デスペラート☆クワク (2)

「しけた邑だねぇ。」

なんだかんだでリーダー格に収まった精霊使いのベン・ニーアが、邑の入口で足を止め、ひなびた風景に目を向けて呟いた。最近まで街で暮らしていた彼女にとって、ある程度の田舎は知っていたとは言え、流石にここまで鄙びた景色は異世界そのものだった。


「いやいや、こういう場所だからこそ、噂の勇者なんて絶対に来やしないんですよ。」

後ろから追いついてきたボガートが、ニヤニヤと肩をすくめながら応じる。


「確かにね。」

ニーアはため息をつき、金髪を指先でいじりながら冷ややかに笑った。

「まぁ、とっとと『お宝』を見極めて、頂くものを頂いたら、さっさとズラかるだけよね。それで、どの作戦で行く?」


「ここはお約束通オーソドックスりに行きましょう。

まず相手に気づかせて――『あっ、勇者様だ!』ってなるやつっすよ。」

ボガートが得意げに言うと、ホッブが渋い顔で腕を組む。

「お前の言うこと、いちいち胡散臭いんだがな。」

「またまた、そんなこと言っちゃって~。でも、成功間違いなしっすから!」


ニーアは呆れたように肩をすくめた。

「……わかったわ。じゃあ、早速行くわよ。」


邑の中に足を踏み入れると、ニーアは目を引きそうな豪奢な杖を軽く握り、誠実そうな声で野良仕事からの帰りらしい農夫に話しかけた。

「あの、おたずねしますが……最近、魔物が増えたりしていませんか? いえ、そうでなくても、この辺りに遺跡や祠など、何か古いものがあったりしません?」


農夫は一瞬、三人を疑うようにじろりと眺めた。怪しい旅人が突然現れれば、それも当然の反応だろう。だが、彼はわずかに訛りのある声で答えた。

「……ほこらぐれぇならあるが、遺跡だのって話なら、そんなもんはねぇなぁ。」


「そうですか……なるほど、ここじゃなかったみたいね。」

ニーアがそう言い、そっけなく首を横に振る。その動きはあくまで冷静だが、どこか名残惜しげにも見える。


「いや、噂がまだ広まってないだけって可能性もあるんじゃないっすか?」

すかさずボガートが言葉を被せ、手を広げて笑みを浮かべる。


農夫は少し怪訝そうに目を細めながらも、考え込むように首をひねった。

「そういやぁ……この秋はやけに野ウサギがわいて、畑を荒らしちまったっつう話があったな。収穫が終わった後だったから良かったもんの……。」


「ほう。」

ニーアが興味を引かれた風に小さく相槌を打つ。その横でホッブが重々しい声でうなずいた。

「……やはり。」


その一言に、農夫の表情が少しだけ変わる。ホッブの威圧感ある体格と低い声が、農夫に「何かを感じさせた」ようだ。


だが、緊張感が漂い始めたそのとき――少し離れた草むらが突然がさりと揺れた。

ニーアは即座に杖を掲げ、鋭く指先を動かした。

「炎よ――行け!」

杖の先端から火の玉が飛び出し、草むらを直撃。そこから転がるように現れたのは、ボロボロになった妖魔ゴブリンだった。


農夫は驚きのあまり息を飲み、その場で立ち尽くした。ゴブリンを凝視しながら、しばらく動けずにいたが、やがて慌てて身振り手振りで三人に伝える。

「お、おい! 村長むらおさのところに案内する! 話を聞いてくれ!」


農夫は興奮した様子で手を振り、三人に先導を促した。

その背中を見送りながら、ボガートが小声で呟く。

「へへ、思ったよりスムーズに行ったっすねぇ。」

ニーアはため息をつきながら彼を一瞥した。

「アンタの適当な話にしては、ね。」


ホッブは腕を組み直し、短く鼻を鳴らした。

「……演技が過ぎたな。村人が感づかなきゃいいが。」

「感づくわけないっすよ!」

ボガートは軽口を叩きながら笑うが、ニーアは鋭い目で彼を睨む。

「いい? 次の展開をミスったら承知しないわよ。」

「了解っす、姐さん!」


農夫は先頭に立ち、村長の家に向かって早足で歩き出した。

後に続く三人は、内心で占めたとほくそ笑む。


「さっきのゴブリン、思ったより時間がかかったわね。」

ニーアがぼそりと呟くと、ボガートが肩をすくめる。

「いやいや、あの草むらに出てきてくれてラッキーだったじゃないっすか。」


「そうだな。だが、毎年同じ状況があるわけじゃない。この手の話は、作る側が注意しないと簡単に崩れる。」

ホッブが慎重に言葉を選ぶように語るが、ボガートは軽く手を振って応じた。

「大丈夫っすよ、大丈夫! こういうのは、なんとかなっちゃうもんなんです!」


その言葉に、ニーアがゴブレットを軽く揺らしながら冷たく笑った。

「……甘い考えね。でも、今のところ順調なのは認めるわ。」


三人は村長の家に向かいながら、小さな成功に気を良くしていた――新たな影が忍び寄っていることにも気づかぬまま。



村長の家は、この村の規模相応といったところで、代官が徴税に訪れた際には休憩くらいはできるが、宿泊は無理だろうといった程度の造りだった。ただ、それなりにしっかりしており、来客用の長椅子ソファーは「田舎だから仕方ない」と欲深い代官でさえ納得するくらいのものだった。


