第6話 久里浜真帆

 涙が乾いた目で声のした方を振り向くと、白のセーラー服姿の少女が立っていた。


日焼けした髪に似合わない、透き通るような白い肌。


街を歩けば十人中九人が振り返りそうな美貌の持ち主が、今はぼろぼろと涙を流していた。だが仁の頭を占めていたのは別のことだった。


「この子、どこかで……」


 だが仁の頭が正解にたどり着くよりも先に、目の前の少女が回答を呟く。


「仁、兄さん……?」


そう言われて仁は思い出す。幼いころは両親に連れられてしばしば祖父が住むこの三崎口まで遊びに来ていた。その時に出会った一つ下の少女だ。


あの頃は髪が短く全身が日焼けしていたのでわからなかった。


今目の前にいる少女はやや日焼けした髪は変わらないものの、皮膚は雪のように白くどこかはかなげな雰囲気をまとっている。


 裾がめくれるのも構わずノースリーブのワンピースで走り回っていたころの姿がありありとよみがえってきた。


「真帆ちゃん、久しぶり……」


話したいことはあるはずなのに、なかなか言葉にならない。喪主である父が壇上の方へ向かい、その他の参列者も着席し始めたので仁たちも出席者の最前席へと向かった。


 告別式は滞りなく進んだ。


 喪主である仁の父のあいさつに始まり、祖父がどんな人であったか、大勢の人に慕われていたことなどが語られていく。


 感極まったのか、時折後ろの方ですすり泣きの声が聞こえてくる。


 仁も泣きたくなったが、男なのでみっともないところは見せたくないとぐっとこらえた。多様性の社会でもプライドはあるのだ。


 それに、


「うう、ぐす、ふええ……」 


 隣の席に座る真帆がずっと泣きっぱなしなのだ。


 彼女が泣いていると、自分は泣くわけにはいかないような気持になってくる。男の見栄というやつだろうか。


 やがて告別式も終わり火葬場へと移動する。


「いかないで、いかないで、おじいちゃん」


 祖父の棺桶が火葬炉へ入っていく最後のお別れの時、真帆は最後まで棺桶に縋りついてはなれようとしなかった。


 火葬している間、式場へ移動し会食となる。祖父を慕う大勢の人たちや親族が数人掛けのテーブルに分かれて座り、談笑しながら食事をとっていた。


「お葬式って、こんな感じなのかな」


 仁は両親に連れられ、叔父や叔母はじめ親族に挨拶に行った。あいさつこそ沈痛な面持ちだったが、同じテーブルにつき会食が始まると笑顔になる。不謹慎と思ったが、


「こうして集まるのも久しぶりだな」


「そうね、ここ数年子供の受験とかで忙しかったし」

「スマホでのやり取りもいいが、やはりこうして顔を合わせるほうがいいな」


 だが会話を横耳に聞いているうちに、理由がなんとなくだが仁にもわかってくる。


 肉親の死は別としてこうして会えたことは嬉しいのだろう。


 または肉親との死別など初めてではなく、死を乗り越えて日常に戻らなければならないと知っているからかもしれない。


 だがそうしている最中でも、気になるのは従妹の真帆のことだった。


 学校では出会ったことがないほどの美少女だ。えみりは可愛い系の顔立ちだが、美人という点でいえば遠く及ばないだろう。


透き通るような白い肌に黒い宝石のような瞳、整った鼻梁。横目に見えるだけでも目が覚めるような美しさ。


どこか達観したかのようなはかなげな雰囲気が美しさをさらに際立たせていた。


周囲と年が離れているせいか会話にもほとんど加わらず、黙々と食事を口に運んでいく。


そんな姿にシンパシーを感じ、仁は思い切って口を開いた。


「真帆、ちゃん…… なな、七年ぶりだね。元気にしてた?」


 コミュ障ぶりが発揮され、盛大に噛んでしまった。


 だが真帆は気にする様子もなく。元気、という言葉に肩を一瞬だけ震わせるが、顔を上げて仁を見つめ返してきた。


「なんとかやってます。兄さんは元気?」


 七年ぶりというブランクを感じず、それからは会話がつながっていく。


 仁は学校で楽しい思いをしているわけではないので、話題は必然的に自分の周囲以外のことになっていく。


 だが真帆は突っ込んでくることもなく話を合わせてくれた。


 ほぼ同年代の女子とここまで長く話せたのは同じ将棋部のえみり以来だ。


波長が合う相手は男女問わず滅多に出会えないので、真帆と出会えたことが嬉しかった。

来てよかった。告別式の最中だというのにそう思えてしまうほど真帆と話すことは楽しい。


最後に出会ったのは七年前。自分が九つ、真帆が八つの時だ。翌年から仁は忙しく会えなくなってしまい、小学生でスマホもなく連絡を取ることが難しく、自然と疎遠になっていった。

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