第9話 コミュ力養成のために従妹と同居しよう。

 遠い目になった仁の父親は、やがて息子の顔を正面から見て告げる。


「悪いことは言わない。医者はやめておけ」


椅子の背もたれにもたれかかる式場の白い天井が不自然なほど綺麗に見えた。


やっぱりコミュ障は勉強以外何をやってもだめなのか。


キモいやつが何かしようとしたことが間違いだったのか。


仁のうじうじとした思考を遮ったのは、女性の声だった。


「あら。その話、私にも協力させてくれない? いい考えがあるんだけど」




 真帆の母親から聞かされた話は、突拍子もないものだった。


「真帆ちゃんと、同居?」


「ええ。さっきも話したけど、うちの真帆、小三からずっと学校に行けてなくて…… もう中三でしょ? 多様性の時代だけど、やっぱりこのままじゃ将来も心配で……」


「ちょうど彼女は今年高校受験だし。そっちの高校を受けたらどうかしらって。環境を変えるといいことがあるって、以前引きこもりの本で読んだから」


「それで、仁が医者を目指すことと何の関係が?」


「時々男性もいるけど、看護師さんはほとんどが女性でしょう? うちの真帆と同居すれば、コミュニケーションの訓練にちょうどいいんじゃない?」


仁の父親は唐突な申し出に考え込むそぶりを見せたが、否定的ではない様子だった。


年頃の娘と息子が一緒に住んでも、なんとも思わないのだろうか……?


「仁。想うところは色々あるだろうが。医者になるならもう少しコミニュ力を磨け。年頃の女子と同居するのはいい経験になるだろう」


「なに、夜勤ともなれば汗臭い看護師と走り回るなど当たり前だ」


 仁の父親は大声で笑う。


「ちょっと、真帆ちゃんの気持ちも少しは考えなよ」


 同じテーブルについているのに彼女を無視して話が進んでいくことに仁は反感を抱く


 彼女はさっきから一言も発さず、うつむいてテーブルに視線を落としていた


「真帆ちゃんだって、急にこんな話聞かされて戸惑ってるだろうし」


「ううん。わたし、いいです」


 水を向けられた真帆は即答した。


「兄さんと同じ学校に行きたいです」


そう断言した目には熱いものが宿っており、告別式で大泣きしていた時の名残はみじんもない。


それ以外のものも混じっている気がしたが、仁にはわからなかったが。


女の子は、見せる表情が短い時間でこんなにも変わるものなのか。


彼女と最後に出会ったのは七年前、仁が小三で彼女が小二のころだ。


毎年夏に祖父の家を訪れて一緒に遊ぶ仲で、その頃は髪が短く日焼けした快活な少女だった。一つ年下なのに泳ぎが仁よりもうまく、競争しては負けて幾度となく悔しい思いをしたものだ。


だがその時にちょっとした事件があり、さらに仁が小四から中学受験のため塾に通い始めたので忙しくなり、会えなくなった。


「でも、大変だよ?」


仁が通うのは中高一貫の私立校だ。


小学生で周囲になじめなかったこと、仁の父親が仁の将来を考え仁が小四、十歳の時から塾に通わせて受験させ、合格した。


高校からの編入試験もあるがそれなりの偏差値だ。入試まであと数か月しかない。引きこもりの真帆が追いつけるだろうか?


「家の近くには他の高校もあるから……」


「ううん。わたしがんばります」


 だがその話をしても、真帆の決心は揺らぐことはなかった。


 その後、真帆はゲーム機を封印し、ただひたらすら勉学に励んだ。一人遊びすら封印し、寝る時間以外はすべて勉学に費やした。


 食事中はおかずのとなりに教科書を置き。


 入浴中は防水ケースに入れたスマホで英単語の確認をする。


 連絡先を交換した仁とは、時々スマホによるビデオ通話で相談に乗ってもらった。


 真帆の頑張りを、神様も見ていてくれたのだろうか。彼女は仁の通う学園に無事合格したのである。

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