その応接間とも呼べる土間に通された三人は、まず目の前にいる二人の男を見て少し戸惑った。片方が村長らしいが、隣にいるもう一人は何者なのか、判断がつかなかったからだ。


だが、すぐにその疑問は解消された。初老の男が口を開き、名乗った。

「私がこの村の村長です。そしてこちらは近隣の村の長。少し事情があって、今は私の家に滞在しております。」


「なるほど。」

ニーアが控えめにうなずく。二人は三人をじっと見つめ、何を話し始めるべきか探っているようだった。


やがて村長が、重そうな声で話を切り出した。

「実は……最近、小鬼ホッブどもがちょくちょく現れるようになりましてな。」

その言葉に、三人は軽く頷くが、口を挟まず静かに聞き入る。


「もちろん、前々からたまに出ることはあったんです。ですが、これまではせいぜい玄関先を荒らしたり、小屋から豚バラや燻製肉ハムやベーコンを奪っていく程度で……まぁ我慢もできました。」

村長は深いため息をつき、困り果てたように首を振る。

「それが最近では、人間にも危害を加えかねない動きを見せ始めているのです。」


ニーアは目を細め、考え込むふりをしながら静かに言葉を選んだ。

「なるほど……確かに、それは看過できない問題ですね。」


ホッブが重々しくうなずく。

「村の安全を脅かす相手だとすれば、対応が必要だな。」


「でも、残念ながら私たちも時間に余裕がありません。他にやらねばならない探索クエストがありましてね。」

ボガートがあくまで自然な調子で話を切り出す。


村長は、やや残念そうな顔をしながらも理解を示そうとするが、そこでニーアがふと付け加えた。

「ただ……皆さん、本当に困っておられるようですね。状況を一度見させていただけませんか? その上で、最善の方法を考えることはできるかもしれません。」


村長の顔が明るくなり、隣の村の長も嬉しそうに頷く。

「もちろんです! では、まずは現状を細かくお伝えいたします。」



村長は当初、三人に対して警戒心を抱いていた。このような辺鄙な村に突然やってくる冒険者が信用できるとは限らないからだ。押し売り冒険者や詐欺師の類いもいないわけではない。しかし、この三人はどうも様子が違う。


「見た目だけで騙そうという奴らなら、もっと派手に飾り立てた格好をしているはずだが……。」


それに、三人はすでにゴブリンを倒している。もし詐欺師なら、もっと弱いモンスター――例えばコボルトあたりの死体をどこかから持ってきて、それを村人に見せて押し売りするだろう。だが、聞いた話からして、彼らはその場でゴブリンを仕留めたとしか思えない。そして実際、ゴブリンが増えてきたのは事実だ。


さらに、村長の胸中には過去の記憶が蘇っていた。若い頃、彼は一度だけ『本物の英雄』に会ったことがある。そのときの英雄たちの物腰や言葉の調子――どこかこの三人に似ている気がしてならない。


「最近の勇者様たちに触発されて、奮起した冒険者というところだろうな……。」


そう結論づけた村長は、これ以上疑うことをやめ、素直に信じることにした。

「では、村人を呼び集めますので、少しの合いだお待ちください」


村長が語り終えたあと、ニーアは静かに微笑んで言葉を継ぐ。

「ありがとうございます。では、皆さんが来られるまでの間、一度村の周囲を確認させていただきます。」

「いやぁ、さすが姐さん……

でなく、これで皆さんもきっと安心しますよ」

ボガートが調子よく笑い、ホッブが呆れたように小さく溜息をついた。



村長は感謝の言葉を口にしながら、三人を見送る。三人の姿が土間を出て行くとき、村長は心の中でこう呟いていた。

「……やはりこの三人、どこか普通の冒険者とは違う。あの物腰といい、手際の良さといい、ただ者ではない。

本当に、村を守ってくれる存在かもしれない。」

村長の心中には期待と不安の入り混じった感情がうずまいていた。


そのころ、土間を出た三人は短い会話を交わしながら、早速次の行動へ移る準備をしていた。


「いやぁ、姐さんの話術、さすがっすね。村長さん、完全に信じ切ってた顔してましたよ!」

ボガートがにやりと笑いながら口を開くと、ニーアは冷ややかな目を向けた。

「アンタが余計なことを言わなかったから、うまくいっただけよ。」


「いやいや、俺だってちゃんとサポートしましたって! ほら、最後の『安心してください』のところとか!」

ボガートが自信たっぷりに胸を張るが、ホッブがぼそりと呟いた。

「……その割には、ちょっと調子に乗りすぎてたぞ。」


「え、ホッブさんまで!? そんなにダメ出しされると、俺だって凹むんですからね!」

ボガートは大げさに肩を落とし、演技じみた仕草をするが、ニーアとホッブは顔を見合わせて小さくため息をついた。


「とにかく、次が本番よ。準備を怠らないこと。」

ニーアが鋭い声でそう告げると、ボガートは慌てて背筋を伸ばした。

「へい、了解っす、姐さん!」


こうして三人は村を守るという新たな「仕事」へと一歩踏み出していった――その胸の内にそれぞれ異なる思惑を抱えながら。

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