなっていること。


「あの子があんなに話してるのを見るのは一年ぶりだわ…… 仁君、できればでいいわ。これからもあの子と仲良くしてあげて」


「は、はい…… でも住むところも離れてるし」


「そうだったわね。はい、これあの子の連絡先」


 真帆の母親は流れるような動作でスマホを差し出し、押し付けるように仁のスマホに連絡先を登録してしまった。


 それから、仁も父親と共に他のテーブルへのあいさつに向かう。 純白のテーブルクロスが引かれたテーブルに十人ほどの喪服を着た大人が座っている。だが泣いている人は一人もいない。


落ち込んだような顔をしている人もいるが、食卓を囲み、酒も交えて話す人たちは大体笑顔だった。


人が亡くなった後だと言うのに、悲しい雰囲気ばかりでないのが仁には不謹慎に思えた。


「仁三郎先生か、うちの息子が腹下した時には大変お世話になったぎゃいな」


「ほっんとだべ、あんた夜中にちん君背負って診療所の門ガンガンしてなあ。ただの食べ過ぎだってわかった時にゃほんと笑い話だったぎゃな」


「でもよ、夕方からずっと下痢が止まらんだきに、死ぬかと思うたぎゃい」


「そうね…… 夜中に突然押しかけても嫌な顔一つしない先生って、仁三郎先生くらいだっただに。あ、噂をすれば」


仁と仁の父親の姿を認めた初老の男女たちは、初対面だと言うのに勝手知ったる仲のように席をすすめ、父親にはビールを、仁にはドリンクを注いだ。


「父がそれほどに慕われていて、息子としては誇りに思います」


「ぼ、ぼぼ、僕も…… 右に同じく」


「はじめてお目にかかるだきに、仁三郎先生のお孫さんじゃったか!」


「いや、賢そうなお顔だべ」


「あ、ありがとうございます……」


初対面とは思えないほどフレンドリーな対応に、仁は面食らう。


だが同時に心地よくもあった。


「仁三郎先生には、大変良くしていただいて」

「子供が熱出したときは、真っ先に先生のところに行ったもんです」

「引退されてからも、ちょくちょく酒を飲み交わしたなあ」


祖父の思い出話に、場には笑顔が絶えなかった。だが実際の話の輪に加わるとわかる。


本当は寂しく、悲しいのだと。


だがそれを乗り越えて前に進もうとしているのだ。


「強いなあ……」


 初対面の大人たちを尊敬すると同時に、泣きじゃくってばかりだった自分が恥ずかしくなる。


「おじいちゃんの話、もっと聞かせてください」


 だから勇気を出して。自分からも、会話に加わってみる。


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