第2話 心の骨を持つということ

 あれから、二十年ほどが経ち。

 

「昔さぁ、ユニプロがいいとか言ってたよなぁ。今はジャネルがおしゃれだよ」


 達也が、昔と変わらない気障な笑顔を向かいの席で見せている。勢いよくビールを喉に流し込みながら自慢気に自分の着る服のブランドの話をしている。


 こういう自分の意見を積極的に話す傾向は変わらない。昔から自分の意見を言えるというのは良いことだと思う。

 

「僕は、やっぱりシンプルなのがいいね。ユマイテッドアマーズだねぇ」


 優斗は大人の男といった感じの綺麗な服を着て、カクテルを飲んでいる。相変わらず、シンプルなものが好きなようだ。これで、なぜモテないのかは疑問。

 

「はいはい。大人ですっていうアピールはいいからよぉ」

 

「君こそ、少し落ち着きなよぉ」


 達也が茶化すのを優斗は怪訝な顔をして注意している。別に落ち着く必要もないと思うが、達也の場合はギラギラしすぎて女の人が寄りづらいのではないだろうか。

 

「落ち着いてないのが、俺の売りなのぉ」

 

「はいはい。僕たち、独身貴族だもんねぇ。蓮は? 安けりゃいいって感じ?」


 ご丁寧に昔と同じような流れで、おれへと話を振ってくれる。昔は自分の考えなんてなかった。本当にどうでもいいと思っていたからだ。でも、それではダメなんだと、経験を重ねて思うようになった。

 

「おれかぁ、マークマンだなぁ」

 

「おっ! 安けりゃいいって言って自分の意見がなかった奴が!」


 達也が唾を飛ばしながらおれを捲し立てる。別にこういうノリは慣れているのでなんとも思わないけど、そういうことを気兼ねなく言えるのが友達だ。

 

「なんでマークマン?」


 キョトンとしながら、優斗が口を開く。

 おれが自分の意見を言ったのが意外だったのか、ブランドが意外だったのかはわからない。

 

「仕事の関係でもお世話になってるし、私服でもシンプルで丈夫だし、長持ちするから。自分のはそんなもんでいいよ。子供のは、ミマ・ペルホメンかなぁ」


 自分の言いと思うところ。そして、密かに子供にはいいものを買っているぞぉというアピールをする。でも、そのブランドも高いからというだけではない。選んでいる理由がちゃんとある。

 

「おいおい。高級品じゃねぇか!」

 

「このブランドは、壊れても着られるように直してくれるんだよ。他の小さい子にあげてもいいし。捨てるなんて考えられないようなくらい、長持ちする服だから、環境に優しい」


 高いだけではない。選んだ言う理由を話す。経験と情報からおれは自分の良いと思えるものを選べるようになった。


 子供の時にもこういう情報をしっかりと収集していればよかったのかもしれない。今はインターネットでなんでも調べられる。だからだろうか。今は、自分の考えを持った若者たちが多い気がする。

 

「いうようになったな!」

 

「おれな、自分の心の骨を持つのに色んな経験が必要だったんだと思うわ。今は、政治や仕事のことでも、自分の考えを持てるようになった」


 達也がおれの頭をはたいた。「はらたつー」と言って笑っているから、本気で怒っているわけではないだろう。


 こういうやりとりが学生の時にできていたら、よかったのだろうと思うけど。おれには、経験が足りなかった。そういうことじゃないだろうという人もいるだろう。ノリとか、雰囲気を読めよとか。でも、おれにはできなかったんだ。

 

「情報が必要だったってこと?」

 

「おれはね。そうだったんだと思う。本を読んだり、映画みたり、ニュースみたり、さまざまな人の意見を聞いたりしてきたから」


 優斗はニマーッとしながらおれの話を聞いてくれている。何が嬉しいのかわからないが、こんなおれの話なんかを笑顔で聞いてくれる友は貴重だと思う。

 

「ふんっ。余計男前になりやがったな」

 

「聞き上手だったけど、さらに自分の意見も言えるようになったら最強じゃーん」


 達也がおれの肩を叩きながらにこやかに俺へと悪態をつく。

 優斗は褒めてくれているのだろうか。

 

「どうも。まぁ、妻のおかげっていうのが一番だけどね」

 

「「うらやましい限りだわ!」」


 独身貴族二人が目を座らせながらおれへと声をぶつける。自分たちの心の中の怒りも含めて俺へと発しているように感じる。

 

「お前ら、自分が好きすぎるからしょうがないんじゃない?」

 

「「わかってるねぇ」」


 そう。この二人は、自分を好きすぎるのだ。自分を好きなのは良いことだと思う。だって、他人が好きになってくれるかなんてわからない。だからこそ、自分のことは好きでいた方がいい、と俺は思う。

 

「骨が有りすぎるのも問題だな?」


 今度はおれが悪態をつく番だ。

 ただ、半笑いだから冗談だとわかってくれるだろう。

 

「「ちげぇねぇ」」


 ふんっと鼻息を出しながら笑い、酒を煽る。骨のなかったおれに、こんな話のできる友がいることをおれは感謝した。


 いい見本がいたから、心に骨を持てたんだと思うよ。

 これは、口が裂けても言えないから、墓場まで持っていくよ。

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【カクヨムコン10短編】心に骨をもつ ゆる弥 @yuruya

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